6番横山がバッターボックスに入る。1死満塁、またとない絶好のチャンスだ。

相手ピッチャーが投げた1球目、ど真ん中へのストレートだった。

待ってましたと言わんばかりに横山がその球を思い切り引っ張る。

ボールは空高く飛んでいき、レフトはそれをバックしながら追っていく。

レフトが何とかボールに追いつき、捕球体制に入る。

それと同時にサードランナー小嶋は塁にピッタリとくっついたままスタートの号令がなるのを待っていた。

ボールがレフトのグラブに収まる。ゴーサインだ。小嶋は思いきりサードベースをけっ飛ばし、走り始めた。

レフトからボールが返ってくるものの内野止まり。

既に小嶋はホームへと滑り込んでいた。これで2−0、巽島高校2点のリードだ。


「よっしゃー、ナイス横山、小嶋!」


伊藤がベンチで積極的に声を出す。そして帰ってきた小嶋と横山を拍手で迎えた。

金城以外のメンバーとハイタッチを交わす2人。麻衣も勿論その中にいた。


(このチームは強い・・・もしかしたらいけるかも)


麻衣の自信は確信に変わりつつあった。

打線も決して悪くない、そして守りには最大の要といえる榊原と伊藤がいる。悪くないチームだと思った。

その頃、打席では翡翠が2−2と追い込まれていた。

そしてピッチャーが投げた5球目、低めに落ちるカーブに手を出し空振り三振、チェンジとなった。


「す、すみません・・・私が打線を切っちゃったみたいで・・・」

「気にすること無いよ。2点入ったんだし」


帰ってきた翡翠に麻衣はそう声をかけた。麻衣もグラブを取ってグラウンドへと走っていく。

まだ1回だが、この試合、なんだかいけるような気がしてきた。



















第9話 あいつ、素人か!



















2回表、4番からの攻撃もあっさり0に抑える。この回も三振1つに内野ゴロ2つと抜群の安定感をしている伊藤。

後ろで守っている内野としては頼もしいことこの上無かった。

その裏、今度は麻衣がバッターボックスへ入る番となる。

ネクストで金城が絶対に出ろとか俺の前にランナーを出せとか言っているが聞こえないふりをすることにする。

打席へ入り、一呼吸置く。打席にはいるのは本当に久しぶりだ。

そのことに感激する暇もなく、相手投手は1球目を投げてくる。内角のストレート。

麻衣はそれを悠々と見送った。判定はボール。自分は無理して打つタイプではない。

2球目、今度はど真ん中付近にスライダーがやってくる。それを麻衣は引っ張った。

ボールはサード線を遙かに切れていき、ファールボールとなる。

今のは打っておきたかったが・・・次のボールもファールとしあっと言う間に追い込まれてしまう。

そして次の1球、外角へのスライダーを麻衣はセンター返しの要領で打って見せた。

だがボールはショートの真正面、ショートはそれを何ともなく裁き、ボールは1塁へと転送される。

麻衣が一塁を駆け抜けるより早く、ボールはファーストのミットへと収まる。アウトだ。


「だーっ!何やってんだ麻衣!俺の前にランナーを出せっつったろ!」

「うるさい、お前の番だぞ。自慢のバッティング見せてやれ」


麻衣にそう声をかけられるとお、おうと言ってバッターボックスへと向かっていった。

どうせあいつのことだからあっさり三振とかが良いところだろう。そんなことを思っていた。

そしてその予想は見事に的中することになる。金城は3球三振、何も出来ないままベンチへと帰ってきた。

さすが素人、ここまで豪快にアウトになると逆に清々しい。


「おいどうしたスラッガー」

「・・・次の打席があるだろ!人を責めるの良くない!」


今まで怠慢プレーをしてきた奴が言うことだろうか。

麻衣は呆れながらも次の新垣がセンターフライに倒れる様子を見ていた。この回はあっさりチェンジとなった。

次の回、3回は両チームとも三者凡退となり試合は4回表、北山高校の攻撃を迎えていた。

1番バッターがバッターボックスに入ると伊藤はいつものように振りかぶり、1球目を投げた。

内角ギリギリの判定はボール。相手バッターもようやく目が慣れてきたのか、

伊藤の球に何でも空振りしていた1巡目とは違うようだった。だが、やることは変わらない。

今度は真ん中低め当たりにストレートが突きささる。判定はストライク。

今日の審判は低めを取ってくれる、それが分かった。伊藤は次も低めにスライダーを投げ込んだ。

そして4球目、最後はチェンジアップを内角へ投げる。しかし、相手バッターはこれを当ててきた。

ボールは・・・運が悪いことにレフトへ上がった。


「げっ、俺のとこ来たよ!」


金城はあからさまに嫌そうな顔をしてボールを見た。一歩一歩、後へと下がっていく。

そして何とか落下地点に入るとふらふらした足取りでグラブを出した。

・・・が、このままではボールに届かないことに金城は気づいてしまった。

金城はヤケクソになりながらジャンプした。するとボールは見事にグラブに収まったではないか。

しばらく何が起きたのか分からなかった金城だが、

グラブにボールが入っているのを確認するとよっしゃーと大声をあげてグラブを掲げて見せた。


(あのバカ・・・もうちょっとで抜けてたじゃないか)


麻衣は金城の方を睨んでそう思った。だが、このことを見逃していない人物が1人いた。

他でもない、今田だ。今田は金城の方をじっと見ると何やら考え事をしていた。


(あのレフト・・・まさか)


1つ、面白いことを思いついた。これを次の自分の打席で実戦してみるのは良いかも知れない。

そう思った。だが打線の方は未だ伊藤の前にノーヒット。2番、3番も倒れチェンジとなった。


「ダメだ、相手Pが良すぎる」

「何とかなんねぇかなあ」


バッターボックスから帰ってきた選手達が口々にこんな事を言う。

それを見て今田はなんとかなるかも、と零した。選手達の目線が今田に注がれる。


「何とかなるって、何かあるのかよ?」

「もしかしたら、の話だ。それより今はこの回を抑えることに集中するぞ」


今田のかけ声と共に選手達がグラウンドへと散っていく。

2−0、これ以上点差を開かせるわけにはいかない。もう1点もやれない、そんな状況だった。



















4回裏、巽島高校は5番伊藤からの下位打線だ。伊藤がバッターボックスに入る。

相手ピッチャーが振りかぶって1球目、ストレートが外角へ突き進んでくる。

伊藤はそれに手を出しバックネット裏へのファールボールとなる。


(球自体は大したピッチャーじゃない。あとはタイミングだけだ)


次、その次と2球ボールを挟んで4球目、外角へまたもストレートが来る。

外角中心の逃げ腰のリード、これなら打てないことはない。伊藤はそれを思い切り叩いた。

ボールは快音を残してセンターへと飛んでいった。飛距離的にはホームランでもおかしくないだろう。

センターがバックしていく。そしてボールはその頭上を越し、フェンスに直撃した。あと数十p上ならホームランだっただろう。

伊藤は悠々とセカンドへ到達する。だがその顔に笑顔はなく、センター方向を見つめたままだった。

ホームランにならなかったことが余程悔しかったのだろうか。

次のバッター横山がセカンドゴロを打つ間に伊藤はサードへと到達する。

そして7番翡翠の打順、そこで東田は翡翠を呼び止め、何か耳打ちをした。

翡翠は分かりました・・・と不安そうに言うとバッターボックスへと歩いていった。

ピッチャーが1度、三塁に牽制球を投げる。翡翠はその間打席でほぼ棒立ちになっていた。

緊張しているのか、構えまで上手くいかない。こんなんじゃダメだと体制をとる。

そしてピッチャー1球目、ここで伊藤がスタートを切った。

翡翠のバットは寝ている・・・スクイズだ。外角のカーブにちょこんとバットを当て、ボールを転がす。

ボールはピッチャーの真ん前へと転がってしまった。

ギリギリのタイミングだが、何とか間に合え!と伊藤は祈りながらホームへとスライディングをする。

今田がボールを受け取り伊藤へタッチしにいった。クロスプレーだ。


「・・・セーフ!セーフ!」


またも審判の手は横に広がった。起きあがった伊藤はよっしゃ、とガッツポーズをした。

ベンチからまた大きな声援が沸く。これで3−0、リードが3点に広がった。


「大丈夫か?」


マウンドには北山高校の内野手が集まってきていた。

相手投手はまだ大丈夫、と言いながらかなり疲れている様子だった。ここで相手ベンチが動いた。


「ピッチャーの交代をお知らせします」


場内にそのアナウンスが流れる。巽島高校にとっては寝耳に水の出来事だった。

まさか4回でピッチャーを代えてくるとは。いくら内容が悪いとは言えもうちょっと投げさせるだろうと思っていた。

ピッチャーが新しいピッチャーに代わったところでバッターは麻衣だ。

このタイミングでピッチャーが代わるとは麻衣もつくづく運がない、と我ながら思った。

前のピッチャーなら前の打席で見たことが活かせるが、新しいピッチャーではそうはいかない。

今度のピッチャーはサイドスローのようだった。なかなか打ちづらそうなフォームをしている。

そんなことを思いながら麻衣はバッターボックスへと入った。

1球目、内角を抉るストレートがズバンと決まる。判定はストライク。

次は外角へのカーブだった。それを見送るが判定はギリギリストライクだった。

今度のピッチャーはポンポンとストライクを稼いでくるタイプだ。

こういうタイプには積極的にいかないとあっと言う間にカウントを悪くされてしまう。

麻衣は次のカーブを打った。ボールは大きく上がり、センター方向へ向かっている。

センターはそこから数歩下がると落ちてくるボールをキャッチした。センターフライだ。


「へへっ、気にすんなよ。俺様が一発デカイのぶち込んでやるからさ」


金城は意気揚々と打席へと向かっていく。あいつ、絶対張り切りすぎて死ぬタイプだ。

爆死に行った金城の背中を拝む麻衣だった。せめて苦しまずに死にますように・・・

金城への初球、スライダーを豪快に空振る。さっきの打席と何も変わっていなかった。

全く、学習能力というものがこいつにはあるのかと言いたくなってくる。

2球目、今度はカーブを空振る。タイミングが全く合っていない。当たり前だ、スイングが無茶苦茶過ぎる。

最後はストレートをこれまた豪快に振って空振り三振、チェンジとなった。

金城は打席の中でうおお、と声ならないうなり声を上げていた。気持ちの悪い奴だ。


(あのレフト、やっぱり・・・)


あのスイング、さっきの守備・・・今田の疑問は確信へと変わっていった。

間違いない、これはもしかすると逆転することも可能かも知れない。そう思った。


「あいつ、素人か!」



















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北山高校0000 0
巽島高校2001 3





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