秋の沖縄県大会2回戦。1回戦を突破した巽島高校はその勢いのままこの2回戦に臨んでいた。

試合は1回に榊原のツーランで先制するとその後も着実に点を重ねていき

6回を終わった時点で7−0と巽島高校7点のリードとなっていた。

つまり、この7回をゼロで抑えればコールド勝ちが成立する。だが、まずは7回表、巽島高校の攻撃からだ。

打順は5番伊藤から下位打線へと繋がっていくというところ。


「ちくしょう、このまま負けてたまるかよ・・・」


相手ピッチャーは3人目の投手に代わっていた。何とか一矢報いる事が出来るか。

まずはこの伊藤を抑えることから始めなければならない。

ピッチャーは振りかぶって1球目を投げた。伊藤はそれを悠々と見送る。判定はストライクだった。

次のボールは僅かに上ずりボール。それでも伊藤は打つ素振りを見せない。

ナメているのか、相手ピッチャーはそう思った。そして3球目。外角へのカーブだった。


(甘いっ!)


だがボールはほぼど真ん中へとやってきた。これを伊藤が見逃すはずがない。

思い切りボールを引っ張った。打球は天高い沖縄の秋空へと消えていった。

レフトが懸命にボールを追うが間に合わない。ボールはフェンスを越え、スタンドへと一直線に飛んでいった。

実力の差を見せつけるかのようなホームラン。相手ピッチャーはガックリとうなだれていた。

巽島高校のベンチからは大きな歓声が聞こえてくる。

ベンチに帰ってきた伊藤が全員とハイタッチを交わしていく。ただ1人、金城を除いて。

それぞれナイスバッティング、よく打った、という言葉をかけていった。


「けっ、面白くねぇ。俺までまわせよ!」

「打率0割男に何を期待するんだ」


金城がつまらなさそうに言うと麻衣がすかさず突っ込んだ。

金城はチームで唯一今までヒットが1本も出ていない。それどころか1塁ベースすら踏んでなかった。

そんな会話をしていると前の翡翠が倒れ、麻衣の打順となった。

麻衣は今日ヒットを打ってはいない。ここで何とか良いところを見せなければ。


(翔平の事をバカに出来ない・・・)


そう心の中で言い聞かせるとバッターボックスへと向かった。

1球目、2球目とボールが上ずり上手くストライクゾーンに入って来ない。相手ピッチャーも相当焦っているということか。

それなら無理に打つことはない。次のボールも見送ったものの今度はストライク。

だがそこから2球連続で明らかにボールだと分かるワンバウンドするボールが続いた。

フォアボールで麻衣は1塁へと歩いていく。そしてこの男に打順がまわった。


「よっしゃ、見とけよ!今度こそホームランだ!」


そう意気込んだもののやはり口だけで実力がついてこない男だった。

2球連続してストレートを空振り、あっと言う間に追い込まれてしまった。


(こいつ1人だけ明らかにレベルが違う、楽勝だな)


最後はカーブにくるりとバットがまわって空振り三振。

相手守備陣はさっさとベンチへと引き返していった。金城は呆然とその場に立ちつくしている。


「ああ〜!打てねぇ〜!!」


そう言ってバットを叩きつける。早く守備へつけ、という言葉を聞いてバットを拾うととぼとぼとベンチへ帰って行った。

この回を1点以内で抑えれば勝利は確定だ。 伊藤はこの回になってもまだまだスタミナ切れしていないようで、相手バッターを面白いように、弄ぶように打ち取っていく。

すぐにツーアウトを獲るとラストバッターも追い込んだ。


(最後はこれで締めよう)

(OK・・・)


サイン交換を終え、伊藤が大きく振りかぶった。内角高めへのストレート。

完璧にコントロールされたそのボールは見事内角高めギリギリへと突きささった。


「ストライクバッターアウト!ゲームセット!」


巽島高校、沖縄県大会2回戦突破。接戦だった1回戦とは対照的にコールド勝ち、完勝という形となった。

このチーム、戦う事に確実に強くなっているということが手に取るように分かった。



















第12話 すみません、こいつバカなんです



















試合から数日が経ったある平日の昼下がり。麻衣はいつものように屋上でパンを食べていた。

その傍らには1時間目から授業には出てなかった癖に何故か学校には来る金城が同じくパンを食べていた。


「お前、何の為に学校来てるんだ」

「あぁ?そりゃ学生は学校に来るもんだろ」

「お前に聞いたボクがバカだった」


心の底からそう思った。麻衣はパンを食べ終わると立ち上がった。

こんな奴と過ごしているとこっちまでバカになりそうだ。校内の散策でもすることにした。


「おい、どこか行くのかよ」

「お前には関係ない」


そう言って歩き出そうとしたその時だった。知った顔が屋上できょろきょろと辺りを見渡している。

麻衣はその人影に近づいて後から肩を叩いた。


「翡翠、どうしたの?」

「あっ、麻衣さん!探したんですよ。・・・金城さんは一緒では?」

「ああ、あのバカならあそこにいる。それで、何か用?」


麻衣は金城の方を指差す。翡翠は金城がいることを確認するとホッと胸をなで下ろした。

翡翠は金城を呼び寄せると、2人の前でこんな事を話し始めた。


「野球部員は至急、視聴覚室に集合、とのことです。東田先生がみんなにそう伝えるようにって」

「・・・視聴覚室?」

「みんなで映画でも見ようってか?」


麻衣と金城は頭にハテナマークを浮かべる。

まさか本当にみんなで映画なんて見るわけが無いだろうが、運動部である野球部がそんなところに集合するなんて何かあるんだろうか。


「あの、多分・・・次の対戦相手のビデオを見るんだと思います」

「あっ、そうか」


それがあったか。次の対戦相手・・・確か名護工業とか言ったか。

県下でも有数の強豪チームだという話をどこかで聞いたような気がする。相手チームの研究をしようというわけか。


「では、行きましょう」

「待て。俺はまだ食事中なんだよ」

「さっさと食え。お前のせいでみんなが待ってるかも知れないんだ」


金城は口いっぱいにパンを入れるとジュースでそれを流し込んだ。

準備が整ったところで翡翠を先頭に歩き始めた。名護工業・・・一体どんなチームなんだろうか。



















「みんな、集まったかな?」


東田が全員を見渡す。とは言っても部員は9人しかいないのですぐに確認は出来た。

それでは、というと東田は1本のビデオテープをビデオデッキにセットした。

今の時代ビデオって・・・と思ったが野球部にDVDプレイヤーを買う金があるとも思えない。

映し出されたのはとあるチームと名護工業の試合風景だった。まずは相手ピッチャーから。

そこそこの球を投げるようだが高校野球の好投手、という印象しか受けない。

これで強豪校のエースなんだろうか?と思うようなピッチング内容だった。


「名護工業のエース遠藤。130キロ後半のストレートと多彩な変化球が武器だ」


榊原がそう言ってみんなに聞かせる。そして今度は打線の方に画面が映り変わった。

そこで全員は愕然とすることになる。なんと言っても打線が打ちまくるのだ。

1番バッターから始まり9番に至までとにかく打つ。そんな印象を受けた。

伊藤でもこの打線を抑えられるかどうかは分からない、それくらいのレベルだった。

特に目を引いたのは3,4,5番を打つ選手。3番の選手が画面に映し出されたところで榊原が。


「3番西浦。長打力は4,5番には劣るがミートがとても巧いバッターだ」


確かにシャープなバッティングをする選手だ、と麻衣は思った。

3番に置かれているのも納得できる。1回戦、2回戦で合計5安打を放っているらしい。


「こっちが5番吉田。このバッターは打率は低いが一発があるバッターだね」


榊原の言葉と共に画面が吉田というバッターへと変わる。

バッティングに粗さは見て取れたが、長打が怖いと言うことは油断は出来ないのだろう。

1,2回戦では8打数2安打、その2安打はいずれもツーベースらしい。


「そして・・・4番伊村」


画面が4番バッターへと変わった。その瞬間、麻衣は感じた。このバッターは他の2人とは明らかに違う。

何かを持っている、と。画面の伊村は次の瞬間、大きな快音を残してバットを振り抜いた。

ボールはあっと言う間にセンターバックスクリーンへと飛び込んだ。


「高校通算48本塁打、2回戦でもホームランを打っている。このバッターが名護工業の最重要人物だ」


全員が生唾を飲んだ。これが県下屈指の強豪校なのか。そのチームを倒すことが出来るだろうか?

しかもたった9人の野球部で。そんな弱気な考えが頭の中をぐるぐる回っていると。


「要するにこいつらを俺が抑えれば良いんだろ?ピッチャーは大したこと無いんだから」


伊藤がピシャリと言いはなって見せた。その実力に裏打ちされた自信は思わず歓声を零してしまうほどだった。

だが、そこであの男が割って入った。そう、金城だ。


「そんな事言ってもそれが出来ないからこうやってビデオ見てるんじゃないんすか」


お前は黙ってろ、とツッコミを入れそうになったが麻衣は寸でのところで我慢した。

東田を入れて計10人、この教室にいる誰もが言葉を失った。それでも。


「俺には自信がある。お前と違ってな、金城」

「へっ、俺にだって自信くらいありますよ、先輩」


金城の自信は明らかに根拠のない虚勢だということは言うまでもない。

というか打率0割男が何を言っているんだろうという感じだ。麻衣ははぁ、とため息をついた。


「すみません、こいつバカなんです」

「誰がバカだ誰が!」


麻衣はそう言って金城の頭を無理矢理下げさせた。

金城は抵抗していたが、とりあえずこの場を収めるにはこれしか方法が無かった。

伊藤はくすっと金城をバカにしたような笑みを浮かべた。


「まぁ次の試合期待してやるよ、スラッガー君」

「後で吠え面かくのはどっちっすかね、先輩」


チーム内競争・・・といえば聞こえの良いただの意地の張り合いだった。

結局この2人の言い争いが終わらないうちに昼休みは終わりを迎えた。それぞれがそれぞれのクラスへと帰って行く。

この時のこの言い争いが、どうなっていくのか、それはもう少し先の話になる。




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