第10話
赤鯉とトリコロールの星条旗、北に輝く紺色の鷲





12月5日


この日、札幌では29cmもの積雪を記録した。入れ替え戦の後、僕は北海道に帰ってきていた。

防寒具に身を包みながらも入ったのは野球部の室内練習場だ。北海道や東北の高校では冬の間は雪でグラウンドが覆われる為、練習ができない。

そこで練習ができる設備として室内練習場が置いてある高校もあった。僕が在籍していた北海農業大付属もその中の一つで、

今は秋の新人戦で道内大会優勝、明治神宮大会でもベスト4の成績を残し、選出が決定的な春の選抜に向けて練習中だ。

その大会では夏春連覇がかかるので先輩として指導がてら自主トレも兼ねていた。

「それにしても不破先輩、明治神宮大会見ました?」

「いや・・・見てないけど?」

「あそこで久しぶりに古豪のあかつき大附属が優勝したんですよ」

肩鳴らしにキャッチボールをしている後輩が言った。明治神宮大会で優勝すればその高校の所属枠が選抜で一つ増える。

あかつき大附属が優勝したと言う事は関東の枠が増えると言う事だった。

「準決勝で対戦したんですけど、打撃自慢のうちの高校が相手エースに完全に封カ込まれて完敗でしたよ」

そんなに凄かったのかと聞くと、後輩は首を縦に振った。

「あれは凄いを通り越してました。はっきり言って同じ高校生かと思うとゾッとします。ナマで見たら、まるで同じ出身の猪狩守選手を彷彿とさせますよ」

「猪狩さんねぇ・・・」

僕の呟きが聞こえなかったのか、後輩は話題を変えてきた。

「そう言えば今日ですよね?ウイングスの大物選手入団会見って」

「そうみたいだけど・・・」

そうこうしているうちにもう一人のプロ選手が入ってきた。

「ウイース」

「アレクセイ先輩、お疲れ様です」

西武にドラフトで指名されていたアレクセイだ。こっちはプロ契約も済んでいるし、合同入団会見も済んでいる。

規則とかに引っかかるので指導が行えず、別メニューだった。

「まぁ、これで同じリーグになっちゃったけど対戦したら三振頼むよ?」

「俺が試合に出てたらの話だけどな」

実際の話、僕もアレクセイも一軍にいれるかは微妙な線だ。キャッチボールを続けて肩も温まってきたのでそろそろ投球練習に入ろうと思う。









「ぎゃーーす!」

その控え室には喧しい声が響いていた。

「うちのオーナー代行、さっきからあんな調子じゃけんど大丈夫か?」

「ええ、問題ありませんわ。マスターリーグのオールスターのスポンサードができなくて八つ当たりをしているだけですから」

記者会見の出番を今か今かと待っている男は代行の妹に尋ねていた。

「特定選手のグッズ収益・・・入場料・・・弁当収益・・・広告・・・」

政明はソロバンにおける指弾き運動をしながら取らぬ狸の皮算用ならぬ、取れなかった狸の皮算用をしていた。

「計上利益、1億!これでもう一人位大物が呼べたのに!」

本気で悔しがっていた。そんな時、部屋のドアが開く。

『みなさん、出番です』

臨時で雇ったバイトが出番を促した。そこには先程まで後悔しまくっていた高校生の姿はなく、いるのは改革者のオーラを持ったオーナー代行だった。

「うっし、じゃあまずは会見に行くとするか」

『え〜、まずは今回の会見にお集まり頂き誠にありがとう・・・』

司会はトライアウトでも進行役を勤めていた那珂が今回もやっていた。

「那珂、うるさい。俺が仕切るからマイク寄越せ」

強引にマイクを奪うとテレビカメラを探した。当然、オージーグループ傘下のテレビ局のカメラだが。

「それでは新たに加入する選手に登場してもらう」

会見場の大きなドアが開かれ、報道陣の視線が集まる。そこにはスーツ姿の男となぜかチャイナ服の女性がいた。それと同時に大きなどよめきが沸き起こる。

「二人ともこちらに」

政明に促されるように二人は会見のテーブルについた。

「みなさんは仮にも野球に関する報道に携わっているのだから選手本人を知っていると思うが、改めて紹介する」

チラリと政明が男の方を見ると立ち上がる。そしてフラッシュが焚かれる。

「広島東洋カープから星野明介投手

「ただいま紹介に預かった星野じゃ。16年広島におったけんど、そろそろ歳じゃし、新球団に貢献したいっつー事で山本監督にトレード志願してここにおる」

微妙な広島弁で星野は挨拶した。

「続いてヤクルトスワローズから五条都投手

「え〜〜っと・・・五条です。ヤクルトさんには入団以来お世話になってましたが、

オーナー代行の要請もあり、無償トレードと言う形でウイングスさんにお世話になります」

深々と礼をしながら丁寧な口ぶりで五条も挨拶をした。この二人の入団に報道陣は驚いた。

五条の方はストーブリーグ突入後、そういう話が無きにしも非ずだったが、星野は全くの意外だった。

弱投と言われる広島を支え続けて16年のベテランだし、てっきり落合との確執のウワサが絶えなかった中日の岩井を獲得するものだと思っていたからだ。

「では続いて両選手の経歴を紹介したいと思います。手元のパンフをご覧下さい」

そこには星野と五条のこれまでの経歴が書かれてあった。それをノーカットで紹介しよう。

「星野明介、1988年に広島にドラフト1位で入団。ルーキーイヤーからローテーションの軸として活躍。

91年にリーグ優勝と沢村賞、97年には最多勝を獲得。そして・・・

2000年には対巨人戦3連投3連封を達成する。

以降、コンスタントに活躍を重ね、今季終了後にウイングスに移籍」

次に五条の経歴が紹介される。

「五条都、1998年にヤクルトにドラフト8位で入団。いわゆる「猪狩世代」の一人であり、元・キャットハンズの早川投手と同じプロ初の女性選手。

ヤクルトでは主に中継ぎとして活躍。2001年の日本一に貢献。今年は五十嵐に繋ぐセットアッパーとして最優秀中継ぎを獲得。

その後、無償トレードでウイングスに移籍。来季はチームの守護神として期待している」

経歴紹介が終わり、フリーの質問タイムに入った。両者に質問が浴びせられているが、その二人を見ながら政明は内心でほくそえんでいた。

「チームのエースと守護神を上手く補強できた。にしても山本が星野を手放すとは少し意外だったが・・・」

カープの番記者以外、誰も広島の内情を知らなかった。(それはそれで当然だが)広島は典型的な貧乏球団だ。

高額選手を雇えない代わりに潜在能力や実力の高い選手を見つけては二軍や外人専門教育機関のカープアカデミーで育て上げる。

そうする事により格安でレベルの高い選手が雇える仕組みになっている。

しかし、緒方や前田、野村と言った長年在籍しているベテラン組の年棒はやはり高い。

その中でも星野はズバ抜けており、最高額の2億(推定)も年間で払っていた。

バランスを取るためには雇用選手を減らしたり、年棒を下げたりしなくてはならないが、それにも限界がある。

特に今年は赤ゴジラこと嶋が首位打者を獲得し、その年棒も550%アップすると言った事態も起きた。(唯一の救いは嶋の年俸が700万と低額であった事だ)

さすがにこれ以上の出費を避けたいカープ経営陣はチームの最高年俸者の星野をエースが欲しかったウイングスに対して泣く泣く手放した。

こんな事情があって獲得できた事を政明は知る由もない。逆に五条を獲得できた理由は正反対だ。

ヤクルト投手陣がセリーグにおいては中日に次ぐ厚さを誇るからだ。五条を始めとして五十嵐、石井弘、山本。

新人王の川島、同タイトルを取った事もある石川や藤井。高井、鎌田に館山や坂元と言った若い世代がいる。

五条と言う優秀なセットアッパーが一人抜けた位で崩壊するほどヤワではなかった。

だからこそウイングスの求めに応じて若松監督は五条を無償で譲ったのだ。

政明は思わず笑みが漏らしていたが、薫に「人前です」と注意を受けている。しかし、この時点でウイングスの重大な弱点に誰一人として気づいていない。

それが発覚するのはちょうどキャンプインする前日の1月31日だった。

―――星野選手、奥さんと上手く行ってるんですか?

―――先日は地元局のアナウンサーと食事をしている写真がフライデーに掲載されていますが?

―――五条選手はご結婚を考えているんですか?

―――相手は同僚になる湊選手とのウワサがありますが?

最初は抱負などを聞いていた記者達だったが、質問が段々野球と無関係になっている。

「ワイドショー担当の記者を呼んだ覚えがないが・・・」

のん気にそんな事を考えている政明。五条は女性なので別の意味で当然の質問かもしれない。

「え〜〜、無関係の質問を続けるなら会見は打ち切りに・・・」

一瞬にして記者達が黙る。その代わりに別の質問が飛んできた。

四国のサザンクローサーについてはどうお考えですか?

それは政明に対する質問だった。しかし、政明は「現場は監督の龍堂に一任」と一蹴した。

「最後に星野の背番号が19。五条は登録名を下の名前の「都」に変更し、背番号は14で登録をしたいとしています」

締めくくりに結団式を来週の12月12日に行う事を明言して政明達は会見場を後にしていた。









一週間後の結団式が静岡に置いた球団事務所で行われた。入れ替え戦で初披露となったユニフォームの他にビジター用のユニフォームも公開された。

湊や星野を始めとした移籍してきた選手がホーム用を、トライアウトで入団した選手がビジター用のユニフォームを着ていた事を書いておく。


※ビジターユニフォームは白地にスカイブルー色でブロック体のウイングスのロゴ、帽子はライトグリーンに白でWとだけ描かれている


結団式もつつがなく終わり、僕は森坂や空閑さんと言ったメンバーと別れると、北海道に戻った。

帰った翌日、再び自主トレをしに母校の室内練習場に足を運ぶと見慣れぬユニフォームを着た男がバッティングケージに入っていた。


カキーン


カキーン


カキーン


マシン相手に快音を響かせていた男は一息入れると僕の方を向いた。まるで、

僕が来るのを待っていたかのように・・・。

「君ってウイングスの選手だよね?」

「ええ、まぁ・・・一応は」

確信を持った言い方に嘘を吐いても無駄なので正直に答えた。

「だったらちょっとバッティング勝負してみないか?」

「はぁ?」

「5球投げてもらって俺が1球でも空振れば君の勝ち。それでいいだろ?」

ここに居座られても自主トレが出来ないし、何より後輩も練習が出来ないので勝負を受けることにした。

「生っきた球!生っきた球♪」

うれしそうにバットを振り回す。右打席にオープンスタンスに構えると僕に投球を促す。

「ヘイ、バッチ来ーい」

1球目、投げた球はカットボール。彼の振ったバットに当たったが、ショートの真正面に行った。それに1球でも空振りにとれば勝ちなので予想の範囲内だ。

2球目、外角に入るスローカーブだ。彼は何とか当てたが、一塁線の外側に転がっている。つまりはファールボール。

3球目、再びカットボールをインハイに投げ込む。これも器用に当てるが今度は三塁方向へのファールだった。

4球目、ここで僕はストレートを選択した。足が上がり、ボールが指を離れた瞬間に室内練習場に怒鳴り声が響いた。

「柴田!こんな所で何をやっている!!」

その声に驚いたか、打席の彼は見当違いの所を振ってしまった。

「やった、空振りした!

「ちょ・・・今のは無し!今のは北嶋さんが・・・」

言い訳をするが、その前に大声を放った人物に首根っこを掴まれる。

「電話があったんだよ。ウチの桑島がこの学校で油売ってるから摘み出して欲しいってな」

「いや〜それはですね・・・。何と言いますか・・・暇だったらから」

僕の目の前で炸裂する右フック。レイ・セフォーばりのフックを柴田にぶち当てると大声の主は僕に向かって謝った。

「スマンな、君の貴重な時間を浪費させて。こいつ、実家がニセコなんだが・・・札幌駅で姿くらましてな。

俺は札幌には仕事の都合上、知り合いが多いから探すのを手伝って貰ったんだ」

なるほど、だから電話で柴田とか言う奴がここにいるって分かったんだ。

「さあ、帰るぞ。ペナルティを課してやるから覚悟しておけ」

「北嶋さん、その前にいいッスか?」

睨まれて怯みながらも柴田は北嶋と呼んだ人に言う。

「まだ勝負があと1球残ってるんですよね。さっきの空振りは北嶋さんが大声出したせいだし、彼も納得してないと思うから勝負して下さいよ」

「何かと思えばそんな事・・・つまらんな」

僕としては早々に帰ってくれるなら納得するしないはどうでもいい。そんな北嶋さんとやらは露骨に嫌そうな顔を柴田に向けている。

「北嶋さん!このまま同じ新規参入球団になめられっ放しでいいんですか?

もしシーズン入って、北嶋さんがいてもやっぱりウチのチームは弱かったとか解説者に言わせるつもりですか?」

「しょうがない・・・。おい、名前は何だ?」

「あ、不破ですけど・・・」

「このアホがうるさいから1球勝負を受けてくれ。条件はそっちが有利なようにする」

「1球だけなら構いませんが」

新たに出された条件はホームラン以外は僕の勝ちと言う内容だった。

北嶋さんはボックスを左に入った。構えに隙が全く無い。おまけに僕を睨みつけ、威嚇してくる。夏でもないのに嫌な汗が全身から流れる。

「な、なんてオーラだ・・・」

気迫を感じながらもどうにか打ち取る、それが無理でもホームランを打たれないような球を投げなくてはならない。

「あーあ、既に北嶋さんの術中だな」

この光景を見ながら柴田は呟いた。

「一見不利に見えても実は相手はストライクを投げなくてはいけない状態。

置きに来る事は考えにくいけど、もし来たら万々歳。来なくても元から二流級なら楽に打てる人だし・・・」

「際どいボール球ならともかく、明らかに外れた球を投げるのは失礼だし・・・。ストライクを投げるしかないかな?」

柴田の打席も含めて投げてない球はサークルチェンジだ。僕はこれを投げる事にして球を握る。そして・・・


シュッ!


放たれたサークルチェンジは膝元へ絶妙な所へ落ちて行く。それとちょうど良いタイミングでアレクセイが室内練習場に入ってきていた。




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