第11話
不破、そのセンスもうちょっとどうにかならないか?





世間が新春を楽しんでいる頃、僕は東京にいた。それも東応大学のキャンパスの目の前にいた。目的はただ一つ、空閑さんに会う為だった。









カキーーーン!


快音が響いた。打球は僕の真上を瞬時に通過して行った。もし、これがグラウンドなら間違いなくホームランだろう。

「これで満足か?」

「はい、見ていてスッキリしました」

「じゃあ、ペナルティ発動。オフ無しで今から自主トレだな」

北嶋さんは渋る野口を引きずるように連れて帰った。それと入れ替わるようにアレクセイが室内練習場に入ってきた。

「なぁ、あの人って・・・」

「うん、猪狩世代で元大阪近鉄バッファローズの北嶋総司選手・・・。今まで勝負してた」

本気で羨ましがるアレクセイとは反対に僕の心は沈んでいた。

「このままで大丈夫かな?本当に通用するんだろうか・・・」

その問いに答えを出せるのは誰もいない。なぜならこれは自分で解決するべき問題だったからだ。









「あれから考えたけど、どうも一人じゃロクな考えが思いつかなかったしなぁ・・・」

両親には早く球団に合流したいと理由を言って札幌を後にした。そして向かったのは静岡じゃなくて、今いる東京だった。

「空閑さんならアドバイスくらいなら貰えるんじゃ・・・」

微かな希望を抱いて赤い門をくぐる。まず驚いたのはキャンパスの広さだった。

母校の大学案内で東京ドーム3個分と書いてあったけど、抽象的過ぎて分かり難かった。でも実物を見れば広いと納得が行く。

これで千葉や横浜に第二第三のキャンパスがあるんだから更に驚きだ。

なので、当然のように迷った。右往左往していると聞き覚えたく無くても覚えてしまったあの声が聞こえた。

「そこにいるのはおチビちゃんじゃないですか。こんな所で何してるの?ここはおチビちゃんが来れるような所じゃないんだけどな〜〜」

「煩いなぁ。僕がどこにいようと僕の勝手じゃないか」

葉山だった。大学が違うコイツがいる事の方が疑問だと思うんだけど・・・。

「私は空閑に用事があったから来ただけ。卒論が難しくてね、アドバイスを貰おうと思って」

内容は違うけど、根本的には理由が同じだ。そんな時、東応大の学生が僕らに話し掛けてきた。

「あれ、あんたって花冠大の葉山?もしかして空閑の奴に用?」

「もしかしなくてもそうよ!居場所知ってるならさっさと教えなさいよ!!」

どうしてコイツは初対面の人間にはこう高飛車なのかな・・・。顔はいいくせに口が悪いせいで、おそらく彼氏いない歴18年だろう。

「空閑だったら多分、研究棟だと思うよ。大学の講義と野球部の練習が無い時は決まってあそこに篭ってるから」

後でその人は同じ野球部の人と分かった。僕だけお礼をするとその研究棟に向かう。









「あったわ。ここね」

葉山はノック代わりにドアを蹴る。その後で取っ手に手を伸ばしたが、途中で止めて開けるのを僕にさせた。

「ホラ、この時期静電気怖いでしょ?私って帯電体質だからビリッと来るのよね」

文句を言っても無駄なので取っ手を掴む。横に開くドアが軋んだ音を鳴らす。それと同時にボールが飛んできた。

僕は慌てて回避運動を取るが、葉山の方は何が起こったのか分からず、ボールを顔面で受けた。ある意味天罰だ。

「あ・・・当たったけどいいか。軟球だし」

「あんたねぇ・・・軟球って言っても150キロにセットしたピッチングマシーンのボールが痛くない訳ないでしょ!」

「別にこのピッチングマシーンはストレートの他に高速スライダーとカーブ、サークルチェンジが投げれる仮想松坂タイプだから問題無いだろ。

調整中だったし、ノックの替わりにドアに蹴りを入れる奴に文句は言われたくないが」

おお、葉山を言い負かしている。さすがは空閑さんだ。

「大体、ドアの前にボールが来るように置く方が悪いわよ!」

「で、用件は何だ?」

話を強引にすり替えた空閑さんは部屋の奥へと引っ込む。その後を葉山と僕はついて行った。

「大方、卒論かテストの事だろうな。ったく、学校が違うんだからしょっちゅう来るなよ・・・」

今井の所に行けよ。と、空閑さんは付け足していた。書類棚から適当にファイルを取ると葉山の手元に投げ渡す。

「さっさと帰れ。俺は忙しいんだ」

用件が済めば上機嫌の葉山は言われるまま退散した。空閑さんが僕の存在に気付いたのは葉山が去ってから5分後だった。

「・・・・いたのか?」

「いました、最初から」

心の底から済まなそうな顔を僕に向けて、空閑さんが謝った。葉山との身長差が20センチ近くあって、後ろにいたらそりゃ気付かないか。

「同じ東京の葉山はともかく、わざわざ北海道から君が来るとは珍しいな」

「そうですかね・・・」

空閑さんは部屋に常備してあるコーヒー用の蒸留器を取ると、カップにコーヒーを注ぎ、僕に渡した。

「取り合えず、話を聞こうか」

僕が部屋のソファーに、空閑さんがデスクのイスに腰掛けると僕は今までの経緯を話した。









「・・・と言う訳なんですけど・・・・」

空閑さんは熱心に聞き入ってくれていた。腕組みをするとおもむろに口を開いた。

「確かに俺から見ても少し物足りなさを感じていたからな。このままだと間違いなく通用しないだろうな」

空閑さんにそこまで断言されたと言う事は事実なのだろう。僕を落ち込ませる暇も与えないとばかりに空閑さんは話を続ける。

「そういう問題なら今まで持っている変化球をパワーアップさせるか、新しい変化球を覚えるかした方が早いな」

「はぁ・・・」

「ちょっとこっちに来てくれ」

空閑さんは立ち上がると、更に部屋の奥へと僕を案内した。ドアノブが回るとそこから部屋が見える。

だが、中は真っ暗で何も見えなかった。パチンとスイッチを入れる音がする。

電球に照らされて見えたのは乱雑に散らばったファイルとビデオテープ、DVDや新聞のスクラップ記事だった。

「空閑さん、部屋汚くないですか?」

「普段はキレイにしてるんだが・・・。探し物をするとどうしてもこうなるんだよ」

落ちてるビデオテープを拾ってみた。ラベルには「江川卓」と書かれていた。

その他にも南海の「杉浦忠」や阪急の「山田久志」と言った往年の選手、ヤクルトの「伊藤智仁」や巨人の「斎藤雅樹」、

カイザース監督の「神下怜」と言った90年代のエース、カイザースの「猪狩守」、西武の「松坂大輔」と言った現役選手のビデオまであった。

「コレクションって訳じゃないがな・・・。最近のメジャー選手と日本球界所属の投手なら古今東西を問わずあるぞ?」

古今問わず?と言う事は・・・。

「さすがに沢村やスタルヒンと言った創成期の選手映像は無いが、計算上のデータならそこにあるパソコンに入ってるけどな」

声も出ないとはこの事か。研究熱心を通り越してる気がする。

「さっきのピッチングマシーンも自作だし、講義と練習が無いとこんな事しかする暇が無いんでね」

自嘲気味に笑った空閑さんはとあるファイルとビデオテープ、DVDロムを3枚づつ僕に渡した。

「それにはカットボールとスローカーブ、サークルチェンジを扱う代表的な投手の映像と記事があるから好きに見てくれ。

俺は今から講義を受けないといけないからな」

ラベルには「ニューヨークヤンキース マリアーノ・リベラ カットボール集」「オリックスブルウェーブ 星野伸之 スローカーブ集」

「阪神タイガース 井川慶 サークルチェンジ集」と、それぞれが3点1セットで張ってあった。

残念ながら研究するレベルが高すぎた。何度も再生したり記事を見比べたりするも、全くのチンプンカンプンだ。

「う〜〜ん、為になる事くらいしか分からない・・・」

気分転換に周りを見回すと、少年誌とかによく広告が載っているストレッチマシーンが置いてあった。

「こ、これは・・・ドリームストレッチャーだ!

1日10分ストレッチするだけで背が伸びると言う代物だ。空閑さん、やけに背が高いと思えばこれを使っていたのか。









「不破、何か参考になったか?」

講義の終わった空閑さんが帰ってきた。ドリームストレッチャーで10分ストレッチしていた事には気付いていないようだった。

「レベルが高すぎて別の意味で参考になりません・・・」

「しょうがないな。・・・じゃあ、これは?」

ファイル棚から別のビデオを取り出した。

「これはパワフルズの真中投手コーチの?」

「ああ、あの人もサークルチェンジを使っていたらしいからな」

ビデオデッキにテープが入って行く。画面に映し出されたのはルーキー時代の真中さんのピッチングシーンだ。

「マシンガン打線を抑えている・・・」

当時の横浜と言ったらマシンガン打線が一世を風靡した時代だ。その横浜相手に真中さんは完封劇を演じていた。

「ストレートが遅いからって悲観する事はない。変化球を極めればそれだけで大きな武器になる。

無論、それを生かすためにストレートも少しは早く投げれるようになる為の努力はするべきだがな」

そう言うと空閑さんは僕にボールとグローブを手渡す。

「今日はこの後の講義も無いし、自主トレもそろそろ始めないといけない時期だろ?付き合ってやるよ」

その日から3日間、東応大野球部のグラウンドの隅を借りてピッチング練習を続けた。空閑さんも暇があれば僕に指導をしてくれた。









3日後


「これで・・・どうだ!


シュッ


ククッ


バン!


投げたボールが壁に当たる。今までのサークルチェンジとは一味違う変化を見せたボールだった。

「完成したようだな」

空閑さんはとなりにいて、新しい変化球誕生の瞬間に立ち会ってくれた。

「ええ、僕はこれをダイスケチェンジと名付けようと思います」

急に黙り込む空閑さん。その理由がさっぱり分からない。

「取り合えずキャンプに間に合ったからよしとするか」

「はい!」

その後、僕はキャンプが始まるまで東応大で空閑さんと一緒に自主トレをした。そしてキャンプイン前日の1月31日を迎えた。









静岡市内の料亭

「ショートが・・・いない?」

部屋に呆れた声が響いた。声の主は誰であろう政明オーナー代行だった。

「先日、スポーツ番組で解説者が言ってました。ウイングスには頼りになるショートがいないって」

思い当たる節があるので、グゥの音も出ない。確かにショートの選手はトライアウトで獲っていない。

自由契約になった選手とドラフトで指名した選手の数人しかいない。それも確実な成績を残せるとは思えないレベルの選手だ。

「これはさすがにマズイな・・・」

事態を理解した政明はどこかへ携帯で電話をかけていた。

「大至急、調査を始めてくれ。・・・そう、ポジションはショート、選手は外国人に絞れ。この時期獲得できるのは外国人が一番だ」

テーブルには手付かずのままの料理を置いて、彼も調査の為にその場を後にした。









その頃の仙台市では

「そういや、あのピッチャーはマジで小さかったッスねぇ」

「見かけで判断するな。だからレギュラー定着出来なかったんだ」

「違いますよ。俺がレギュラーになれなかったのは前の球団で守るポジションが空いてなかっただけです」

鼻で笑った北嶋と笑われた柴田の着ていた服はエンジ柄、胸に小さく「楽天」の文字が刻まれてあった。




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