第12話
自主トレのある風景





プロ野球の開幕はいつだろう?開幕戦と言う人もいれば、キャンプインだと言う人もいる。

しかし、本当の開幕はそれぞれの選手が自主トレを始めた日だと言う人もいる。

不破と空閑が自主トレを兼ねた新変化球の研究をしていたのと同様に、他のウイングス選手も思い思いの日に自主トレを開始していた。









1月3日の福岡


「トライアウト以来だな石丸」

「ああ、お前は入れ替え戦に出たらしいな」

先ほどからキャッチボールをしているのは森坂と石丸だ。九州出身で高卒のトライアウト合格者と言う関係もあり、合同で自主トレを行う事にしていた。

また、声が聞こえる範囲でキャッチボールをしていると言う事は肩を温める程度なのだろう。

「お前のノーコン病、治さないと二軍でも通用しないぞ?高校生レベルだとまだ何とかなったけど」

「分かってるさ。それに関しては自信がある」

そう言いながら石丸は大暴投をしでかした。転々と転がるボールを追いかけながら森坂は一抹の不安を覚えていた。

「多分、無理だな。これなら不破の方がまだ使い勝手が・・・」









1月5日のグアム(現地時間)


赤い帽子を引き連れて、グラウンドを走っている星野がいた。赤い帽子は全て広島時代の後輩だ。

チームの柱となりうるベテランは例年通りの自主トレを行っていた。

「ちょっと・・・星野さん、少し休みません?」

「アホな事抜かしちょるのぉ。たかだかグラウンド200周位で音を挙げんなや」

汗すらかいてない所はタフネスピッチャーの名に相応しいが、普通の体力である後輩達には地獄以外でもなんでもない。

「それよりも今年は星野さんが抜けても大丈夫って言われる位、頑張りますよ。日本シリーズで遭いましょうよ」

「そうじゃな。お前も西山が抜けて正捕手を奪うチャンスじゃけぇのぉ。こがいなチャンスはそうないけぇ気張れよ」

後輩にアドバイスをしながらグラウンドを延々と走り続ける姿がそこにはあった。

「もう100周程どないやぁ?」









1月7日


東京で自主トレを行っている選手もいる。住んでいる所を離れたくても離れられないのがその理由である。

「ビデオ録画、ビデオ録画・・・。明日はちゃんとナマで見るけど、キャンプ地に持って行かなくちゃ・・・」

設定チャンネルをTBSに、開始時刻を18時に合わせる池田がいた。全てを済ませると池田は部屋を飛び出す。

「よし、今日はアキバまでダッシュだ!トレーニングにもなるし、欲しいもの買えるし一石二鳥だね」

だが、池田は自身が他の選手と合同で自主トレを行っていた事をすっかり忘れていた。









1月9日の千葉


「・・・煩い」

「仕方ないだろ?何でかアイツがいるんだから・・・」

溜め息を吐く小金井に今井は何度も説明をしていた。そして視線を原因となった人物に向けた。

「空閑の奴が携帯にも出ないのよ!折角この私が大卒メンバーで自主トレしようと誘っているのに、生意気だと思わない?」

この口調は間違い無く葉山だ。葉山は今井と小金井の居場所を探り当てると乱入し、空閑まで呼ぼうと目論んでいたのだ。

それに生意気なのは口調から見ても葉山の方だが、あえて今井と小金井は黙っておく。

「拙者は拙者でやらせてもらう・・・。あれと一緒にいたのではトレーニングにもならない」

そう言うと小金井も別の所で素振りを始めた。因みにこの日の今井の自主トレは葉山をなだめる事に終始していた。









1月10日


帝王実業のグラウンドでも五条と亮太郎が自主トレを行っていた。

この学校の卒業生でもある二人は監督に無理を言ってわざわざグラウンドを使わせて貰える事になったのだ。

邪魔にならないようにバットとグローブを持ち、移動する。

「今回の選抜は後輩達にも頑張ってほしいものですね」

「ん? そやな。エースもここ3年間は絶対的なのがおるし、去年は春に東北、夏は今治に不覚取ったからなぁ・・・」

都の投げたボールを打ち返す亮太郎。

「黄金バッテリーで久し振りの優勝やろ。神宮優勝のあかつきはワンマンチームみたいやし」

二人の遥か後方では後輩たちの威勢の良い声が響いていた。

「それよりワイは打撃向上や。ホンマに守備だけの選手とはそろそろおさらばしたいねん」









1月17日


この日、ヤフーBB!スタジアムと言う名称ではなくなった球場の目の前に湊はいた。

「いつもならここなんだけどな・・・」

オリックスがブルーウェーブで、自身が所属していた頃、彼は自主トレをここで行っていた。だが、湊は球場に背を向ける。

「もう俺の居場所はここじゃない。俺の居場所は他にある」

そう行って彼はスタジアムを後にする。代わりに向かった場所は母校の流光学園高等部の野球部グラウンドだった。

黙々とランニングを繰り返していると馴染みのある顔が二つ、グラウンドに現れる。

「たいっちゃん、久し振りだな。このグラウンド使ってるって珍しいのな」

「航、茶化すな。湊にも事情がある」

湊はランニングの途中で立ち止まると二人の人物に声をかけた。

「何だ、波城と河内か」

「何だとは随分なご挨拶じゃん?同じ釜の飯食った仲間とは思えないな」

「はいはい、俺が悪かったよ」

素直に謝る湊の横で河内は笑っている。ここにいる波城と河内は湊と同級生、つまりは「猪狩世代」である。

卒業後は波城がベイスターズ、河内がカイザースにそれぞれ1位指名されて入団している。

「いつもはお前らが使ってる訳か・・・」

「友光と碧海は別の所で自主トレしているが俺たちはここで毎年やっているからな」

納得しながら湊は二人とともに合同で自主トレを行っていた。









昼になると湊は「用事があるから練習を午前中だけにして午後は抜ける」と波城と河内に言うと、母校の近くにあるお寺に向かった。

規則正しく並んでいる墓を見下ろす。その内のとある墓の前に立った。

湊はプロに入ってからは毎年、阪神淡路大震災の日に自主トレを始めている。それはある意味大惨事を忘れない為の彼なりの努力かもしれない。

それに前年に新潟中越地震があれば他人事ではないと思っていたりもする。そして10年前の今日、彼は数多くの先輩や友人を大震災で亡くしていた。

花束を沿え、手を合わせる。普段の湊からは想像も出来ないシーンだ。

「苦労してるんだね。たいっちゃんもさ」

「航・・・いたのならいたと言え。俺が驚いて大声出したらここにいるのがバレてしまうじゃないか」

湊を尾行し、陰で様子を窺っていた二人の内、波城に苦言を呈しながらも河内は湊の様子を見守る。

だがそこに切り裂くような風が巻き起こり、それが湊に向かって突進する。勢い良く卒塔婆が倒れ、物凄く大きな音が鳴った。

「あれ?誰かと思えば湊先輩じゃないですか。こんな人気のない所で何してるんですか?」

大きな物音と誰かの声を聞いて湊が振り返る。当然、鬼の様な形相で・・・。

「あ〜お〜み〜。先輩に会ったらまず言う事があるだろうが!」

相手のホッペをつねりつつ、湊は注意した。その様子を見ていた河内と波城だったが、波城の方が、「あのバカが・・・」と言いながら飛び出して行った。

「しゅいまひぇんしぇんぱい、おひしゃしぶりでひた・・・」

つねられてる為か、まともな日本語には聞こえなかった。解説するならば、「スイマセン先輩、お久し振りでした」だった。

「あ〜〜、俺んトコの碧海が迷惑かけたな。謝るよ」

「別にいいだろ。俺の後輩でもあるわけだし」

碧海の頭を下げさせてる波城を横目に湊は苦笑していた。彼らの一年後輩で、女性としては史上初の野手として横浜に入団したのが彼女だ。

「波城が謝るって言うのなら今日はお前のオゴリな」

「先輩、本当ですか?久々に神戸の中華街で中華フルコース食べれますね」

「ちょっと待てよ、お前には横浜の中華をいつもオゴッてるんじゃないか!?」

場違いなトークにいつのまにか河内も参加していた。それに気付いた湊が事態を収拾する。

「取りあえずここから出よう。墓の前でする会話じゃないから」

河内と波城に碧海のエスコートを頼むと一人だけその場に残り、墓の方を振り返り一礼をすると墓の前から立ち去り、

そのまま夜の神戸の中華街へと消えて行った。









1月31日


この日、選手全員が草薙球場に集合させられた。無論、キャンプ地に全員で行くためだ。選手に円陣を組ませると、龍堂が宣言する。

「我々だってプロだ。他の球団に下に見られないように初年度から勢いを見せつけるぞ!ポジションもほとんどが白紙だと思え!いいな!?

ハイ!!

威勢の良い声でその場が収まる。翌日は新幹線で名古屋に行き、そこから空港まで移動する。そして政明がチャーターしてくれた飛行機に乗り込む。

行き先は・・・長崎

これも政明の独断で決められたキャンプ地だ。宮崎や沖縄を最初から除外して選んだらしい。

いよいよ球春は近づいていた・・・。




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