第15話−@
偉大なる10を背負いし者





野球界には永久欠番と言うものが存在する。

チームや野球界そのものに貢献した選手に与えられる名誉な事であり、巨人・阪神・中日に昨年限りで消滅してしまった近鉄にもそれらはあった。

その背番号とは巨人が、の1番、長嶋の3番、黒江の4番、沢村の14番、川上の16番、金田の34番であり

阪神は吉田の4番、藤村の10番、村山の11番、消滅してしまった近鉄は鈴木の1番が該当する。

そして中日には服部の10番と西沢の15番が永久欠番だ。

服部と言えば中日の創成期を支えた大エースで、歌の中でも「主将の服部 大エース」と呼ばれている。

そして今年、その背番号10が永い時を経て復活した。それは服部以来の大エースの誕生を意味していた。

杉下・星野・郭・小松と言った歴代の20番をつけたエースを凌ぐエースと呼ばれつつある男、それが岩井大輔である。









ドラゴンズの選手達がグラウンドに散る。その中で一番高い所にいる岩井が屈伸運動をしていた。マウンドにキャッチャーの清水が駆け寄る。

「もう一度聞くが、本当に俺がリードして良いのか?お前の投球術は球界でも・・・」

「なに言ってるんですか。キャッチャーはボールを捕るのが仕事じゃないはずですし、キャッチャーは投手をリードしてナンボです。

それにグラウンドの監督でもあるんだからもっとどっしりと構えて下さい」

笑顔で返した岩井を見て安心した清水はキャッチャーポジションへと戻る。それを見届けてから岩井は天を仰いだ。

「あの時と同じ空の色・・・か」

青色の空と白色の雲が程よく混ぜられた上空から相手バッターへと視線を移す。顔は既に無表情だった。

審判の「プレイボール」のコールとともに出されたサインに頷くと、岩井は左足を上げた。

岩井の投げ方は一般的に言うスリークォーターだ。グラブは顔の高さまでしか上げず、モーションに無駄な動きが極力ないように考えた投法だった。









「ねぇ、都さんは岩井選手の事をよく知ってるんですか?」

ブルペンにいた不破はそんな事を都に聞いていた。

「全部が全部と言う訳ではないですけど・・・。一応、一般人以上には知ってますわ」

都は帝王実業出身であり、岩井はあかつき大付属だ。

同じ東京都の高校なので甲子園や練習試合で何度も対戦しているはずだし、プロに入っても同リーグのチームにいれば自然と投げ合う回数も増える。

「一言で言えば“天才”ね・・・。猪狩くんがストレートを得意とする“剛の天才”なら岩井くんは変化球を得意とする“柔の天才”です。ただ・・・」

「ただ?」

「剛の天才になりうる素質を秘めていながらもある時期を境にしてそれを捨てて、柔の天才と言う道を進んだって話を本人から聞いた事ありますけど・・・」

都の話を聞きながらも不破の視線は既にマウンドの岩井に注がれている。









ストライーク!


バッターアウト!


先頭バッターのハヤテをストレートのみで三球三振に斬って取った岩井は全く表情を変えない。そして早くも同じ猪狩世代の亮太郎と対する。

「猪狩世代を打つには猪狩世代のワイが一番や!ランナーとして出たら掻き回して太一に回したる」

意気込んで打席に立つ亮太郎。岩井は清水が出したサインに無表情で頷き、モーションに入る。

ど、ど真ん中やと!?

呆然と見送る亮太郎だったが、リードしている清水にはしたたかな計算があった。

「打撃が猪狩世代の中でも平均以下の亮太郎はある程度コースと球種を絞って打席に入るだろうからその裏を突く」

それがど真ん中のストレート、しかも120キロ台後半のハーフスピードのボール。これはさすがに予測はされにくい。

「初球がストライクなら2球目は性格上、外してくるやろ。外角にボールになる変化球のはずや」

しかし、これもハズレだった。カーブをボールからストライクになるギリギリの所にきっちり入れてきたのだ。

「これで3球目は何を投げてくるか分からないはず。どれでも打ち取れそうだが、何にするか・・・」

空振り〜〜、二者連続の三振!ハヤテを見逃し三振にした後は亮太郎を空振り三振です!』

結局、142キロのボールがインハイに決まっての三振だった。完全に清水のリード勝ちである。

ツーアウトランナー無しとなって打席には3番に抜擢された森坂が入る。

「配球が読めない・・・。ひょっとしてリードしてるのは清水さんの方なのか?」

前二人の打者の結果を見て、ようやく森坂も分かってきたらしい。だが、清水は更にその上を行く。

「ダイスケ、今度はお前がリードしろ。どっちがリードをしているか分からなくさせる」

「心得ました」

ノーサインで投げろと言うサインを出して清水はミットを構えた。それを見ながら岩井は表情的には変わらなかったが、内心では笑顔だった。

「去年の柳沢さんやルーキーの時には中村さんや光山さん、もちろん谷繁さんにも受けてもらっていたけど、しっくり来なかった」

ストレートを投じ、森坂のバットが空を切る。

「だけど、この人は今までのキャッチャーとは違う・・・。この人とならもう少しで届きそうだったあのタイトルを狙える・・・」

ストレートの次はカーブを投げてこれまた空振りに取る。

速球主体のリードから一転して変化球主体のリードになり、どっちがリードしているのか森坂には訳が分からない状態だった。

「あの・・・沢村賞と言うタイトルを!

最後もカーブ〜〜!なんと、三者連続三振!!ドラゴンズの先発の岩井、初回を見事なピッチングで0に抑えました』

岩井はベンチに戻っても相変わらずニコリともしない無表情だ。しかし、どことなく安堵感が漂っている無表情だった。









『守りますウイングスの先発は空閑紫陽、ピッチャーは空閑。背番号 18』

ウグイス嬢による場内アナウンスにより今度は空閑が先発マウンドに登る。対する打席には中日の斬り込み隊長、荒木が向かっていた。

先ほどの岩井と清水の時のように空閑と今井もマウンド上で最終的な打ち合わせを行っていた。

「そう言えば今年から交流戦があるからオープン戦以外でも当たるな」

「今井、それは今から気にすることじゃないな。今は目の前の相手を全力で倒す事だけに集中・・・」

「分かってるって。荒木は結構振り回してくるから油断するなよ」

立ち去る今井を尻目に空閑はロージンパックを手に取った。岩井とは逆に右足を振りかぶる。


ファール!


初球は140キロ台のストレートだった。荒木はそれを難なく当て、ファースト側のファールゾーンへ運んだ。

「最初のバッターからこれか・・・。空閑、もう行くか?」

「ああ、もちろんだ」

短いやり取りが交わされた。空閑の投じた2球目はさっきと同じ143キロのストレートだ。荒木は今度こそはレフト前に運ぶつもりでバットを振った。


ブルン!


少し遅れてからストライクのコールがあった。ストレートがスクリューのように変化するため、

相手のバットに当たらずにミットに納まる空閑独特のストレート、ダークネスアローが決まって荒木をツーナッシングに追い込んだ。

「最後はフォークを引っ掛けさせる」

今井の要求通りに荒木はフォークを引っ掛けるとセカンドゴロに終わった。

『さあ、打席には井端。スタンドからはいつもの独特な応援がされております』

オ〜オ〜、オオオ〜〜オ〜、オオオオオ〜オ〜〜オ〜

ライトスタンドから意味不明の声援が飛ぶ。と言うより声援には到底聞こえない。「オ〜オ〜」としか言ってないのだから。

トランペットでの演奏が終わり、「かっ飛ばせ井端」コールが起こる。しかし、空閑はそれにも怯まない。井端を5球かけてサードゴロに打ち取ったのだ。

かっずよし!かっずよし!

今度は和義コールだ。打席に入る立浪を下の名前で呼びながらファンが声援を送る。

「狙うは変化の大きいカーブだ。変化は大きくても岩井ほどのキレがある訳がない!」

左バッターからは肩越しに変化するカーブ。4球目に来たそのボールを立浪はそれを見事に捉えてセンター前に持っていく。

ウォォォォーーーー!ウーーッズ!!ウーーッズ!!ホームラン、ホームランウッズーー!!

今まででもオープン戦としては異常な声援が送られていたライトスタンドが唸るような声援に変わり、地響きがグラウンドにも伝わってくる。

そう、打席には昨年のセリーグホームラン王のT.ウッズが立ったのだ。

「さあ、昨年より破壊力を増した恐竜打線が空閑に襲い掛かります。谷沢さん、ここはどうですか?」

「シーズンで試合が中盤なら敬遠ですけどね。オープン戦ですし、回も浅いので勝負するんじゃないんですかね」

空閑と今井の頭の中には勝負と言う文字しかなかった。

「初回から逃げた投球が出来るか!」

「もちろんだ。ウッズのデータならPCに十分入ってる」

初球、ダークネスアローをインコース真ん中に投げる。ウッズのバットが空を切るがその風切り音がマウンドにまで聞こえた。

「さすがにフルスイングすると凄いですね。当たれば場外ですよ」

「当たらにゃ何もならんですよ。さしずめ大型扇風機って所ですな」

2球目はスライダーをインローに外した。ウッズのバットは途中まで出掛かるが、程なく止まってワンエンドワン。

3球目はカーブを選択した。これもインローにギリギリ決まるようなコースを取った。

これでツーエンドワンと追い込んだ。そして余り間を置かずに空閑が投球モーションに入る。

「ストライク!バッターアウトです。空閑、最後はアウトコースのボール球を振らせました。ウイングス、初回を0点に抑えました」

ウッズが振ったのは外角ギリギリから逃げてボールになるダークネスアローだった。

悔しがりながらベンチに戻るウッズとは対照的に岩井はドラゴンズの攻撃中はベンチで笑顔を見せていたが、

攻撃が終わると再び能面をつけたかのように無表情になりマウンドへ向かっていた。









マウンド上でボールに回転を掛けながらアナウンスを聞いている。プレイ前の投球練習は完全にうわの空状態だ。

「2回の表、ウイングスの攻撃は4番サード湊 背番号1」

高校時代に幾度となく死闘を繰り広げた湊との一年振りの勝負を岩井は心待ちにしていた。




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