第17話
暗雲今だ晴れず





都の投球練習が終了する。打席に立浪が入ると都は目を閉じて精神統一をした。

「大丈夫、立浪さんはあの人じゃない・・・」

都の左腕が震えていた。だが、それはマスクをつけた状態の今井や右方向を守っている選手には見えないしベンチからはその様子は窺い知る事は出来ない。

見えるとすれば湊ぐらいである。目を開いて今井のミットだけを見た。次の瞬間、都の身体が沈んだ。アンダースロー、俗にサブマリンと言われる投法だ。


シュッ!


ボールが地を這うように進む。手元近くに来てそれは外角に方向転換する。


ストライク、ワン


高速スライダーが立浪の空振りを誘った。スローカーブで1球外し、次のスクリューが立浪を再度空振りさせた。

「都さん、次もスクリューで行きます」

今井のサインに頷き、都の身体が沈む。放たれるボールはアウトコースへ進路を取った。

「またスクリュー?」

立浪はまんを持して振りに行く。だが、それは初球のスクリューではなく変化幅の小さい方のスクリューだった。

空振り三振〜〜。都、先頭の立浪を三振に仕留めました』

今度はウッズが打席に立つ。その初球に投げた球は132キロのストレートだった。

立浪のときと同じように地を這いながら進んだ。違うのはそこから、まるでボール自身が意思を持っているかのように勝手に変化したのだ。

それは羽鳥が投げたナックルとは畑が全く別にあった。

「星野さん、今のは?」

出番はないとコーチから告げられた不破はベンチに戻ってきていた。

「あれが都のウイニングショット“グライドスワロー”じゃ。簡単に言えばムービングファストボールじゃがのぅ」

笑い飛ばす星野を尻目に不破は自分の頭の中で知識の検索を始めていた。

「でもアンダースローはムービングファストよりジャイロボールを投げる人が多いんじゃないんですか?」

ロッテの渡辺俊介しかり、楽天の川尻哲郎しかり。アンダースローはジャイロボールを投げれる要素が多い。

それなのに都が投げるストレートはムービングファストなのだ。

「そこら辺は本人に聞いた方が早いのぉ。ワシは上から投げるし、若いモンの流行りは疎いんでの」

下手から繰り出される動くストレート、それがまるで地上スレスレの所を這って様々な場所で餌を獲るツバメのような事から

“グライドスワロー”(滑空する燕)の名前が付いたのだ。都はウッズをサードゴロに福留をセンターフライに抑えて戻ってくる。

「9回の表、ウイングスの攻撃は・・・2番センター亮太郎 背番号4」

先頭打者の亮太郎は神妙な面持ちで打席に向かう。それは今までにないシリアス顔だ。

「ハハッ!今更そんなツラしても遅せェっつの!」

相変わらず友光はど真ん中付近と四隅のコーナーに150キロ台後半のストレートを投げ込むだけだ。

しかし、亮太郎も猪狩世代の端くれ、5球目を何とかバットに当てる。その瞬間、バットは木っ端微塵に砕け散った。


バン!


グラブを地面に叩きつける音が聞こえる。自分の頭上に上がった打球を見て友光は己に腹を立てた。

「あんな非力野郎にミートされるとは・・・。例えまぐれでも許せん!

あろう事かグラブをしていない状態の右手で打球をキャッチした。亮太郎にとっては逆に屈辱だ。

森坂はあえなく空振り三振に終わる。いよいよ後がなくなった状況で湊に打順が周ってきた。

ウイングスの期待を一身に背負って打席に湊が入る頃には友光が地面に落としたグラブを拾い上げて再びはめていた。

「よう、太一。アイツには会えたのか?」

「お前、その話誰から・・・」

「誰に聞くまでもねェだろ。高校時代同じ釜の飯を食ったんだから」

友光はお前の行動はお見通しと言わんばかりの冷笑を湊に向けた。

「俺はなァ・・・昔から今もずっと思ってんだよ。お前のその真面目な態度が気に食わないってなァ!!

友光の左腕が唸りを上げて襲い掛かる。158キロを表示してインハイに決まる。

「どうした?当ててみろよ。いつも涼しげな顔しやがって・・・腹が立つんだよ!その自分は優等生ですって言う態度がなァ!!

再びインハイに158キロのストレートが決まった。さしもの湊も初めて見るスピードにツーナッシングと追い込まれる。

「へッ・・・いつものダンマリって訳か。別にいいぜェ答えなくても。こっちはこっちでお前が答えたくなる話をするだけだ」

今度もインハイだったが、微妙に外れた。普段の友光なら審判のジャッジに噛み付く所だが、今は湊に向かって一方的に話す事に興味があるらしい。

「お前、本当はオリックスに残るつもりだったろ。アイツが泣くからなァ」

その言葉に湊は敏感に反応する。

「あーいうの何て言うんだっけか?それにしても情けねェよな。昔の事をいつまでも女々しく引きずってるんだからよォ」

「それ以上喋るな。さもないと・・・」

初めて湊は友光に言葉を返した。

「さもないと何だ?どうなるか言ってみろよ、ゴラァ!

友光が投げたボールは四度インハイに迫る。しかも球速は・・・

ひゃ、161キロぉ!?

しかし、湊は友光のスピードにも球威にも負けなかった。意地でもバットにミートさせる。

「重い・・・。だが、これ位の事で負ける訳には!」

湊が心の中で叫ぶと打球は勢いが死んでいるものの、センター前に飛んだ。まさに湊の魂が乗り移ったかのように。

それを打った〜〜!オープン戦で記録にならないとは言え、湊が日本球界で初めて160キロのボールをヒットにしました』

一塁ベース上で湊が手袋を外す。その様子を守備固めとしてウッズに代わってファーストに入った渡辺が見ていた。

「こ、これは・・・」

湊の手袋が裂けている。いや、裂けている所の話じゃない。破れた箇所からは血が流れ、手首には強烈な痺れが残っていた。

これはもちろん、友光のボールを打った代償だ。だが、湊は破れた手袋を一塁のコーチに渡す。

一方の打たれた友光はと言うと、さしたるショックもない素振りを見せている。

「ちょっと言葉が過ぎちまったかァ?本気にするとは・・・思ってたな、そう言えば」

自嘲気味に笑って正面を見据える。打席には当たっていない斎藤に代わって意外性の男、真坂が入っていた。

「悪りィが今の俺様は気が立ってるんだ。お前には恨みはないが、湊に打たれた分はきっちり清算しておかねェとな!」

再び唸りを上げる剛速球が真坂を襲う。さしもの意外性バッターも手も足も出ない。

「そぉら、これで・・・ラストだよ!!

ど真ん中に投げたストレートは湊に投げたMAXよりも速い、162キロだった。真坂はあえなく三振に打ち取られた。

『最後は162キロの超剛速球!ゲームセット、試合は1−0でドラゴンズが勝利しました』

ファーストベースから三塁側ベンチに帰ろうとした湊とマウンドを降りて一塁側のベンチに戻ろうとした友光の視線が合った。

「華ァ持たせてやったよ。それにしてもアイツを泣かせるような真似をしてまであの寄せ集めに行く理由がお前にはあるのか?

波城も河内も不思議に思ってたぜ」

冷徹そのものの視線を投げかけるが湊はそれに答えようとしない。いや、答えを出す事が出来ない。

「結局、お前はアイツから逃げたかっただけだろ。そんな軟弱者に負けるつもりは一生ねェぜ」

一笑に付して友光はベンチに戻ってコーラを飲みつつ高笑いをしていた。帰ってきた湊を一同が迎える。

話は161キロのストレートを打った事で持ちきりだった。湊はみんなの質問を適当にあしらって帰り支度を始める。

「ちょっと来ぃーや、太一」

亮太郎に引っ張られるようにしてベンチを後にし、ロッカールームに連れて来られた。

「一体何のつもりだ?」

「何のつもりもあらへんがな。手ぇ見せてみい」

ハッとして慌てて手を隠した湊だったが、亮太郎が無理やり手を掴んだ。

「やっぱな・・・。ケガしとるやないか。都、救急箱あったか?」

試合終了と同時にロッカールームに入ってた都が救急箱を差し出す。

「どうぞ」

都は包帯を亮太郎に手渡すとそそくさとロッカールームを出て行った。

湊に対するその態度に物足りなさを感じながらも亮太郎は受け取った包帯を更に湊に渡した。

「ちゃんと処置しとかな。あんさんはウチのチームにとって大事な人なんやから」

そう言って後ろ向きで手を振りつつ亮太郎もロッカールームを後にする。すぐに人が来るから処置をするなら早くしろ、と言い残していた。









「戻って練習だな。やはり今年マークしないといけないのは中日のようだな」

スコアラーからスコア表を受け取った神下が言った。その言葉に進も頷く。

「岩井、君があの球を改良すると言うのならボクだって同じだ。プロで何年も同じウイニングショットが通じるわけがないからな」

他の偵察隊も球場を後にする。ほとんどのチームが中日は要注意と感じていた。

「コノ試合、ドウ思ウ?」

スタンドに外国人が観戦していた。両者とも偵察隊と同じように試合を観戦してたのだ。

「別ニドコデヤロウト私ノ野球ハ変ワラナイ」

話を振った方の外人はこの男の相変わらずの態度に溜め息を吐く。

「ダガ・・・」

「ダガ?」

「アノ友光トカ言ウ奴ハ私ト気ガ合イソウダ。特ニ野球ニ対スル執念ヲ感ジル点デナ」

無気味に笑いながらその外人二人組も球場を出るとどこかのバスに乗っていた。









その後もオープン戦をこなしていたウイングスだが、成績が芳しくなかった。

その理由は湊があの中日戦のラストで手首を痛めており、ちょくちょく試合を欠場していたからだ。

その証拠に湊が抜けた試合の勝率は見事に0割である。結局、最終的なオープン戦の順位は16チーム中15位だった。

そんなオープン戦が一段楽したある日、草薙球場で地元高校と練習試合を行っているウイングスの選手達を観戦するべく人が集まった。

その中に一人だけ場違いな格好をしている外国人がいた。




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