第18話
赤道を越えた青い目の忍者





「それにしても一流とは言わんけど、中の下くらいのは欲しいわな」

「こればかりは中途採用は無理じゃないのか?」

練習試合を始める前に亮太郎と湊が話しているのはウイングスの弱点とも言うべきショートのポジションだった。

龍堂が今日のスタメンを発表しようとした時、ベンチの真上のスペースから人がぶら下がりながら声を掛けた。

「ハイ、ちょっといいですか?」

ビックリして全員がその人物を見る。ベンチの真上にぶら下がるなんて思いもしない所から人が現れたら誰もが驚くだろう。

「・・・君、一般人はそんな所に登るものじゃないよ。ちょっと警備員さん呼んでくるからそこで待ってなさい」

理久津コーチが注意するとその人物は慌てたように反論した。

NOーッ!ポリスだけは勘弁して下サーイ。ミーは少し聞きたいコトがあってここにいます」

少しカタコトな口調からその人物が外国人だと分かった。

「聞きたい事だと?」

犬家コーチが龍堂の代わりに聞いた。だが、既に彼だけは何があってもいいように臨戦態勢だ。

「YES!ミーはウイングスってチームを探してマース。日本のベルトライン付近にあるって聞いたので球場をしらみ潰しに回ってる所デス」

「それって俺たちの事じゃ・・・」

選手の誰かがそう言った。それを聞いた外国人はパッと笑顔になり、ぶら下がった所から降りようと試みる。

「Oh、それではあなた達がウイングスの皆サンですネ?」

全員一致で頷く。まさか他にウイングスと言う名のチームがあるとは信じにくい。

「それじゃ挨拶したいのでここから降りマース」

あ、危ない!

言ったが遅かった。だが、彼は空中で二回転をして地面にぶつかる事無く見事に着地した。

「ミーはクロード・クリーブスと言いマス。年はナインティーン、オーストラリアはシドニーからやって来たピッチャーデス」

金髪碧眼で白色の肌は間違い無く外国人だ。ただ、着ている服は忍装束ではあったが・・・。それよりも気になるのは最後のセリフである。

ピ、ピッチャーだと!?オーナー代行はショートを獲得したんじゃないのか?

首脳陣は同時にそう思った。当の本人は何食わぬ顔で人畜無害な笑顔を見せている。

「ショート?それだったらミーもできマス」

今度は「えっ?」と言う表情を見せる首脳陣。クロードはあたりを見回してグラブを探す。

「そこの人、ちょっとそのグラブ貸して下サイ。すぐに返しマス」

そこにいた全員が更に驚いた。それは左利きの選手が使うグラブだったのだ。基本的に左利きのショートは大成しない。

それは現在のプロ16球団に一人も左利きのショートレギュラーがいない事から見ても明らかだった。

「百聞は一見にしかずネ。とにかくノックして下サイ」

仕方無しにグラウンドに出て理久津がノックを打つ。最初の打球は三遊間、ショートと言うよりはサードの湊が処理した方が無難な打球である。


バシッ!


右手にグラブがあるので三遊間の捕球力は逆シングルで捕球する右利きの選手よりはある。問題はここからだ。

右手で捕球する以上、ボールを一塁に投げるにはどうしても右に半回転するか右足で踏ん張った後、

ワンステップしてから送球するかのどちらかにしなければならない。

そうなると送球がどうしてもワンテンポ遅くなる。そこが左利きのショートが少ない理由かもしれない。

「えっ?」

また全員が驚いた。クロードはボールを捕球すると右に半回転して、何事もなかったかのようにボールを一塁に送球したのだ。

その一連の動作はそこら辺の右利きのショートよりも速かった。ベースに就いていた斎藤も例外ではなく、焦りの余りにボールをこぼしそうになる。

次に打球が飛んだのは二遊間だ。こちらは左利きの場合、逆シングルで捕球しなければならない。

クロードはこれも何の問題も無く逆シングルでキャッチすると手首を返して手元に引き寄せる、そして普通の野球での送球方法でファーストに送球した。

流れるようなプレーに一同が感嘆の声を漏らす。

「あのシングルキャッチで普通の野球選手と同じ・・・いや、それ以上のスピードで投げれるのなら左利きは大したハンデには・・・」

「むしろ三遊間に鋭い打球が飛んでもグラブが近いです。これは大きな武器ですよ」

龍堂や他のコーチ陣がヒソヒソと話している。その様子を見る事も無くクロードは勝手にマウンドに上がった。

「ミーはこっちが本職ネ。誰か打席に立って勝負して欲しいデス」

立候補がいなかったのでクロードは適当に指差した。その先にいたのは左打者の吉田と言うバッターだった。

「そうそう、ミーは実は去年のアテネオリンピックにショート兼任の投手としてオーストラリア代表で出てマス。

ミスター政明が監督さんに会ったらイの一番に言えって言われてたのすっかり忘れてましタ」

もう驚くのも疲れたのかほとんどの選手が反応しなかった。

「10代で代表選手?にわかには信じがたいな」

信じてないのは選手のほとんどだ。確かに目の前にいる忍者のコスプレしている外国人がオーストラリア代表とは思えない。

あの二度において日本を破ったオーストラリア代表には・・・。

「ム、聞き捨てなりませんネ。あの準決勝の試合を見てないんデスか?」

そのままモーションに入る。しかしクロードはここからは普通じゃない投げ方を見せた。

あーっ、思い出した!

「何をだ、亮太郎?」

いきなりの大声に湊は思わず聞き返してしまう。

「クロードって言えば、あの日本対オーストラリアの準決勝で日本を四安打に抑えて勝利投手になった奴や!

「そう言えばその時のアナウンサーがピッチャーの年齢が18歳って言っていた様な気が・・・」

ベンチにいた全員が視線はクロード一人に集中した。そして更に驚愕の世界へと叩き込まれる。

うわっ!

その投法に一番驚いた吉田は呆然と見逃すしかなかった。

「今のは?」

「忍で言う所の水平投げだ」

答えるのは小金井である。さすがは一人称が“拙者”な男はこう言ったものにも造詣が深い。大半が分からない状況にも改めての説明を加える。

「水平投げと言うのは右手に持った手裏剣を左腰から横に薙ぐようにして投げる方法。ただし、クロードが左利きなのだから左右の腰が違う。

この場合は右腰になるな。これを野球で生かすにはかなりの高等技術が必要になる。

・・・と言うよりあ奴の動作は遊撃の守備にせよ、今の投げ方にせよ既に野球選手より忍者の動きに近いな」

おもむろに立ち上がると小金井はバッターボックスに向かう。茫然自失の吉田を除けると自らが打席に立つ。

「忍の投げ方を野球に取り入れるとは感服いたす。拙者が吉田殿に成り代わり、一戦仕ろう」

彼の口調でクロードは小金井が何者かを察した。

「OK、ミーもジャパンのリアルラストサムライと勝負したいネ。ユーのバッティングフォームは打ってつけデース」

忍者と侍の妙な1球勝負が始まった。クロードがセットポジションに構える。

・・・と言ってもグラブをはめている右手は心臓あたりをガードし、ボールを持っている左手は右腰の典型的な暗殺者の構えと言う奇妙この上ないセットだ。

一方の小金井も投げる前から一本足に入っている。後は投げるタイミングだ。

クロードの左腕が動く。右腰から左腰へと一気に左手が薙ぐようにして移動した。

腕から放たれるボールは一塁側ベンチに何の疑いもなく飛んで行く。しかし、ここから半円を描き始める。

それは投げたブーメランが戻って来るまでに描く軌道にソックリだった。普通なら変化の大きいスライダーだろうが、このクロードのは違う。

投げ方からして根本的に違うのだ。投げる腕が右から左へ動くと言う事は右投手の腕の移動と同じである。

実際に水平投げを試してみると分かるが、勢いによって左腕は更に左方向へと引っ張られる。

その勢いでボールを持って投げるとどうなるか?ほとんどがシュートの軌道を描く。

それはナチュラルにシュート回転が掛かると言う話の比ではない。大半のボールがシュートボールと化すと言う事に他ならない。

故にこの変化球は傍目には左ピッチャーのスライダーに見えても明らかに右ピッチャーのシュート並の威力と変化を持っている。

「いかがデス?ミーのブーメランスライダーは。並みの打者なら遠目に追う事しか出来ない変化球ネ。これでジャパンを四安打に抑えました」

内角に食い込んだブーメランスライダーに小金井は全く対応できなかった。

それを得意気に披露したクロード、勝負が終わる頃には首脳陣の裁定も終わっていた。

「ショート兼任で使えるのが魅力だ。これでショートの穴は埋まったな」

クロードを呼ぶとそう告げた。しかし、クロード本人が

「ショートがいないなら仕方ないデス。でも、ミーの本職はあくまでもピッチャーネ。時々はミーをピッチャーで使って下サイ」

と言ったので首脳陣も全試合でショートがいないより15試合くらいショートがいない方がマシなので承知した。

直後の練習試合でクロードはいきなり1番ショートで起用されていた。

それを観戦していたファンが「一人だけユニフォームではなく、忍者装束だったのが一際浮いていた」と言う感想を残していた。









試合終了後、早速クロードはロッカールームで質問攻めに遭っていた。一通りの自己紹介の後、ほとんどの選手がクロードに質問を浴びせる。


―――随分と日本語が流暢だね

ニンジャは言葉が全く違う土地に言っても3日あれば合わせる事が出来るネ。ミーも憧れの地、ジャパンに行く為に勉強しましタ。

―――何でそんな忍者みたいな格好しているんだ?

えっ?当然ニンジャが好きだからネ。ミーの憧れ、ニンジャで有名なフーマの里は静岡に近いはずデス。

それにジャパンにはバカトノ、サムライにヤマトナデシコもいると聞きマス。


全員から忍者なんてもういないと突っ込まれるも「皆サンの前に姿を見せてないだけデース」と言って頑なに否定するクロード。

そんな折、葉山が不破と石丸、池田を引き連れてロッカールームに現れた。

「おチビちゃんが忘れ物したって言うから取りに来たんだけど・・・この騒ぎは何?」

葉山の視線は当然のように外国人のクロードに注がれた。一方のクロードも突然やって来た葉山の方を凝視する。そして、

「こ、コレは・・・」

様子がちょっとおかしい。どうもクロードは少し動揺しているようだ。

コノ人は誰ですかーー!?

そう言うといきなり亮太郎の胸倉を掴んだ。

「誰って・・・。ウチのピッチャーの一人で葉山祐希ちゃんやけど・・・」

説明を聞くと掴んでいた胸をあっさり離す。そのまま葉山の元に駆け寄るといきなり片膝をついた。

物語とかでよくある王子様がお姫様に求婚する時の体勢だ。

「ミーはクロード・クリーブスと言いマス。ジャパンにはニンジャを探しに来ました」

来日目的が最初に聞いたのと違うと突っ込む野手のメンバー。不破は外国人と言うだけで右往左往している。

池田は「カトルだ!ウッソだ!」とか訳の分からない事を叫んでいる。

その二人をうるさく思った葉山は振り返るとクロードの視界に入らないように死角から不破と池田に左右のストレートをお見舞いした。

その間にもクロードは一人勝手に話を続けている。

「ミーはニンジャを見つけずに何とヤマトナデシコを見つけてしまいました。ユーはミーの考えていたヤマトナデシコそのものデース」

本人、かなり本気なのか真顔で言っている。先程の練習試合でもこんな真剣な表情は見せていない。

「この馴れ馴れしい外人は誰?」

練習試合に登板予定のなかったピッチャーは室内練習場で別メニューを取っていた。

つまり、クロードの存在は知らない。だからこそあんな態度を取ったのだ。

無念にも玉砕したクロードはショックの余り石化状態になっていた。取り合えず亮太郎が回収して宿泊先のホテルに持って帰った。









話は飛んで開幕前日


「では明日のオーダーを発表する」

龍堂が選手全員を集めた。遠巻きに報道陣も陣取っている。

「1番ショート クロード、2番センター 亮太郎、3番セカンド 森坂」

「OK、任せるネ」

クロードが大きな声で返事する。ここら辺は機動力を重視した構成になっている。

「4番サード 湊、5番ファースト 斎藤、6番ライト 小金井」

「分かりました」

返事したのは湊だった。この3人は打撃力を買われている。前の三人が出て彼らが返すのが基本的な戦略だ。

「7番キャッチャー 今井、8番レフト 神野、9番指名打者 真坂」

ハヤテには守備の不安があるので神野が起用された。指名打者には真坂、意外性の男が意外な起用をされた。

「最後に開幕戦の先発投手だが・・・」

息を呑む報道陣。ベテランで選手会長の星野か、新人の空閑か。どちらか分からない状態だったのが解消されるのなら息を呑むのも無理はない。

「ウイングス船出の一戦、マウンドはお前に任せたぞ!山崎

・・・は?

報道陣の口はほとんどがポカン状態だ。頭上には?マークすら浮かんでいる記者もいる。

「山崎ってあの山崎征四郎の事か?去年横浜をクビになった後、他球団の入団テストもせずに消息が途絶えたって言う・・・」

「多分、そうじゃないんスかねぇ・・・」

ざわつく報道陣の中に一人だけ当然と言う雰囲気の顔があった。それはパワスポ東海のウイングスの番記者に任命された深部だった。

「真っ白な球団が最初に選んだ投手は復活に燃える男・・・か」

その後、最後の練習をして一行は神戸に向かった。









その頃の神戸


「なるほど、この場面ではこう言う配球をするのか」

ある選手がテレビをかじり付くように見ていた。テレビに映っているのはウイングスとドラゴンズのオープン戦の映像である。

「金城さん、金城さーん」

「ぬぅーや?」

金城と呼ばれた男が振り返る。

「監督が呼んでました。何でも明日の開幕戦についての最終的な打ち合わせだそうです」

「分かった。研究の途中だが監督が呼んでいるなら行くしかないな」

リモコンの一時停止を押して金城は立ち上がった。

そして翌日、ウイングスとオリックスの開幕戦の火ぶたが切って落とされた。




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