11月のドラフト会議に僕の名前は呼ばれなかった。僕は地元、北海道代表として道勢甲子園初優勝を達成したエースピッチャーだった。
でも、指名されなかった理由ははっきりしていた・・・。
身長が低い
それだけの事だった。いくらなんでも156cmではプロとして通用しないと思われたのだろう。
「本当に野球を諦めるつもりなのか?」
「しょうがないよ。大学や社会人でも通用しなさそうな体格なんだし・・・」
僕は高校の室内練習場でキャッチボールをしていた。相手のアレクセイはシーズンを2位で終わったのにも関わらず、新たに導入された
プレーオフ制度の恩恵を受けて、日本シリーズに進出したライオンズにドラフト7位指名されていた。
「じゃあ、これからどうするんだ?」
彼が返すボールを胸で受けながら僕は即答する。
「ここの学校、エスカレーター式だから大学で農業の勉強しようと思う。親父の農園も継ぎたいし」
「そうか・・・」
彼はそう言ったきり黙りこんでしまった。
「アレクセイはライオンズに行っても頑張れよ。応援してるからさ」
ボールがグラブに収まる小気味いい音だけがその場を支配していた。
翌日、僕宛に手紙が来ていた。差出人に見覚えは無い。
『不破大助様へ。今回のドラフトでは惜しくも指名されなかった様子。もし将来が決まらない状態であり、それでいて野球を続けたいのであれば
明後日の午前11時から極秘トライアウトを実施いたしますので静岡は草薙球場まで来られたし。なお旅費と宿泊費等は全て我が方でお引き受けいたします。
差出人 オージーグループ野球部門総括部長 那珂慎司』
オージーグループと言えば、8月に球団創設を謳い、10月末にプロ野球界に「静岡オージーウイングス」として新規参入を果たした球団の親会社の総称だ。
今回のドラフトでも自由獲得枠を含めて12名の選手を指名した球団だと言うのを覚えている。
「ひょっとしてこれはプロになれる最後のチャンスかもしれない」
そんな気持ちがふつふつと湧いてきた。こんな身長だけどもプロになれる・・・。
両親に事情を告げ、「これがダメなら大学行って卒業後は実家を継ぐ」と約束して許可を貰った。
一縷の可能性に掛けて、僕は北海道から遠路、静岡へと向かった。
静岡草薙球場
極秘トライアウトと言うだけあって、球場には報道陣が一人も見当たらなかった。その代わり、参加者が60人弱もいた。
「すっげぇ・・・。これ全員がトライアウト参加者かぁ・・・」
思わず感嘆の声を出してしまう。
「よっ!大助久し振り。甲子園以来か?」
いきなり声を掛けてきたのは森坂海斗だった。
「森坂って指名されてなかったの?」
「ああ。どっかの誰かさんに一回戦で負けてなければ指名されていたさ」
そのどっかの誰かさんとは僕の事だ。僕の母校と彼の母校である太宰府水城高校は夏の甲子園一回戦で対戦し、3−1で僕が勝利していた。
「九州ナンバー1スラッガーの俺がお前に3三振だもん。評価なんてガタ落ちみたいだったし」
なのに僕は勝って優勝までしたのに指名もされてない・・・。
「気にするなって。それより、凄そうな奴がいたぜ?」
そう言って彼はめぼしい選手を何人か挙げた。視界に入った奴は全て指を差してまで教えてくれた。
「それと・・・あれ」
彼の指がある選手の前で止まった。よくみれば見た事のあるユニフォームと帽子である。
「あのノーマルブルーと縦じまは・・・ベイスターズ?」
紛れもなくそれは横浜ベイスターズのユニフォームと帽子だった。
「ミーハーファンか、元プロかは知らないが・・・元プロだったら結構厄介だな」
そうこうするうちにグラウンドにスーツを着た、見た目30代後半の男性がやってきた。
『皆様、此度は遠路はるばるお越し下さり誠に有難うございます。私が那珂慎司と申します。
テストは50メートル走、遠投、ノック、総合テストの順で審査するつもりです』
どうやらテストの説明をしているようだ。内容もシンプルで特に基準が無いと言う事だった。
『始める前に審査を致します方々の紹介をしたいと思います』
そう言ってグラウンドにユニフォーム姿の4人が現れた。
『右側の方からウイングス監督の龍堂友影さん、投手コーチの犬家一さん、打撃コーチの理久津好夫さん、守備走塁コーチの山之手線一さん、
バッテリーコーチの天尾与円さん、最後がオーナー代行の門川政明様です』
5人の監督・コーチが順に挨拶をしていた。締めくくりの挨拶としてオーナー代行の高校生、政明がスピーカーを持った。
「え〜、俺がオーナー代行の門川政明です。ここにいる方々は野球に関しては切羽詰った立場にいる方達だと見受けられます。
俺はそんな奴等が必死こいて頑張る姿を見るのがとても・・・大好きです!」
・・・それは挨拶なのか?どう聞いてもケンカを売ってるセリフにしか聞こえない。
「・・・という冗談は置いといて。それでは頑張って下さい」
ようやく挨拶が終わって最初の50メートル走が始まろうとしていた。
「お前って走るのあんまり得意じゃなかったよな?」
「平均より少し遅いくらいだよ」
僕の肩を叩く森坂はテストの順番がどうも最初の方らしい。
「よし、ここからが勝負・・・」
「あれ?君ってどこかで見た事あるよ?」
出番を待っていたらいきなり隣の人が話し掛けてきた。
「いや〜、甲子園を見てて憧れてたよ。あんな小さい身体で優勝しちゃうんだもん」
「小さくて悪かったね」
「そんな深い意味で言ったんじゃないんだけど・・・。まぁ、いいか。僕の名前は荻原ハヤテ。愛知は豊織商業高校の出身さ」
順番が来たのでスタートラインに並ぶ。もちろん、ハヤテとか言う奴も隣に並んでいる。
よーい・・・スタート!
号砲一発、合図が切られた。
「速っ!」
隣にいたはずのハヤテはスタートダッシュを決めて僕を置き去りにしていた。50メートルをあっという間に駆け抜け、
余裕綽々でゴールしたハヤテのタイムは・・・
「5、5秒5〜〜?」
計ってた人が驚いている。確かに5秒5は野球選手では有り得ない数字。むしろ、陸上競技をやった方が大成しそうな速さだ。
「遅かったね」
ハヤテが僕の方に駆け寄ってくる。因みに僕のタイムは8秒4だ。
「何かマラソン大会で『一緒に走ろうぜ』って言ってたのに、最初から全力疾走して飛び出されて裏切られた奴の気分だよ・・・」
スタンド
「やはり、これだけいると掘り出し物も中にはいるな」
「ですね。特にあのゼッケン51番は鍛えれば往年の福本にもなれますよ」
「山之手守備走塁コーチ、それは過大評価のし過ぎでは?」
監督の龍堂、コーチ陣である山之手と理久津がヒソヒソ話をしていた。その一方でオーナー代行とその妹も話をしていた。
「で、薫はどう思う訳?」
「何がですか?」
兄に話を振られて、とぼけた振りをする薫。
「50メートル走だけ見て良い選手がいたかと聞いているんだ」
「私は監督さん達の様に専門家ではないので断言はしません。ただ・・・」
「ただ?」
「あのゼッケン18番、ハムスターみたいに小動物っぽくて可愛いですね」
そいつは多分、お前より僅かに年上だよ。と言いたい気分の政明だった。