第21話
青波のニライカナイ





「カーブが・・・遅い!」

変化の軌道から湊はさっきと同じカーブを予想した。しかし、石田が投げたのはカーブはカーブでも速度の遅いスローカーブだった。


キンッ!


体勢を崩しながらもバットに当たった打球はサード方向に高く跳ね上がる。塩谷がジャンプして捕球し送球しようと試みたが、湊は既に一塁に駆け込んでいた。

「心配ない。後の連中を打ち取れば良いだけさ」

金城のその言葉の通りに続く斎藤と今井を打ち取り、打席には亮太郎が入る。

「太一と同じようにワイにも琉球語のささやきは通じんさかいな」

「ハイハイ。そう言う事は打撃が一流になってから言って欲しいものだね」

金城のサインに頷く石田。初球はインコース低めにボールになるスライダーだ。亮太郎はこれを見送る。

「流石に際どい所は自分もリスクがデカいから振らないか・・・」

それならばと真ん中高めに直球を放らせる。振りに行った亮太郎だったが、バットが空を切った。

3球目はアウトコースギリギリにシュートを入れる。判定はストライクでこれで2−1と追い込まれる。

「ラストはスローカーブだ」

石田がスローカーブを投げる。

サイドから繰り出した本来主体となるカーブと同じ軌道でスピードだけを緩めた変化球がアウトコースから真ん中低目へと移動する。

これや!あんまり速い球やとどうにもならんが、これやったら打てるわ」

待っていたかのように亮太郎がスイングする。ミートされたボールはセンターに向かって飛ぶ。

「佳知くん、もっとバックさぁに」

定位置で守っているはずの谷は前進していた。いや、谷のみならず村松や大西まで前進守備を取っている。

それは亮太郎の打撃が弱く、あまり前に飛ばせない事を見越しての判断だったが、それが完全に裏目に出た。

本来の守備位置なら少し移動するだけで取れる打球が走らないと追いつけない打球になっていた。

金城も相手打者へのささやきにしか使わない琉球語で思わず叫ぶ。

「谷先輩、早くホームに!」

石田も本塁へのベースカバーに走りつつ、返球を待つ。湊は今まさに三塁を蹴ろうとしていた。ボールは谷から中継の塩崎に渡っている。

『湊は三塁を蹴っただけでストップ!まずはウイングスが先制のチャンスを得ました』

しかし、オリックスは次の真坂を抑えて事なきを得た。









「4番キャッチャー、エーンキンジョー ナンバートゥエンティセブーン」

2回の表、金城の名がコールされる。背番号は3年前まで猪狩進が付けていた27番。

彼がカイザースに移籍してからはイチローの51番と同じく準永久欠番扱いとなっていたが、

近鉄でも同じ27番だった金城が球団合併で移籍した事で復活していた。

「山崎さん、ここが大事です。このバッターを抑えられるかどうかでこの試合が決まります」

「分かっているさ」

山崎が軽く返す。それを見ながら金城は構えを取る。

『もう、近鉄ファンならずとも野球ファンなら誰もが知っている中日監督は落合博満を模した神主打法です』

バットをダラリと下げ、一見打撃を放棄した構え。昔で言うなら柳生家の無行の構えに似ている。

山崎が投げた初球のストレートを余裕で見送る。判定はストライクだったが、彼にとっては問題ない。一球あればホームランにする自信はあった。

その証拠を見せてやるといわんばかりに次のシュートを打ちに行き、レフトスタンドまで飛ばす。

打球自体はファールだったが、相手に印象付けるには十分だった。

「今井、もう一球シュート行くぞ」

「しかし打たれてますよ?ここはボールで様子を見た方が・・・」

委細構わず山崎は振りかぶる。まるで確実に抑える自信が有るかのように・・・。

「同じシュート?病み上がりと猪狩世代の俺を一緒にするなーさね」

だが、先ほどのシュートとはスピードもキレ、威力ともにも段違いだった。

さっきと同じタイミングで振っていったバットはより差し込まれた状態で打たされた。


バキッ!


バットは真っ二つに折れ、先の方がショートへと転がる。肝心の打球はピッチャーの目の前にあり、山崎がそれを軽く処理した。

「まさか二つもシュートを持ってるとはな。これは少し時間が掛かりそうさぁ」

呟きながらベンチに引き上げる金城。試合は4回、先頭バッターのクロードが凡退するが、小金井が鋭い打球を左中間に飛ばしてツーベースを放った。

チャンスで湊に回るがその前にオリックスの内野陣がマウンドに集まる。

「一塁空いているけどどうする?敬遠か、それとも勝負か」

「下手に投げると湊に痛打されるからな。ここは斎藤の方がいいんじゃねぇの?」

石田と同じブルーウェーブ派である塩崎と平野が敬遠を主張すれば、金城と同じバッファローズ派の北川が勝負を主張する。

「逃げてもダメだろ。まだ回も浅いし、打たれても俺達で取り返すさ」

本音を言えば金城は勝負したくなかった。しかし、近鉄出身の北川が勝負を主張した為にそちらを選ぶ事に決めた。

『金城座りました。どうやら勝負のようです』

相変わらずライトスタンドからはブーイングだ。今回はバックネットからも罵声が聞こえる。

「これが俺と師匠、彼女が愛した球団か・・・。去年からしてみれば変わったな」

湊は溜め息を吐く。自身もオリックスファンであっただけにファンから罵声を浴びせられることに関しては複雑な心境だった。

「あれほど北嶋とお前に残れと言ったじゃないか。お前らと俺の3人でオリックスを救うと言う気持ちは無かったのか?」

金城も湊がオリックスを離れた理由を知らない。第一、その理由は湊が誰にも語ってない。

同じ高校に通っていた河内や波城、碧海や友光はもちろんの事、恩師にも相談すらしていなかった。

「オリックスは救いたい気持ちは・・・他の誰よりもあったさ。他の誰よりもな・・・」

溜め息と同時に放たれたボールを的確に捉える。


カキーン!


快音を残した湊の打球はレフトスタンドに伸びて行く。入ると思われた打球は失速したが、フェンスに直撃した。

2塁と3塁と中間にいた小金井が本塁へと突き進む。

「有人さん、バックホーム!」

既にクロードが3塁を蹴る。村松から平野と中継されたボールは金城に渡る。

小金井が目の前に迫り、アウトかセーフかは微妙な所だ。だが、滑り込んできた小金井を金城は跳ね飛ばした。

『体当たりを敢行した小金井を逆に弾き飛ばしました。流石は“青波のニライカナイ”と呼ばれる金城、ホームベースに立つ守り神!』

判定は当然のごとくアウトだった。金城は小金井に視線を移さずに急いでサードに送球する。

クロスプレーの間に湊がセカンドからサードを伺おうとしていたからだ。それを見て湊がセカンドへ戻る。結局この回も点は入らなかった。









そのまま試合は膠着状態に陥り、迎えた6回に動き出す。

この回の先頭はクロードだ。フォアボールで歩くと龍堂が3球目にスチールのサインを出す。

金城もそれを察知して石田をクイックで投げさせたが間に合わずセーフになった。2−2で龍堂は小金井に驚きの指示を出す。

「スリーバントか・・・。無茶を言ってくれる」

しかし、そんな素振りを見せずに一度大きくスイングする。それを見て金城が何か勘付いた。

「おかしいな。小金井はこんなに大振りするバッターじゃない。鋭く振りぬくバッターが大きなスイングをすると言う事は・・・」

石田がボールを投げ、それと同時に小金井がバントの構えを見せる。それを見て金城はしてやったりの顔を見せた。

「狙い通りのスリーバント、これなら三振ゲッツーだ」

『何と金城読んでました。しかも完全なボールコースに外へ逃げるシュートを投げさせました』

小金井が必死にバットを出すが当たらずに三振、金城はすぐさまサードに送球するもこればかりはクロードの方が速かった。

「チッ!結果的には送りバントで一死三塁か」

毒づきながら湊の方を見た。タイムを取り再びマウンドに内野陣が集結する。今度は仰木監督自らマウンドに来ていた。

「今日の山崎の調子を考えても一点勝負だ。ここは敬遠するしかない」

仰木監督は石田と金城に言って、二人も納得する。合併球団への非難を打ち消すには勝ち続ける事が一番である事を全員が知っていた。

『今度は湊を敬遠します。何だかんだ言って今日二安打ですから敬遠は当然と言えます』

湊は一度もバットを振れずにファーストへ歩いた。次バッターの斎藤は今日はノーヒット、この時点で誰もが湊敬遠、斎藤勝負を選んだだろう。

ガッハッハ、ここで千両役者の登場じゃい!打って今日のヒーローは俺のもんだ」

3,4本のバットを一纏めにし、それでスイングする。終わると後方へ放り投げる様は豪快以外に当たる言葉を思い浮かばせないようだった。

「石田、初球はスローカーブで入るぞ」

こくりと頷いて石田がスローカーブを投げる。斎藤はそれをフルスイングするがバットには全く掠らず空振り、おまけに尻餅までつく有り様だ。

「失敗、失敗!っと、次は当てるぜ」

また大きく素振りをする。明らかに一発しか狙っていないスイングだ。

「ストレートなら少々のボール球でも手を出してくるな。次はアウトコースにボール球を投げろ」

だが、次の瞬間誰もが我が目を疑った。湊がセカンドに向かって走り出す。続いてクロードもまたホームを狙う。

ダブルスチールか!

俗に重盗と呼ばれるプレーだ。本来はランナーが一塁二塁の時に多く使われるが、龍堂はここを勝負と見て無謀にも仕掛けてきた。

金城はセカンドに向かう湊を見るあまり、斎藤のバットに気付いていなかった。

スチールじゃない!ウイングスが仕掛けたのはスクイズだ〜〜

斎藤は強打者だ。5番打者と言う湊の後を打つバッターであり、豪快さが示す通りにホームランか三振かのパワーヒッタータイプ。

その斎藤がスクイズである。しかもボールとは言えストレート、スクイズにはもってこいの球だ。ボールはコロコロと転がる。ただし、ピッチャーの前に・・・

「ミスター斎藤にスクイズなんか無謀にも程があるネ。でもミーが何とかホーム踏まないと・・・」

石田が拾った打球をグラブトスでホームに送球する。4回の時と同じようなクロスプレーだ。

ヘッドスライディングで滑り込もうとするクロードに青波ホームベースの守り神、金城が立ちはだかる。

これでタッチアウトだ!

金城はグラブでタッチを狙いに行く。クロードはタッチ目前で左手を地面に接触させる。

そして、そのまま手首を右回転させると回転が手首、肘、肩を通して全身に伝わる。

金城の左手に持っていたキャッチャーミットを真横に回転しながら躱すと足でホームベースに触った。


セーフ!


球審の両手が水平に開く。先制点が入り盛り上がるレフトスタンド、逆に溜め息が漏れるライトスタンドだが内野陣は信じられないと言った表情を見せた。

んなのありかよ!真横に回転してキャッチャー避けるだなんて・・・。そんな話聞いた事ねぇ!

塩崎がグラブを叩き付けて悔しがれば、北川や平野も得体の知れないものを見たような顔になる。

金城は目の前に起こった出来事が何だったのか理解出来ずにいた。

金城さん、ボールを早くサードに!

湊が来ている、俺によこせ!

石田と塩崎が言ったのはほぼ同時だ。呆然とする金城らを尻目に湊がサードに走っていた。

金城が慌てて送球するも微妙に逸れ、三塁も鈍足の斎藤が駆け抜けた一塁もセーフになってしまった。

続く今井がライトへきっちり犠牲フライを打ち、追加点を挙げた。ウイングスは1点勝負の試合で2点を先制する事が出来た。

その裏、オリックスは金城からだったが、あえなく三者凡退に沈んだ。試合は2−0とウイングスリードで進む。

未だマウンドには完全復活を目指す山崎が立っていた。




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