第22話
勝利へのRide on!





7回表からオリックスは石田に代えて歌藤をマウンドに上げた。石田の球数が70を超えていた事もあるが、これ以上の失点を防ぐ為に歌藤を登板させた。

その7回こそ3人で片付けた歌藤は8回を二死ランナー無しで湊を迎える。

場内のブーイングエリアはレフトスタンド以外が全てやっていると言う所まで広がっていた。浴びせられている湊本人は気にする様子もなくなっていた。

初球のスライダーを見逃すと次のカーブを引っ張るが、これは惜しくもファール。

一球外して1−2のバッティングカウントにバッテリーがすると四球目に選んだボールはインローへの重いストレートだ。

ホームランが出にくいコースはインローである。バッターから見て一番バットに当たり難いコースだから当然と言えよう。

しかし、当たれば飛んでいくのもまたインローであった。

打ったぁ〜〜!会心の当たりはライトスタンドに一直線だ〜〜

打たれた歌藤も、リードした金城も瞬間的にホームランだと悟った。

打った湊は打球が敵のファンで埋め尽くされたライトスタンドに突き刺さるのを見届けてからダイヤモンドを歩き始める。

文字通り、観客が黙り込む。これは止めの一発になりうる可能性が大きかったからだ。

「これで・・・良いよな?俺は間違ってないよな・・・」

誰に問う訳でもなく湊は呟くと一周し、ベンチに戻る。ベンチでは全員がハイタッチを求め、湊もそれに応じた。

「あそこまで飛ばす力があるとはな。伊達に“エリートヒッター”は名乗ってないな」

金城は歌藤に大丈夫だとOKサインを出して安心させると不適に笑っていた。

「最後に勝つのは俺らオリックスさぁ」

後続を断ったオリックスはその裏の攻撃が始まる前に円陣を組んだ。

「いいか!3点差になった以上、先頭バッターが出ないと不利になる。塩崎、お前が要だぞ」

ゲキを飛ばされて塩崎が打席に向かう。この回に必ず打席が回ってくる金城が自分のバットを取ろうとすると仰木監督が言った。

「塩崎が出るのが勝利への必須条件だが、出た時は・・・分かってるな?」

「ハイ、やーなぐるだけですよ」

マウンド上の山崎は緊張した表情になっていた。後6人アウトにするだけで復帰戦を完封で飾る事が出来るのだから無理はない。

今井のサインに頷いて高速シュートを投げたが、塩崎はそれを待っていたかのようにミートする。

打球はライトに飛んで行き、小金井の頭上を越えるツーベースになった。

チーム初の長打に期待が膨らむライトスタンドだったが、谷があえなくレフトの浅いフライに倒れる。

『さぁ、ここでオリックスは最も期待できる男。青波のニライカナイ金城』

コールとともに打席に立つ金城。それを見たウイングスベンチには一つの不安があった。

「犬家コーチ、山崎の球数は?」

「次で83球目です」

多い、と龍堂は思った。すぐさまタイムをかけるとマウンドに行く。

「どうだ山崎、復帰戦には十分すぎる程の好投だ。後は中継陣に任せてみないか?」

山崎は首を横に振った。今井がやりとりを心配そうに見ているが山崎は構わず言葉を続ける。

「自分にとっては納得出来ません。相手チームの中で一番強い打者を目の前にして逃げる訳には行きません」

「逃げではない。勝つための最良の方法だ」

説得を試みる龍堂だが、山崎が頑として聞き入れない。

「俺は開幕投手です。任されたオープニングゲームで逃げるつもりはありません」

打たれても良いから続投、そして勝負を。山崎の目がそう言っている事に気付いた龍堂はマウンドから審判を経由せずにベンチに戻った。

「山崎の奴、何て言いましたか?」

尋ねた犬家コーチに龍堂は一言だけ答えた。

「復帰戦を戦線離脱の日にしたいとさ」

龍堂は山崎の右腕が本調子じゃない事を知っている。あれだけの大怪我をして完全に元に戻る事なんて不可能に近い、いや不可能だ。

だからこそトレーナーと相談して山崎の限界球数を決めていた。その限界球数まで17球と迫っている。

「本来なら無理をさせたくはないんだがなぁ・・・」

山崎にある程度仕える目処が立てばローテーションを星野が軸になり山崎・空閑・葉山と回す事ができ、クロードや石丸を谷間に先発させる事も可能だ。

それが分かってるからここは交代を告げるべきだったと試合後にコメントしている。

「負けられない・・・。この金城を打ち取れば勝ちは確実だ」

仰木さんに期待に応えるためにもここは絶対打つしかない!

それぞれの思惑が交錯する。初球のシュートを金城のバットが捉える。

だが、三塁線の左に逸れてファール。二球目もシュートだったがこれもファール。バッテリーは追い込んでから高めに外して様子を見る。

「山崎さん、ここは高めに高速シュートと行きましょう。あの神主打法なら低めを掬われて持って行かれる可能性があります。高めの方が安全です」

山崎が頷いて内角高めに高速シュートを投げ込む。

打たせるものか、渾身のシュートを!

絶対打つ、俺はオリックスを背負っているんだ!


カキーン!!


打球は高く舞い上がった。緩やかな放物線を描きながらレフトへと向かっている。

「はいでぇ・・・はいでぇ〜〜!!

バッターボックスで金城が琉球語丸出しで絶叫すれば山崎も入るなと念じる。

入るか入るか、入った〜〜ホームラン、ホームランです。ついに主砲に一発が飛び出した〜〜

金城は右手を天高く突き上げてガッツポーズを一塁側ベンチとライトスタンドに見せた。

しかし、個人の勝負には勝ったかも知れないが致命的な事を同時にしていた。そう、ランナーを自分ごと迎え入れてしまったのだ。

8回裏の攻撃開始時点で点差は3点、今入って得点は2点、見事に1点足りない。

山崎は打たれたから交代だと思ってベンチを見たが、龍堂は再びベンチを出る様子はない。ブルペンの方を見ても投球練習を行っているのは都だけだ。

「任せている以上、本人が納得するまで投手は代えない」

それが龍堂の考えた結論だった。山崎は北川と塩谷を抑えるが疲労が色濃く、とても完投出来る様子には見えない。

「どうだ、9回は都に代わってもらうか?」

皮肉っぽく龍堂が言うと山崎も皮肉で返す。

「もう無理みたいですから代えて下さいよ、犬家コーチに」

誰かが笑ったのをきっかけにベンチにいた全員に笑みがこぼれた。

「よし、じゃあ9回もしっかり抑えて来い。野手は打たれた時のフォローを頼むぞ」

威勢良く飛び出したウイングスの選手達、逆に最終回の攻撃は下位打線と言うオリックスはどこかしら沈んでいるように見えた。

山本さん!

センターに上がった打球がゆっくりと落ちてくる。腕をくるくる回しながら亮太郎が落下点に移動しボールをキャッチする。

試合終了〜〜。初戦を見事に飾ったのはウイングス!3−2で新生オリックスを振り切りました』

ヒーローインタビューは2年ぶりの白星を開幕戦で飾った山崎と8回に放ったソロホームランを含めた3安打の猛打賞を記録した湊が選ばれた。

カメラのフラッシュの中で喝采を浴びる山崎の目にはうっすらと何かが流れていた。

「俺はこの場所にまた戻ってくる事が出来た」

今はそれだけで十分だった山崎、一方の湊は六甲山の方向を見ている。

「忘れる訳無い、あの時の事を・・・。だから、もう少しだけ待っていてくれ」

記者の質問で現実に引き戻されるとそれに答えていた。









その頃、千葉マリンスタジアム


また行った〜〜。これも文句なしのホームランだ!猛牛最後にして楽天最初の4番打者北嶋、清水直から三打席連続ホームランを放ちました。

これで都合7打点を稼ぎました』

しかし打った北嶋は少しも喜んでいない。それもそのはず、楽天は7−0で圧勝に向けてまっしぐらなのだ。

「北嶋さん、神戸じゃウイングスが3−2で勝ったらしいですよ」

携帯ラジオを聞いていた柴田の言葉に興味なさ気に答える。

「次の三連戦で蹴散らしてやるよ」

一塁側のロッテベンチにもその情報は伝わっていた。

「湊選手が大活躍だったみたいですね」

「そのようだ。こっちも新規参入球団に負ける訳には行かないしね」

会話をしていた二人にバレンタインから声が掛かる。

「コレ以上北嶋一人に打たれル訳には行かなイ。次に奴に回って来たら交代させルから準備をしてオケ」

二人は頷くとブルペンへと走って行った。









「ウイングスが勝ったって神戸のスコアラーから情報が来ました」

対戦相手の松坂の好投を見ながらベンチに伝わった情報に驚く一同。

「へぇ・・・。俺達と違ってイチから始めた球団にしちゃあやるじゃん」

「まぁ、相手も最下位と5位が合併して出来たオリックスだし」

新月の夜を思わせる黒いユニフォームを着た彼らが笑う。

「じゃあ俺達も松坂を打ち崩して初勝利と行こうじゃん?」

その後、彼ら四国サザンクローサーは本当に7回まで無失点13奪三振だった松坂をノックアウトさせてしまった。

この試合の六日後にセリーグも開幕する。だが、この時誰も気付いていなかった。経営不振により一つの球団が消滅の危機に瀕している事に・・・。




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