第25話
強風吹き荒れる千葉マリン





その日千葉マリンは風が吹いていた。だが、心地よい風とか言える範囲ではない。海から吹き付ける強風である。

電光掲示板には風速18Mと表示されていた。ここまで来ると強風で試合が中止になる恐れがある。

「試合やるんですか?」

「審判団はやれない事はない。・・・だってさ」

溜め息を吐く龍堂だが、審判団の決定に文句を言う事は出来ない。オーダーを決めると提出しに行く。









ブルペン


ナイスボール!

ブルペンキャッチャーのミットにボールが突き刺さる音がする。投球練習に余念が無いのは不破だ。

しかも直球ばかり30球も投げていた。あのセンバツの試合を見た時以来、不破は球速練習を一定量以上続けていた。

そのおかげどうかは知らないが、最高球速こそ上がらないもののキレだけは段々と増していた。

「しかしですよ、あのチビ助の事どう思います?」

その光景を見ていた都にウォークマンで音楽を聴いていた池田は寄って来て尋ねた。

「どうって・・・?」

「中途半端は危険だと言いたいんですよ、俺は」

「それは私たちが決める事じゃないですね。本人の問題です」

その言葉を池田は不満気味に聞いていたがウォークマンのボリュームを上げて一塁側のブルペンを見やった。

「変化球を極めるなら極める、速球を磨くなら磨くで練習しないと・・・痛い目を見るのは自分。

その点、あっちの娘は素直で分限をわきまえている分はマシか・・・」

数分後、犬家コーチに聴いていた有坂美香のMDごとウォークマンを取り上げられている池田がいた。


静岡ウイングス先発オーダー

1番 ショート   クロード
2番 センター   亮太郎
3番 ライト    小金井
4番 サード    湊
5番 ファースト  斎藤
6番 キャッチャー 今井
7番 指名打者   真坂
8番 セカンド   森坂
9番 レフト    遠藤


千葉ロッテマリーンズ先発オーダー

1番 センター   佐藤壮
2番 セカンド   西岡
3番 ファースト  福浦
4番 レフト    ベニー
5番 指名打者   フランコ
6番 サード    今江
7番 キャッチャー 里崎
8番 ライト    代田
9番 ショート   小坂


先発ピッチャーはウイングスが星野、マリーンズは清水直の両エースの先発となった。

「ココまでウイングスはオリックスに2連勝、楽天とソフトバンクには2勝1敗で乗り切って今の所は首位にイル。

だが、まともに遣り合えば奴らヨリ我々の方が強い。だから今日は勝つぞ!

バレンタインの檄が飛んで選手が守備位置に散る。上空を舞う強風を見ながら佐藤壮は呟いた。

「今日も風は強い。なら、俺の力が120%発揮されるな」

南国生まれのいごっそうのこのセリフには千金の重みがあった。かくしてプレーボールが告げられた。









『ヒットが続きます。ロッテ先発の清水、初回苦しい立ち上がりです』

すでに塁は1塁と3塁が埋まっていた。

クロードがセカンド内野安打で出ると亮太郎が送りバント、小金井が風に押し戻されながらもレフト前ヒットで繋ぐと4番の湊に回る。

打球は一二塁間を破る!ウイングス早くも先制点を挙げました』

これだけではなかった。続く斎藤が豪快にバットを振りつつ打席に入る。

うっしゃあ〜〜、今日も打つぜホームラン!ピッチャー楽にするのが打者の仕事ってな」

初球、清水の高速スライダーに空振り。2球目のボール球になるSFFも打ちに行って空振りでツーナッシングに追い込まれる。

橋本から一球外すサインが出て清水はアウトハイに外そうとストレートを投げた。しかし、斎藤はこれも打ちに行ってしまった。

「普通のバッターならボールに所だが、俺は違うぜ。このデカイ体はストライクゾーンを余分に広げてより多くのボールを打つためにあるんだよ」

確かに清水が投げたのは普通ならボールゾーンだ。だが、懐の深い斎藤にとってはそれくらいの誤差は何とも無いのだと言うのだ。

打った〜〜。打球はセンターバックスクリーンに向かって一直線だ〜〜!

風はセンターからホームベースに吹く向かい風だ。さしもの強打者斎藤の打球も強風に煽られて伸びが無くなる。

佐藤壮がフェンスに付いてボールを捕球する。センターフライになったのを見て小金井が2点目のホームを狙いにセカンドから飛び出す。

「飛び出すとは・・・迂闊だな!ウイングスの選手よ」

その瞬間、佐藤壮の腕がライフルと化す。照準をサードの今江のグラブに合わせる。

「照準調整完了。3・2・1、発射!

低い弾道で送球したボールはあっという間にサードに到達し、今江のグラブに寸分違わず収まった。

小金井は滑り込む暇も無く余裕でタッチアウトにされた。

これです!佐藤壮にはこれがあります。流石はパリーグの捕殺王!現役7年間で100個の捕殺数は群を抜きます。

ライフルアームでロッテこれ以上の失点のピンチを防ぎました』

佐藤壮はベンチに戻るとバットを脇に抱え、ヘルメットと手袋を急いで装着しながら星野の投球練習を見ていた。

昨年まで佐藤壮は6番を打っていた。チャンスに強い打撃とパンチ力がそれを表している。

しかし、バレンタインは高い出塁率を更に生かすために今年から1番で起用していた。その佐藤壮が対ウイングス戦初打席に立つ。

「星野と言えば緻密なコントロールと無類のスタミナでプロを生き抜いてきた技巧派だったな」

左バッターボックスに立つと掛布雅之のような打法で構える。

『佐藤壮と言えば猪狩世代出身と言うのは周知の事実でしょう。彼は高知生まれですが地元の明徳に進まずに徳島の黒潮水産に進んでいるんですよね』

『相手の星野も一昔前のピッチャーの感じがしますが、この佐藤も実はそうなんですよ』

実況と解説が佐藤壮の説明をしている間に星野が初球と2球目を投げ込み、カウントはワンエンドワンになっていた。

『彼は漁師の生まれで、幼い頃から漁船に乗せられていたそうです。そこで培った下半身は強靭です』

『そうですね。かつての西鉄ライオンズの大投手、稲尾選手と似たような境遇で育ち・・・

おっと、これはセンターへ抜けるヒットになりました。ロッテ、点を失った直後の回にノーアウトのランナーを出しました』

星野は西岡をゲッツーに仕留めると続く福浦もセカンドゴロに打ち取って無失点に抑える。









ウイングスは3回にも追加点を挙げ、マリーンズを突き放す。5回も清水はピンチを迎える。

二死ながらも2塁とウイングスのチャンスで打席には8番に入っている森坂がいた。更に追加点が欲しい龍堂はベンチから出ると森坂にアドバイスを送る。

「アウトローのスライダーに絞って打て。それ以外はカットして狙い球を右におっつけろ」

森坂はその言葉を忠実に実行した。4球目にやってきたアウトローのスライダーをライトへ弾き返す。

打球は西岡の脇をすり抜けてサブローの守備範囲まで転がる。ツーアウトなので打球が飛ぶと同時にランナーは走っている。

セカンドから今井が生還して3点目を追加した。ラストバッターの遠藤を打ち取ってベンチに戻る清水の表情は冴えない。

「もうすこし打線が打ってくれたら踏ん張れるんだが・・・」

しかし、その期待も空しく三者凡退に終わる。またあのマウンドに戻る清水を見つめながらマリーンズのベンチから一人立ち上がった。

「みのっち、そろそろ準備しようよ」

「もうか?清水さんは点こそ取られてるけど崩れてはいない。俺達が出なくても大丈夫じゃないのか?」

みのっちと呼ばれた男はキャッチャーグラブを叩いて言葉を返す。

「それはそうですけど、負けてる試合・・・特に清水さんが先発する試合って出番多いじゃないですか」

「大体それで出番が無かったら肩の作り損じゃないか。投手の肩は消耗品なんだから」

最後に中日の岩瀬だけ別格だが、と付け加えて無理やりベンチに座らせようとしたが、それを堀と初芝が止めた。

「お前ってお嬢ちゃんに対しては酷い事を言うよな。他の投手にはそうでもないのに」

「箕輪、つべこべ言わず行って来い。嬢ちゃんの肩が出来ずに打たれたらお前のせいだぞ?」

ベンチで総スカンを食ってしまった箕輪は思わず立ち上がる。

「何でみんなまきちゃんの肩持つんだよ。女性だからか?だったら男女差別だ!」

一斉にグランドの方を向かれて無視される。そんな箕輪にまきちゃんと呼ばれた彼女は優しい言葉をかける。

「私はみのっちの味方だから安心して」

箕輪にとってその言葉は逆に痛かった。観念したかのように呟く。

「まきちゃんに慰められてもなぁ・・・」

気持ちを切り替えてブルペンに向かうべく、ベンチに転がっていたボールを拾うとそのまま相手に投げ渡す。

「んじゃ、味方が逆転しないうちに肩作りに行くか」

「はい!」

力強く頷いたまきを先頭に立たせて箕輪は席を立つ。それに続くようにもう一人も立ち上がる。

「何だ、お前も行くのか?」

初芝の問いに少しだけ頭を上下させて返事をし、彼もまたブルペンに向かった。

「あいつの後は俺だからな。その辺は開幕後のバレンタインの使い方を見ればすぐ分かるさ」

この回、清水は更に1点を失い4−0とウイングス主導で試合が進んでいく。

だが、バレンタインは残り攻撃イニング数が3になってもまだ負ける気がしなかった。むしろ余裕すら漂わせていた。

試合は7回、ラッキーセブンの攻防に全てが集約されようとしていた。




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