その出会いは最悪だった。倒れ伏す人で作られた山の頂上に彼はいたし、もう一人の彼はそこに通り掛かっただけだった。
しかし、それは運命であり必然だった。地球に重力があるのと同じように二人の出会いはお互いがお互いを必要としてたからこそ出会ったのだ。
“天才”と呼ばれる男と“天才”と呼ばされた男。見えない糸に操られるかのように引き寄せられる。
例えそれが互いを受け入れない水と油の関係、光と影の存在だったとしても・・・。
二死ランナー1塁で打席には湊がいた。彼はジルベルトの時以上に怒っている。
「どこまで人を傷付け続ければ気が済むんだ、友光!」
「お前がこの世に存在し続ける限りだ。お前が関わった人間を根絶やしにしなければ俺様の気が済まないからな。ただそれだけの事さ」
「それだけの理由で?それだけの理由でお前は!」
「だったら打ってみろよ。でないと、アイツがもっと泣くぜ?」
「どこまで人の心を・・・!」
人を人とも思ってない友光に湊は憤る。そんな奴と中学、高校と一緒だったと思うと自分自身が情けなくて泣けてくる。
「友光さん、挑発したいのは分かりますがピッチングに専念して下さい」
鈴村が言うが友光は一向に聞く様子が無い。
「ぶつけたワビに投げる球を教えてやるよ」
「教えてもらわなくても結構だ。ストレートしか投げてこないんだからな」
舌打ちしながら友光が振りかぶる。サウスポーとして一塁にランナーがいるのが見えているはずなのにまるで眼中に無いかの如き振る舞いだった。
だが、友光のストレートが盗塁を許さない。159キロのストレートを外角高めに投げられてはハヤテと言えどスタートは切れなかった。
「打つんじゃなかったのか?それともランナーが得点圏まで行くのを待ってんのか?」
待つだけ時間の無駄だと言いた気な視線を湊に送る。当の湊も盗塁は無理だと判断したか、一旦バッターボックスを外して一息入れてから再び打席に戻る。
今度は157キロのストレートがインローを襲う。外角の次は内角と比較的まともな配球を友光は見せる。
「外、内と来たら最後の球は・・・」
湊はインハイに山を張る。昔から追い込むとインハイに投げたがるクセが友光にはあった。
勘はズバリと的中する。158キロのインハイへのストレートを痛打するとセンター前にきっちり弾き返した。
「クソが!素直にインハイ待ってんじゃねェよ。裏かいてアウトローとか待っていろっつの!!」
自分の配球が悪いにも拘らず、友光は打った湊のせいにする。次打者の斎藤を155キロのストレートで三振に取り、失点はしなかった。
「あ゛〜〜、早く点が入んねェかな。こんな雑魚との試合なんざ詰まらないったらありャしねェぜ」
しかし、2回の表裏も両チームは点を入れる事が出来ずに終わる。3回表に再びジルベルトの打席がやってきた。
『この回、先頭の鈴村が倒れてワンアウト。続くバッターはトップに戻ってジルベルト』
ウグイス嬢に促されるようにしてバッターボックスで足場を慣らす。その様子を見ながら今井は考えた。
「さて、ジルベルト封じ第二弾の配球を見せてもらおうか」
空閑からサインが出る。今井はその球種に驚くしかなかった。
「あいつ、正気か?よりにもよってストレートだと?」
一番危険な球を真ん中低めと言う一番危険なコースに投げる空閑。逆にジルベルトは待ってかようにスイングする。
「馬鹿ナ奴ダ。ストレートトハ・・・ワザワザ死ニニ行クヨウナモノダゾ?」
笑みすら浮かべてミートした打球は空閑の利き腕である左腕にジャストミート!するはずだった。
「何!?アノピッチャーガイナイ?」
ピッチャー返しの打球の先に空閑はいなかった。いたのはあらかじめセカンドベースよりに守っていた森坂だった。
ボールは当然のように森坂のグラブに収まる。ジルベルトは慌てて空閑を探したがすぐに見つかった。空閑は投げた直後にサード方向へ移動していたのだ。
「当てる相手さえいなければ潰す事は出来ない。これがジルベルト封じの第二弾だ」
この回も両チーム得点無し。今度は4回の裏、ツーアウトランナー無しで湊に打順が巡ってくる。
「味方は点取れねェし、俺様を満足させられる相手なんてこいつしかいねェし・・・。暇だから名古屋に帰るか」
今度は試合中に帰りたいと言い出す友光。鈴村に宥められて不満げにロージンパックを手に取る。
「面倒くせェ。ど真ん中にストレートで充分か」
配球も投げやりになりつつある友光のストレートを湊は再度センターに打ち返した。
「クソッ!何であいつにだけ打たれるんだよ!この試合は面白く無い事だらけだ!!」
友光がマウンドの土を蹴り上げて腹を立てている頃、東京ドームと西武ドームでは大変な事が起きていた。
『また行った、ホームランだ〜〜!本日チーム3本目のホームランはグランドスラムだ。上原まさかの大炎上〜〜』
悲鳴にも似た叫びがこだまする。あ然とする上原を始めとした選手や一塁ベンチ、巨人ファンを尻目に打ったバッターが帰ってくる。
「球界の盟主ってこの程度の実力なのか?俺らが天下取るのも時間の問題じゃん」
「油断は禁物です。そんな考えだと足元を掬われかねませんよ?例えばウイングス辺りに」
ホームランを打って余裕で戻ってきた選手が注意されている。注意した相手の口煩さはいつもの事なので適当に相槌を打つ。
「ったく、毎度毎度流星は喧しいじゃん」
「北斗の言動で私が恥をかきたくないだけです」
あと少しで取っ組み合いのケンカになる所だったが、それを一人の声が遮る。
「まぁまぁ二人ともそこら辺にしておけ。まだ試合中だからな」
経験豊富そうなベテランっぽい選手が止めに入る。流星と北斗と呼びあった二人は納得してベンチの最前列に座る。
「獅童、次の回から行くか?楽勝な試合で投手を無駄遣いしたくないからな」
監督らしき男は獅童と言う選手に声をかけた。
「その場合、八木じゃなくて俺に勝ち星がつきますけど良いんですか?・・・って言うか俺は投手扱いされてないんですか?」
そう言って経験豊富そうなベテランっぽい八木を見る。八木は別に構わんと言う視線を返す。
「じゃあ、準備するから少しだけ打ちまくってもらって肩を作る時間が欲しいな」
ベンチ前でホームランを打ってきた選手を相手に獅童はピッチング練習を始めた。
四国サザンクローサー対巨人、5回表攻撃中。点差は10−0でサザンクローサーの圧倒的リードだった。
「あっと一人!あっと一人!」
西武ドームでは後一人コールが聞こえていた。相手バッターを見ながら投げているピッチャーは呟いた。
「五月蝿すぎてバッターに集中できない。頼むから黙ってて・・・」
それでもキャッチャーのサインに頷いて振りかぶる。右手から放たれたボールがバットに当たらずにミットに収まると大歓声に包まれた。
『や、やりました!ライオンズの朝比奈、現在セリーグの首位を行くカイザース相手にプロ野球タイ記録となる19奪三振を記録しました!
これで高卒ルーキーと言うのですから更に驚きです』
誰も試合前にこんな展開になるとは思わなかった。
昨年の新人王友沢のバットが、攻守の要とも言える猪狩進のバットも、現役バリバリの大リーガーとして鳴り物入りで入団したドリトンのバットがクルクル回る。
ボールを捉え切れずに次々と空振り三振の山を築かれて行く。しかも入団したばかりの新人投手にだ。
唯一、三振を喫していないのは猪狩世代の一人で“不死鳥”とまで呼ばれた河内のみだった。
『最大の驚きはカイザースの攻撃回数が7回と言う事です。
日本記録保持者の野田(ブルウェーブ)が9回で達成した事を考えますと20奪三振は言うに及ばず、ひょっとしたら25奪三振も有り得ます!』
この7回の表に打席に立った猪狩進と友沢とドリトン、特に友沢とドリトンは三振時にバットを叩きつける程悔しがっていた。
「俺がルーキー相手に3打席連続で空振り三振なんて・・・」
「あのボールを打てる訳がアリマセーン。アメリカにフォークボールを投げる選手はイマセーン!なぜならそれがアメリカだから!」
かつてアメリカにフォークを投げる投手は二人いた。
二人とも日本人で、一人は日本に帰り、もう一人は未だにアメリカに残っている同じフォークの使い手の事を思い出しているのだろう。
「しかし、あのフォークは初めて見ます。今まで見たフォークとも違う感じがしますし・・・」
猪狩進は隣に座っていた実兄である猪狩守を見た。守と河内だけが何かしらのヒントを得ていた。
「猪狩、まさかと思うが・・・」
「キミも思い出したか。フォークと言えばボクらの世代にフォーク三傑と呼ばれた投手達がいたな。
一人は出島学院の山野辺、一人は帝王実業の山口、最後の一人が・・・」
「静岡代表は八紘学園、大東亜学園の姉妹校でもあった高校。そこにいた桜花と言うピッチャーのフォークに似ている」
かつては流光学園のキャプテンとあかつき大付属のエースとして闘った二人は同じ選手に思い当たっていた。
二年の夏、あかつき最初の春夏連覇の年に準決勝であかつきに立ち塞がった相手だ。
「あのフォークがプロの投手が投げて蘇るなんてボクは思いもしなかった」
「俺もだ。あのフォークは桜花にしか投げられないはず。だが、あいつは・・・」
名前を見る限りその桜花と言う投手との関連性は低い。しかし、完全に無いとは言い切れないのも事実だった。
「朝比奈か・・・。セリーグにいても梃子摺りそうな相手だな」
カイザースの幸運はエラー絡みの得点で点を取ってリードしている事だけだ。
猪狩カイザース対西武ライオンズ、7回表を終わって1−0でカイザースの僅差リード。
各地で行われる交流戦。
場面が草薙のウイングス対ドラゴンズに戻った時、そこはとんでもない状況になっていた。