グラウンド
『続きましては遠投です』
遠投の順番をハヤテとまたしても待っていたけど、ふと目の前に眼光の鋭そうな男が現れた。
「えーと・・・誰ですか?」
明らかに初対面なので尋ねてみる。黒地にオレンジで縫われた鳥と栖の文字。さっき、森坂が指差していた一人だ。
それと同時に彼の一言説明も思い出した。
「あいつの名前は石丸洋進。俺の住んでいた九州じゃ速球派の投手で通っていた。まぁ、速いだけでコントロールなんて皆無だったから
甲子園には縁がなかったけど」
どう考えても睨まれている気がする。こっちは甲子園優勝投手で、向こうは出場もしてないからそれを妬まれているのだろうか?
「俺は甲子園組には絶対負けん!」
それだけ言って自分の座っていた場所に戻って行った。
「僕だって甲子園出てないのにねぇ・・・」
場違いな口振りでハヤテがフォローになってないフォローをしていた。
「あれ、お前ら何やってんの?」
森坂が声を掛けてきた。傍目からはかなり凹んでいる二人のテスト生が見えるのだから声を掛けずにはいられないのだろう。
「84メートルだった・・・」
「こっちは53メートル・・・」
前者は僕の記録、後者はハヤテの記録だった。
「そんな事で落ち込むなよ。ピッチャーってぶっちゃけ塁間に届けば良いんだし」
更に落ち込むようなアドバイスを有難う。
「うおおお〜〜!凄いぜ、あいつ。高校生でスタンドインする距離を投げやがった!」
感性が上がる方を見てみた。すると、そこには先程の石丸が話題の中心にいた。彼は僕達の方を向いて、こう言わんばかりの態度を取った。
「見たか!お前より遠くに飛ばしてやったぜ!」
確かに凄いね。
それがフェアゾーンに飛んでったらの話だけど・・・。見事にファールゾーンを通って行ったと言う話を後で他のテスト生から聞いた。
「ウワサに違わぬノーコンっぷりだね」
色んな意味で僕とは正反対の投手だと感じていた。
もう一つ分かった事なんだけど、テスト開始当初から一緒にいるハヤテは途轍もなく守備が下手だった。
「足が速いからどうせ入団後にはスイッチと外野手転向って言われるっぽいし・・・。だったら今から外野手を志望しとこうっと」
なんてセリフを言っていた。結局、ライトでノックを受けたのだが、目も当てられないようなエラー連発していた。
それとは全く逆で、森坂はセカンドの守備をバッチリとこなしていた。
『え〜、残す所テストするのは総合テストのみとなっております。ここで投手希望者と野手希望者に分けたいと思います。
まずは投手希望者から見ますので野手希望者はベンチにすっこんどいて下さい』
「俺はベンチの方だな」
「僕も座っておくよ」
二人がベンチに下がってしまったので、僕が知ってる仲間はあの目付きの鋭い敵視しかしていない石丸しかいなくなってしまった。
『5分後ぐらいに打者を置いての実戦テストを始めたいと思いますので二人一組でキャッチボールをしておいて下さい』
スピーカー越しに声が聞こえる。キャッチボールのパートナーとなるべく人を探していたが、呆気なく見つかった。
・・・と言うより見つけられしまった。
「お前、俺と組め」
僕の腕をグイと引っ張ると、石丸は僕を無理やりパートナーに仕立て上げていた。
『では最後に打者を置いての実戦テストに行きたいと思います』
石丸とキャッチボールをしていると案内役が告げた。投手の希望者が一ヶ所に集まると、一人の選手が一塁側スタンドの最上段から駆け下りてきた。
金網に手を掛けると、ひらりと飛び降りてグラウンドの土を踏みしめた。
赤と白の縦じまのユニフォームを着たその選手は僕が指名から漏れたあのドラフト会議後の会見で見覚えがあった。
「あの人は・・・ウイングスの自由獲得枠で入団した明京大の今井渉捕手!」
「大学ナンバーワンと言われたキャッチャー。インサイドワークはもちろん、打撃もシュアらしい」
石丸も驚いたように言った。そう言えば赤と白の縦じまは明京大のユニフォームだ。
『試験はこの今井選手を抑えてもらいます。勝負は一打席ポッキリ!』
「投手希望者20人もいるのに全員の相手をするつもりなのか?」
石丸の疑問が正解だとすると結構疲れるし、後に出てくるピッチャーの方が有利なように思える。
「どうもそうみたいだね」
軽く相槌を打つ僕達の目の前で今井さんはバットを2,3回振って右バッターボックスに入った。まずはゼッケン番号10番の人が呼ばれた。
ビシュッ!
カキーン!
最初に投げた人の球は悪くないストレートだった。が、今井さんはそれを簡単にセンターへと弾き返した。
「球のキレは良かったが、コースが甘い。今のだとホームランにしてもおかしくなかったなかったな・・・」
ブツブツ呟くのは今井さんだ。その後も続けられたが、まともに抑えたのは数人。他の人はあらかたクリーンヒットを飛ばされていた。
『次は・・・ゼッケン番号18番!』
次は僕の出番だ。段々と緊張感が増してくる。そしてそれはマウンドに登ると最高潮に達した。
「よく考えたら実戦のマウンドって国体で投げて以来か・・・」
結構久し振りである。感覚が戻って来てると良いけど・・・。
「小さいな・・・。だが、あれでも相手は甲子園の優勝投手。手を抜いたら痛い目を見るのはこっち・・・」
「やっぱり大学一の捕手、隙が無い。まずはどこに投げようかな・・・」
僕は落ち着いてセットポジションでボールを投げた。球が左腕から離れてミットに入った。
ストラーイク!
見事に決まったストライクはアウトローに投げたストレートだった。
「球速自体は遅かったが、その分ノビがあった。計算違いだったな」
確かにスピードガンは128キロを指していた。MAX134キロだとこの位しか常時で出ない。
「次はスローカーブ。多分、タイミングは狂うはず・・・」
僕の甘い期待は裏切られた。今井さんは待ち構えていたようにスローカーブを引っ張った。
カッキーーン!
ボールはあっという間にレフトスタンド・・・ではなく、ポールを挟んだファールゾーンに吸い込まれた。
「危ない危ない。もう少しでホームラン打たれる所だった・・・。相変わらず僕の球、軽いなー」
自嘲気味に笑って次の球を何にするか考えた。
「困ったな、今の僕の球種だとどれを投げてもカットされそうな気がする・・・」
「追い込まれたし、際どい所はカットだ。この2球を見て分かったが、あの投手は軟投派。変化球も三振を取れるほど大きくは曲がらない」
全くその通りで、甲子園で打たせて取るピッチングをしていた為にウイニングショットとなりえる変化球が無いのだ。
「守備がいないんだから打たせて取れないし・・・。どうすれば・・・」
そんな時ある妙案が閃いた。
「守備なら二人いるじゃないか!僕とキャッチャー。そこに打たせるようにすれば・・・」
投じた3球目、選択したのはストレートと似たような軌道をしながらも直前で少し曲がるカットボールだ。
投げたコースはインコースのベルトラインだった。
「ストレートか?軟投派がインコースへのボールとは良い度胸だ!」
予想通り今井さんはストレートと思って振ってきた。カットボールなので打ち損じてくれるはず・・・。
ガキンッ!
それでも打球はフラフラッとサード方向へと上がった。
「しまった!途中で変化するカットボールだったとは・・・」
今井さんが本気で悔しがっていた。一方の僕も悔しい思いだった。
「くっ!ピッチャー正面の当たりにするつもりだったのにさすがは大学一の捕手だ・・・」
でも、あの打球は取りに行けない当たりではない。そう思った僕はマウンドからダッシュすると急いでサードフライを追いかけた。
「よし、これなら届く・・・」
グローブを差し出そうとしたが、寸前で僕は身体ごと何かに衝突して取る事は出来なかった。
「おいおい、いきなり飛び出してきたら危ないじゃないか。ガッツは買うけどテストでそんなに必死になるなよ」
ぶつかった何かは人だった。そして青い帽子と黄色の文字で描かれたユニフォームを着ていた。
「オリックスの湊太一選手!?」
そんな言葉が思わず口から出た僕の目の前にいたのは紛れもなくオリックスの湊さんだった。他のトライアウト生からはざわつく声が聞こえる。
オリックスで背番号1を貰い、イチローの後継とまで言われた湊さんがなぜここにいるのだろうか?
「湊選手って合併後の新球団のプロテクトに入ってたんじゃなかったっけ?」
石丸の疑問ももっともだった。同僚の谷選手とともに新球団のプロテクトをイの一番に受けていたはずだ。
「嫌気が差したんだよ。あっちよりこっちの方がスッキリした野球がやれる。そう思ったからプロテクト蹴って、金銭トレードで入団したと言う訳さ。
それに・・・進もいねーしな」
湊さん本人が答えを口に出した。その頃には投球テストの相手であるはずの今井さんがプロテクター一式を装着していた。
「監督!俺もちょっと打っていいですか?例の奴も近いんでしょ?」
スタンドにいる龍堂監督に許可を求めた。監督は何やら隣に耳打ちをする。すると理久津コーチが両手で大きく○を作った。
「よっしゃ、そうこなくちゃ!」
キャッチャーも今井さんに代わり、マスクを被って、キャッチャーのポジションに座っていた。
「じゃ、男らしく直球勝負にしましょうか」
大胆にも僕の次にマウンドに上がった石丸は湊さんに対して直球で勝負すると言い出した。相手はプロ、しかも元とは言え、オリックスの顔だぞ?
ギュイーーン!
ズバンッ!
石丸が投げたストレートが唸りを上げて今井選手のミットに突き刺さる。目測だけど、140キロの後半は出ていた。
「どうしました?ストレートですよ?」
「俺は初球から振らないんだよ。球筋は見させてもらったから・・・次は飛ばす」
ヘルメット、ユニフォームの袖、バットの順で手を触り、右足を前に出す。オープンスタンスの構えだ。
ギュイーーン!
石丸が投げたのはやはりストレートだった。球速もさっきとほぼ同じだ。
カキーン!
綺麗な打球音を残してボールはライトフェンス直撃した。試合なら楽々ツーベースの当たりだった。
「くそっ!」
グラブを叩きつけて悔しさをあらわにする石丸。打った後のバットを拾い上げると湊さんは皮肉る様に言った。
「あのスピードなら新垣や松坂で慣れてるしな。変化球があれば別だけど」
「変化球があっても打てるはずですよ。湊さんなら」
微笑を浮かべながらキャッチャーの今井選手は返事を返していた。