第35話
サイレントシーフと革命フォーク





7月、ウイングスは順位を更に下げて4位になっていた。

あの交流戦が終わるや否や湊の調子が戻り、遅れを取り戻すかのように異常な速さでヒットを量産し始めた。だが、それでも勝てなくなった。

原因は中継ぎ陣にある。都に繋ぐまでのセットアッパーは池田、それは良い。だがそれだけである。

つまりは池田以外信用できる中継ぎがいないのだ。不破も5連投、6連投を強要されては疲れで本来のピッチングが出来る訳も無かった。

そのウイングスは今日、西武ドームに乗り込みライオンズとのナイトゲームを行っていた。


ウイングス先発オーダー

1番 ショート   クロード
2番 センター   亮太郎
3番 ライト    小金井
4番 サード    湊
5番 ファースト  斎藤
6番 キャッチャー 今井
7番 レフト    真坂
8番 指名打者   神野
9番 セカンド   森坂
先発 ピッチャー  葉山


ライオンズ先発オーダー

1番 セカンド   柚木
2番 ライト    赤田
3番 サード    フェルナンデス
4番 指名打者   カブレラ
5番 レフト    和田
6番 ショート   中島
7番 ファースト  貝塚
8番 キャッチャー 一文字
9番 センター   小関
先発 ピッチャー  朝比奈


ウイングスは開幕から続けてようやく打順が固定出来ている感じが出ていた。逆に下位に低迷するライオンズは松坂で勝てないのが痛い。

しかし、あの交流戦以降に松坂の代わりとなる者が現れていた。今日先発している朝比奈である。

先発登板10試合連続二桁奪三振を達成し、オールスター人気投票でも先発部門でジワリと得票数を延ばしてきている。

「一番ショート、クロード 背番号13」

プレイボールの声と同時に朝比奈はサインに頷いて振りかぶる。

踏み込む左足がマウンドの土を擦るように移動する。いわゆる摺り足投法と呼ばれる投げ方だ。


ストライーク!バッターアウト!!


早くもクロードが三振を喫してしまう。次に亮太郎が打席に向かうが、その間に朝比奈の例の球について思いを巡らせていた。

桜花フォークやと!?

「ああ、秀や岩井、猪狩と言ったセリーグにいる俺達の同級に話を聞いた総評がそれだ。打つのは一筋縄じゃ行かないぞ」

試合前に湊とはそんな会話を交わしていた。

「桜花フォークは絶滅したって聞いたんやけど・・・。よしんば投げれたとしても本物には及ばんはずや」

しかし亮太郎の考えは打ちのめされる。決め球に使ったそのフォークは桜花と言う選手が投げていたフォークと遜色ない変化だった。

小金井もストレートで詰まらされ、三者凡退に終わる。息を吐きつつベンチに戻る朝比奈に柚木が声を掛ける。

「今日も快調そうだね。やっぱり、桜花さんのフォークは秀逸みたいだ」

「その・・・“桜花さんのフォーク”って言う呼び方は止めて下さい。人の真似みたいで嫌な感じがします・・・」

実際はその通りなのだが、朝比奈は遭えて違う名前を出した。

「この球はレジスタンスフォークって言うんです」

柚木は朝比奈の考えたその名前に賛成した。物真似フォークと呼んでしまわないなら何でも良かったのかも知れない。

今度はウイングスの選手がフィールドに散って行く。この一戦にウイングスが送り出したのは葉山。

女性としては朝比奈と同じような史上初の先発型、しかも本格派の投手はマウンドでロージンパックに手をやりながら打者が入ってくるのを待った。

「一番、セカンド柚木 背番号7」

コールされると一塁ベンチから文字通り飛び出してくる。

お待たせ〜〜。柚木藍、ただ今推参!

そのままニンニン言っていそうな雰囲気だ。バットを持つとオープンスタンスに構える。

「初球はセーフティバントを警戒する。フォークを落とすぞ」

今井のサインに葉山が頷く。フォークをボールゾーンに外すつもりだったが、柚木はそれを振りに行く。

ボールがバットに当たると同時に打球はピッチャー前で高く跳ね上がった。

「この程度の跳ねなら充分届く!」

グラブを伸ばして打球を取る。一塁に放ろうとしたら既に柚木はベースを駆け抜けていた。

「まずは内野安打成功っと。これを先取点に繋げちゃうよ〜」

塁上でジャンプしつつ、スパイクをカチャカチャ鳴らしている。葉山がセットに構えると柚木はリードを取った。

それも尋常な距離ではなく、一塁の土の部分を遥かに越して二塁との中間辺りまで来ている。牽制されたら確実にアウトにされる距離だ。

「全く・・・厄介な奴ね。私が一塁に牽制したらそれを無視して二塁に駆け込もうと言う腹じゃないでしょうね?」

それが無きにしも非ずだから恐ろしい。色んな意味で何を仕掛けてくるか分からないのがこの柚木だ。

牽制しようか悩んだ葉山はもう一度柚木の方を見たが、今度は一塁に戻っていた。しかも足をベースに掛けているので牽制しても確実にセーフになってしまう。

「何をしたいのかさっぱり分からないわ」

葉山祐希、彼女の辞書に考えすぎたら負け、と言う文字は無いようだ。

セットからボールを投げる。そのボールがキャッチャーミットに収まる頃には柚木は楽々とセカンドに到達していた。

「いつの間に・・・。二塁に投げる暇も無かった」

今井と葉山は愕然とした気持ちで二塁の柚木を見ていた。当の本人は笑顔でセカンドの森坂に声を掛けている。

「誰も気付かないうちに次の塁を落とす事から付いた名前が“サイレントシーフ”、音の無い怪盗。

福本の年間盗塁数を越えれる可能性があるのは藍の奴だけだな」

サードで湊が呟いた。高校・プロと敵としてしか会ってないが、実力は折り紙付きである。

「この分だとすぐにサードにもやって来るだろうな」

その言葉通り、止めれる術を持たない今井を気にする事無く柚木は三盗を成功させた。

柚木の行動で神経質になった葉山は赤田をフォアボールで歩かせると

フェルナンデス・カブレラ・和田に三連続タイムリーを浴びて瞬く間に4点を失ってしまった。









そして2回の表、湊が朝比奈と対峙する。

ウイングスとしては4点を取られたばかりだし、この湊が出る出ないとでは大きく違う。早くも序盤の山を迎えた感があった。

「成実・・・あの湊を三振に取れればお前のフォークは俺の本家本元のフォークと比べても遜色ないだろう」

カイザースの河内こそ打ち漏らしたが、パワフルズAF砲の秋山と福家、巨人の重量打線、

横浜の波城と碧海と言ったようにセリーグの並み居る打者を三振に斬って取ったそのフォークはスタンドで呟く彼が教えたものだった。

「おや?誰かと思えば・・・八紘学園のエース、桜花知賢じゃないか」

桜花に気付いたように宣教師が着るような黒い服に身を包んだ男が隣に座った。

「・・・無鹿セミナリオ高校の主砲、フランシスか」

フランシスと言う洗礼名で呼ばれた男は大きく頷いた。

彼らはそれぞれ静岡代表の八紘学園、大分代表の無鹿セミナリオ高校の選手としてあかつき大付属に立ち向かった二人だった。

お互いがお互いとして顔を会わせるのはこれが初めてだが、何故この球場にお互いがいるのかが分からなかった。

「珍しいな。君が本土にいるとはね」

「そっちこそ何故球場にいる?」

桜花は卒業後、とある島の中央部に位置するタワー内で働いていたし、対するフランシスも教会に務めているはずだった。

「教会の子供らに野球を見せに来ただけだ」

「俺は・・・見届けなくてはならないからな。あいつを・・・」

桜花はそう言ってマウンドにいる朝比奈を指差す。

「やはり、あのフォークはお前が教えたモノか」

「厳密に言うと教えてはいない。俺は切っ掛けを与えたに過ぎない」

フランシスは興味津々の顔を見せて尋ねる。

「切っ掛けとな?」

「あいつにはやらねばならない事がある。だからこそ俺のフォークはその礎になるだろう」

遠くの観客席から子供が走ってくる。おそらくはフランシスに連れてこられた子供達だ。

急にいなくなったフランシスを探しに出て、見つけたので寄って来ている。

「この世に再現されるまで6年のブランクのあるお前のフォークがその6年の間、プロで揉まれ続けた湊に通じるか楽しみにして観戦させてもらう事にしよう」

フランシスは十字を切ってその場を立ち去る。

桜花が視線をフランシスからマウンドに移すと8球の投球練習を終えた朝比奈が湊に対して初球を投げようと振りかぶっていた。

「そう、彼女にはやらねばならない事がある。その為には幻になってしまった俺のフォークが必要なんだ・・・」


ストライク、ワン!


湊は7年振りにこのフォークを見た。指を挟んで投げる球にしては速度もキレも通常とは段違いの桜花のフォーク、

3つのストライクの内どこかで来るとは予測していたが、それが初球と言う予測は無かった。

「確かに桜花フォークだ。実際見るまでは信用してないかったが、これで分かった」

2球目はレジスタンスフォークと同程度の速度にする事で2球続けてフォークを投げてきたと錯覚させるストレート。

だが、湊はそれを真後ろに飛んだファールにして見せた。

「タイミングは合ってるという事か・・・。一文字さん、決め球はやはりレジスタンスフォークで」

一文字も同じようにレジスタンスフォークで決めるつもりだった。朝比奈の左足が地面を擦り、ボールが指から離れる。

「最後も桜花フォークか。一回の打席で二球投げれば打てない事は無い!」

湊のスイングは明らかに低めを意識している。完全にフォークと読んでいた湊のバットがレジスタンスフォークを捉えた。

打球はピッチャーの足元を抜けてセンターに向かう!

似たような光景がある。それは交流戦初戦のカイザース戦で朝比奈がプロ初登板で初先発、奪三振の日本新記録を樹立した時だ。

今と同じように河内にフォークを捉えられた、だが結果はヒットにもならなかった。なぜなら打球が落ちるはずの地点にいるはずのない選手がいたからだ。

おっと!ここは太一くんの打球でも通す訳には行かないよ?」

セカンドベース上に音無き怪盗、柚木が立っていた。その差し出したグラブの中にボールは吸い込まれて行く。

『出ました!柚木お得意の打球を見てから驚異的な脚力でカバーリングする極端なポジショニング。

これで湊のヒットをただのセカンドライナーに変えてしまいました』

ガッツポーズを見せたのはスタンドの桜花だった。本人的に打たれた瞬間にヒットを覚悟しているらしかった。だが、湊も自信を覗かせた。

「亮太郎は本物と遜色無いと言っていたが、やはりオリジナルと比べれば劣る。この試合中に完璧に捉える事は可能だな」

そう言ってベンチに引き下がる。その後両チームは得点できなかったが、相変わらずの男がいる。

そう、柚木だ。3回裏の攻撃も先頭バッターとして塁に出ると異常なまでのリード幅を取る。

「一度ならず二度までも・・・。こうなったら奴の裏をかいてやるわ」

セットに構えてから葉山はファーストの斎藤へすばやく牽制球を送り、柚木がそれに釣られる。

すると斎藤がセカンドベースから飛び出している森坂へ送球した。

「これならセカンドに走れないし、ランダンプレーで挟殺出来る!」

葉山にしては良く考えた作戦だった。到達する塁に先に投げてしまえば盗塁も出来ないと踏んだのだ。

森坂はボールを受け取るとジリジリと柚木の方へ迫って行く。柚木もジワジワとファースト方向へ歩みを戻している。

遂に柚木は壁を背にしてしまった。グランドでそんな事は無いはずと振り返って見るといたのは巨漢の斎藤だった。

その振り向いた瞬間を森坂は見逃さずに斎藤へボールを再び送球する。

ガッハッハ!これで終わりじゃな、ちっこいの!!

斎藤は思い切りグラブを柚木のヘルメットに叩きつけようとした。しかし、体を深く沈めると柚木はその一撃を難なく躱す。

斎藤さん、下です!

森坂の声を受けて斎藤は更に追撃するようにグラブを横に薙いで柚木をアウトにするつもりだ。

「おっとと、危ない危ない」

今度はジャンプして避けた。そしてそのままファーストベースに降り立つと葉山と今井を交互に見比べる。

「さて、と・・・。そろそろ本気で走っちゃおうかな〜〜?」

笑みを浮かべるとベースを短距離で使用されるスターターに見立てる。

「出るのか?“蒼藍の自然児”柚木藍の本気の走りが・・・」

スタンドの桜花はこの回の追加点を確信した。




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