第37話
Girl meets Fork





その日、桜花知賢は本来の仕事場から遠く離れた本土にいた。

「まさか不景気の煽りがあの島まで来るとはね・・・」

ドラフ島というところで働いていたが、あまりにも本土から離れている事が災いして過疎化が急速に進み、施設閉鎖にまで追いやられていたのだ。

もっとも、彼自身は新しい就職口として野球アカデミーなる所で働く事が決まっている。

その最初の仕事として有望な選手を勧誘する為に色んな学校を駆け回っていた。

「今時そんな所まで行ってプロになりたがる奴なんているのかね・・・」

そう思いつつも調べるべき最後の学校に足を踏み入れた。

調べていくうちにこの学校の野球部には女子が所属している事が判明した。

桜花の高校時代にも甲子園で女子選手と対戦した経験があったので少なからず興味が湧いた。

「ハァ・・・」

桜花が女子選手に期待を抱きながら歩を進めている時、当の女子選手の朝比奈はマウンド上で悩んでいた。

「決め球がない・・・。シュートとカーブだけじゃプロで通用しない・・・」

先にプロ入りしている猪狩世代の都しかり、ロッテの中継ぎ投手として登板しているルーキーの伊達しかりと言ったように女性、

それも投手は総じて球速が遅く、コントロール重視タイプだ。それでも通用しているのは都にはグライドスワロー、

伊達にはウィンガルボールと言うウイニングショットがあるからだった。

しかし、朝比奈にはそれが無く、あるのは女性としては速い部類に入るストレートのみである。これではとてもではないが通用しないだろう。

「何か・・・何かキッカケがあれば・・・」

「苦労しているみたいだな、女性投手の朝比奈さん・・・だったか?」

桜花はバックネット越しに声をかけた。

「あなたは・・・?」

「今や覚えている人も少ない黄金時代でもプロに進まなかったフォーク三傑の一人、しがない男さ」

朝比奈にもフォーク三傑の名前は聞き覚えがある。帝王実業の山口、出島学院の山野辺、八紘学園の桜花がそれに該当する。

因みにプロに進んでいるのは山野辺だけだが。

「それで・・・何の用?」

「野球アカデミーからプロを輩出させるべくめぼしい選手を見つけては勧誘してるんだが・・・どうも上手く行かなくてね」

「それで私を?だけど私はすぐにでもプロに行きたい。プロでやらなくてはいけない事があるの!

朝比奈の目は本気だった。それを桜花もまた感じ取っていた。

「だが、プロと言うのはそんなに甘くない。毎年入団できる新人の数は決まっている。

猪狩世代がドラフトを迎えていた時代ならともかく、今の時代で高卒投手は難しい。ましてや女性は・・・」

それでも!それでも私はプロに行かなくちゃならないの!例えどんな事をしてでも!!

桜花は思い返していた。かつて自分にはそんな気迫があっただろうか?

猪狩や岩井、秋山を追いかける為にプロに行く努力をしていただろうか?答えはノーだった。

そして未練もあった。自分が操っていたあのフォーク、自分以外にその球を操る選手はプロにもいなかった。

「もし俺がプロに行き、あのフォークで秋山らと戦っていたらどうなっていただろうか?」

歴史にIFは無い。それは人生においても同じである。

「プロを目指す年齢でもない。ならコイツで俺のフォークが通用するか試すのも一興か・・・」

この瞬間、お互いの利害は一致した。プロに行く為には決め球が欲しい朝比奈、自分の球が通用するのかどうかを知りたい桜花。

その日から二人のレジスタンスフォーク修得の練習が始まった。

連続投球しても握力が低下しないように軟球を四六時中握ったり、人差し指と中指の間隔を広げる為にフォークの握りで学校に通ったりもした。

結果、見事にレジスタンスフォークを修得する事ができた。

「この球さえあれば私はプロでもやっていける!」

「それは良かったな」

素っ気なく返してはいるが桜花も内心では嬉しかった。自分の球を受け継ぐ投手がようやく現れてくれたからだ。

「修得の褒美と言っては何だが・・・ライオンズの入団テストを申し込んでおいたから行って来ると良い」

日本一になったライオンズに入団する事はそれだけ彼女の目的を達成しやすいと考えたからだ。

「プロで投げる日を待っているぞ。朝比奈・・・いや、忘れられた一族、今川成実」

「え・・・?ど、どうしてその事を?」

朝比奈の表情が明らかに変わる誰も知るはずの無い事を桜花が知っていたからだ。

「朝比奈と言う名前の野球選手に聞き覚えがあったからな。本部のデータベースを使って少し調べさせてもらった」

桜花は調べた事を滔々と述べていく。内容は寸分違わず正確だった。

「成すべき目的は復讐か、それとも名誉回復か・・・。今は言うまい。それが現時点でのお前にとっては最善だろうからな」

それだけ残して桜花は立ち去った。

「あなたにも分かりませんよ。私達がどんな苦労をしていたかなんて・・・」









「そう、誰にも・・・絶対分からない。分かって欲しいとも思わない!

朝比奈の手からボールが離れる。微妙に回転の掛かったボールは徐々に軌道が落ちて行く。

「確かに桜花の高校時代のフォークにそっくりだ。だが・・・」 湊は体勢を泳がされる事無く、綺麗なフォームでレジスタンスフォークを捉えた。


「所詮は紛い物。オリジナルには遠く及ばない!」


快音と共に打球はライオンズファンの集まるライトスタンドに飛び込んだ。朝比奈のレジスタンスフォークは最後の最後まで湊には通用しなかった。

「やはり、今のままではそこまでが限界か・・・」

試合を見守っていた桜花は小さく呟くと携帯を取り出し、電話を掛けた。

「ああ、予想通りの結果になった。レジスタンスフォークにも改良、そして彼女自身も・・・な」

桜花はそれ以外にもウイングスの気付いた点等を相手に話すと電話を切った。

「もしかしたら来季は面白くなるかもしれん。ここでも海の向こうでも水面下では既に来季を見据えて動き始めている所があるからな」

試合は次の打席でもホームランを打った湊の活躍でウイングスが勝利した。

そして、2005年のパ・リーグはシーズンを2位で通過したロッテが制した。最終的な順位は、


1位 ロッテ
2位 ソフトバンク
3位 ライオンズ
4位 ウイングス
5位 オリックス
6位 日本ハム
7位 サザンクローサー
8位 楽天


と、なった。更に日本シリーズではカイザース・ドラゴンズとの三つ巴、猪狩守・岩井との死闘を制したパワフルズとロッテの戦いになった。

このシリーズでロッテのピッチャー、特に第1戦で清水直と伊達がホームランを浴びたのを筆頭に

渡辺俊・小林宏・セラフィニ・藤田・金英雲・薮田・小林雅と主要投手が悉くホームランに沈んだ。それも一人のバッターによって。

そう、秋山紅一郎である。秋山は4試合で12本と言う驚異的な数のホームランを放ち、パワフルズ4連勝で日本一の偉業へ導いたのだ。

当然のようにシリーズMVPに秋山の勢いはその後のアジアチシリーズでも止まらず、

日本シリーズすら上回る14本を中国・韓国・台湾の代表チームから放った。









シーズンオフ、ソフトバンク城島のFA、カイザース猪狩進のポスティングによる大リーグ移籍が話題を占める中、

ある選手の記者会見が開かれようとしていた。




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