第3話
打撃テスト編





投手希望者のテストが終了した。次は野手希望者なので僕は森坂やハヤテと入れ替わるようにベンチに下がった。

「完全に打ち取っていたのに残念だったな」

「しょうがないよ。森坂の方こそ頑張れよ」

頷くと、森坂達は他の希望者が集まっている所に走って行った。ベンチに腰を落とすと、場違いとも思える声が聞こえた。明らかに女性の声だった。

「あ〜〜。投手のテストが終わってる〜〜」

残念そうに言っている彼女は僕を見た。

「そこにいるのは・・・中学生?ダメだよ中学生は合格しても雇わないってもっぱらのウワサ・・・」

それは禁句。どこ行っても言われたよ。初対面の人間は90%の確率で年齢を聞いてきたよ。

僕は高校生だ!

「えっ、そうなの?これはすまない事したな〜。お詫びにアメでも食べる?」

とことん僕を子ども扱いしたいらしい。段々とむかっ腹が立ってきた。

いるかぁ!

アメを持った手を払いのけてから僕は彼女の名前を尋ねた。

一体誰なんだよ!

「私はドラフト4位で指名された花冠大の葉山祐希。ピッチャーだから今回のトライアウトにどんな選手が参加してるか見たかったんだけどなぁ・・・」

自分で持ってきたアメを自分で食べている。口の中でアメを転がしながら葉山は思い出したように言った。

「あれ?キミってもしかして北海農業大付属の不破?あの甲子園優勝投手の・・・」

「もしかしなくてもその不破だ!」

その瞬間、葉山の顔は悪意のある笑顔に変わった。

「へぇ〜、甲子園で優勝してもドラフト指名されなかったんだ。私は女性でもドラフトで指名されたのにねぇ・・・」

うがー!おまっ、殺す!いつか殺す!!

突っかかろうとしたが、頭を腕で抑えられる。身長差があるとちょっとした池乃めだか状態だ。

そんな事してる間に野手部門の打撃テストが始まろうとしていた。

『投手部門の試験と違って打撃テストでは守備を就かせます。協力してくれるのは今井捕手の母校である明京大野球部の方々です』

案内役がそう言うと、明京大野球部の部員達が守備に散っていく。ただし、サードだけは誰も守ろうとはせず、ポッカリと穴が開いていた。

「じゃあ俺も守るとするか」

湊選手がグローブを持ってサードの守備位置に就いた。野手部門の受験生からも、

「おいおい、湊さんがサード守るのかよ〜」

「これじゃサードに打てねぇじゃん」

と言った声が聞こえていた。だが、僕は未だ打撃テストに入用な選手がいない事に気付いた。そう、マウンドにピッチャーがいないのだ。

葉山、来てはいるのだろう?さっさとマウンドに登らないか!」

スタンドから投手コーチの犬家さんが呼んでいた。自分の名前を呼ばれるとさっきまで談笑していた葉山が面倒臭そうにウインドブレーカーを脱ぎ捨てる。

快晴の空を思い出させるようなスカイブルーに、白で描かれたウイングスのロゴが見えた。

帽子は緑色にこれまた白で、「SOW」の文字が筆記体で書かれていた。

「この時期は寒くなるから投げたくないんですけどねぇ〜〜」

苦笑しながらマウンドに登って行く。土を蹴って足場を慣らすとロージンパックを手に取った。

「よし、まずは右打者から始める!」

犬家投手コーチの声を聞いて葉山は突如として本気モードになった。

「行きますよ?やるからには絶対本気で打ち取りに行きます」

最初のバッターが打席に入ると葉山は女性と言う事を忘れさせるように大きく振りかぶった。


ズバーーン!


と、石丸が投げたような球が今井選手のミットに再び収まった。

「誰かスピードガン持ってます?今の147キロは出てたと思いますよ?」

呆気に取られる打者を無視して葉山が言った。


ギュイーン!


ククッ!


ズバンッ!


次に投げたのはスライダーだった。それもそんじょそこらにあるスライダーではない。右打者の手元で消えるように変化する急角度のスライダーだ。

スピードもストレートとほとんど変わらなかった。

「日本刀のように鋭い切れ味の私のブレードスライダー。打てる人がいたら打ってみて下さいな」

最初に打席に立った人は呆気なく三振した。その後も挑戦が続くが、誰一人としてあのスライダーにはバットが空を切ってしまう。

そうこうするうちに右バッター最後の挑戦者が打席に立った。

「葉山・・・久し振りだな」

久し振りと言うからには何度かあった事があるのだろう。

「あれ、小金井?あなたもどこからも指名されてなかったの?寒雷大の三本刀って言われてたのに・・・」


シュッ!


ググッ!


葉山のブレードスライダーがアウトコースに決まってワンストライク。その間、小金井さんは球筋を見てただけでバットも振っていなかった。


ビュッ!


ズバーーン!


今度は120キロ台のフォークを絡めてきた。だが、小金井さんは例の如くバットも振っていない。

「久し振りすぎてブレードスライダーの軌道、忘れちゃった?一度もバット振ってないじゃない」

「1球あれば問題ない」

そう言って小金井はバットを構え直した。それまでのスタンダードな打法から特殊な形に変化した。

「あれは・・・一本足打法?」

誰かの声が聞こえた。右打席左打席の違いはあれど、868本のホームランを放った王貞治そっくりの一本足打法だ。

もちろん、僕はこの構えを生まれて初めて見る。


ギュイーーン!


ククッ!


葉山は容赦なくあのスライダーを投げた。小金井は左足を思い切り地面にめり込ませると目にも止まらぬスピードでスイングした。


カキーン!


強烈なライナー音を残して打球はショートの頭上を通過・・・するはずだった。


バシッ!


ボールはグラブの中に吸い込まれて行った。ただし、ショートのではない。サード・・・湊さんのグラブにだ。

「さすがは湊さん。素晴らしい反応でしたね」

「久し振りに凄い打球が飛んできたから思わず体が動いてしまったよ」

褒める葉山に湊は苦笑の笑顔で返していた。







『続いて左バッターの打撃テストを行う。守備選手は変えないが、ピッチャーを代える』

お役ご免とばかりに葉山はマウンドから降りた。

その代わりとしてマウンドに登ったのは黒地に白のユニフォームに大きく東応の文字が書かれていたサウスポーだった。

「あれは・・・東応大を59年振りの全国大会決勝戦まで導いた空閑紫陽投手!

同じサウスポーである僕にとって、大学野球で活躍していた空閑さんは目標にする選手の一人でもあった。

空閑さんはボールを受け取ると、今井さんとマウンド上で何やら会話をしていた。

「こうしてバッテリー組むのは大学時代の世界選手権アジア予選以来だな」

例の球は使わない予定だけど、しっかり投げてくれよ?」

今井さんが空閑さんの肩を叩いてキャッチャーポジションに戻らせた。


ビュッ!


バシー―ン!


空閑さんの持ち球はストレートの他にカーブ。

スライダーとフォークも持っていたけど、やはり印象に残るのは140キロ後半の威力のあるストレートと大きく割れるカーブだった。

ゆったりとしたフォームは西武の黄金期を支えていた全盛期の工藤を思わせるような感じだ。大学の全日本選抜にも選ばれた左腕の実力は本物だった。

試験と言うのを忘れさせるかのようにバッタバッタと三振を奪っていった。

「あれを打ったら僕は合格間違いない!・・・かな?」

「打ったらの話だけどな。ホラ、行って来いよ」

妙に自信有り気なハヤテが森坂に促されてバッターボックスに立った。

「さっきスタンドから見ていたが、足が途轍もなく速い。セーフティーも有り得る・・・」

今井さんの出したサインに空閑さんは首を振った。2、3回のサイン交換の後で投げた球はインハイのストレート、ボールで外した。

「空閑の奴、完全にセーフティーバントを警戒してるな・・・」

そう感じた今井さんはサードとファーストを前進させた。次に投げた球はアウトコース高めに外れるスライダーで、判定はまたしてもボール。

まだセーフティーバントを警戒しているようだった。

「空閑、そろそろストライクを入れないと厳しくなるぞ?」

「分かってるさ」

今井さんが構えたのはアウトロー。空閑さんが選択した球はカーブだった。

「これこれ、このカーブを待ってたんだ。ゆっくり待てる球をね」

思い切り踏み込んでスイングした打球は綺麗に空閑さんの股下を抜けていく。つまり、ボールはセンター返しで飛んで行った。

微妙な場面でないにも関わらず、ハヤテは一塁へヘッドスライディングを敢行していた。

「お前、明らかに考えすぎ。もう少し俺とバックを信頼しろ」

マウンドに行った今井さんが空閑さんの帽子を軽く叩いて注意した。空閑さんが小さく頷くのを確認すると、今井さんはキャッチャ―ポジションに戻った。

「さて・・・と。次は俺か」

ヘルメットを念入りに被ると森坂は滑り止めのスプレーをバットに掛けると、打席に向かった。

「低めにボールが集まれば空閑の球はそう簡単には打たれない・・・」

今井さんはその事に自信を持っていた。そして、要求したのは真ん中低目へのストレートだった。


カキーン!


いきなり森坂は空閑さんのストレートを当てた。今まで対戦していたバッターの中では一番良い音で当たりを飛ばした。

だが、惜しむらくはそれがファールだったと言う事だ。

「ストレートにタイミングを合わせていたかのようなスイングでこれか。だったら・・・」

次に要求したボールはインコースへボールになるスライダーだった。


キンッ!


これも当てたが、またしてもファールだった。森坂は残念そうに打球を目で追っていた。

「しまった!今のは打たせるためのボールだったな。これでツーナッシングに追い込まれた・・・」

「計算通りだ。ストレートで1球外した後の球が勝負だ」

3球目は真ん中高めへ明らかに外れたストレート。ツーストライクワンボールで迎えた4球目。今井さんからサインが出て、空閑さんがそれに頷いた。

アウトローへ絶妙なタイミングで投げたカーブだった。バッテリーは森坂が振ってくるものだと確信していた。だが・・・


ボール!


審判がコールした。森坂はバットをピクリとも動かさずに見送ったのだ。

「今のを見逃すか?普通の打者ならタイミングが狂って振るはずなのに・・・」

「ストレート、スライダー、ストレートで来てたからそろそろだとは思っていたけど・・・。俺が右打者だったら振ってたかもな」

森坂は内心はヒヤヒヤで見送っていたらしかった。

「今ので決められないとすると・・・」

5球目、今井さんは少し悩んでからサインを出した。空閑さんは一瞬、驚いた顔を見せたが、すぐにいつもの冷静な表情を取り戻していた。


シュッ!


ボールがさっきと同じコースにストレートの軌道を描いて飛んで行く。森坂もそれを狙っていたかのようにスイングをした。


ガシッ!


打球は平凡なサードゴロ。湊さんが軽快に裁いて一塁に送り、森坂はアウトになった。

「バカな!ストレートを芯で捕らえていたのに・・・。大学生の投げる球でも芯とタイミングが合えばヒットに出来ると思ったのに!」

僕の眼からも森坂のタイミングは完全に合っていた。それなのにサードゴロとは一体どう言う事だろう?

「使うなって言ったのはお前だったろ?」

「俺だってアレ無しで抑えられると思ったよ。でもな、アレじゃなかったら何を投げても打たれていたぞ?」

溜息を吐くように空閑さんが言っていた。そして全てのテストが終了した。




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