第2話
それぞれのリスタート





キャンプインを間近に控え、合同自主トレが始まる。例によって陣と相羽も参加していたが、数人程欠けている。

湊・亮太郎・都・星野に不破を加えた5人がそれである。

その一人、不破が北海道から戻ってきた。部屋に入る前にそのままにして帰郷した資料室の様子を見るべく、扉を開けた。

「あ、不破先輩だ」

一度、扉を閉める。部屋を間違えたかと思い、ネームプレートを確認すると、「不破・資料室」と書かれていたはずが、「相羽・岩井」に変更されていた。

「どう言う事だ?」

各打者の傾向を記した壁紙は湊のポスターに張り替えられ、空閑から少しパクったビデオはデッキごと消えて代わりにPS2が置いてある。

自分の投球フォームを細分化したコマ写真を挟めたファイルはマンガ雑誌に変貌していた。自室の変わり果てた姿に不破は笑うしかない。

「ハハハ・・・」

笑いながら歩を進め、二人に詰め寄る。相羽の頭を掴んで問いただすと、身の危険を感じたか、即答で森坂が使う事を許可したと白状した。

「そうか・・・」

バタン、と戸が閉める。いなくなったのを確認して目を合わせた。

「素で怖かった・・・」

「僕もだ」

ゲームオーバーをテレビ画面を横に、二人は同時に感想を漏らす。


ズン!


真正面の部屋からその音は二回聞こえた。イヤな予感がする二人の部屋のドアが三度開かれる。

「陣に相羽、二人とも来てくれ」

今度は冷笑していた。左手には既にゲームオーバーになった森坂を掴んで離さない。

「何も怒ってる訳じゃないんだよ」

そう言って怒ってない人間はいないと言いたかったが、言ったら本気でゲームオーバーしかねない。

「ただ、人として本人の許可無しに居着くのはどうかと思うんだよ」

手招きされるがまま、不破に付いていく。グラウンドまで出るものの、日は傾きかけている。

「ランニングに出ようか?」

「今から・・・ですか?」

一応訊ねてみるが返答はない。

「俺に併走できたら水に流すと言ってるんだ。つべこべ言わずに付いて来い」

言うが早いが飛び出して行く。慌ててその後を陣と相羽が追う。

10分後、

「俺、もうダメ・・・」

早くも相羽が脱落した。不破の走るペースはかなり速い。ほぼ全力疾走に近いスピードで歩道を走っていた。

「もう少しペースを落としません?こんなハイペースだと・・・」

「先にバテるのはお前だ」

あっさり言い切って少しだけスピードを落とす。

「これ位でバテたら135試合投げるなんて無理だからな」

「それって本気ですか?」

「俺はいつでも強気に本気だ」

そう言ってスパートをかけた。その日、藤枝市まで陣はランニングに付き合わされた。翌日も不破は陣と相羽を引っ張り込んで延々とランニングを行う。

後ろでヒィヒィ言いながら付いて来る森坂と相羽に反して、陣は既に順応しつつある。併走しながら会話をする余裕があるのがその証拠だ。

「先輩、他に来てない先輩方は何処で自主トレしてるんですか?」

「山本さんと都さんはいつもの所だろ。湊さんは・・・やはり神戸だと思うが」

その予測は残念ながら外れていた。

亮太郎と都はそれまで使っていた帝王実業のグラウンドを後輩の友沢達に譲ると、自分達は浜松球場で自主トレをしていた。

「なぁ、やっぱ河内に対しても投げようや」

「無理な相談です。それは」

いつものようにキャッチボールをする二人。

「せやかて、カイザース相手に不破のリリーフはキツいで?」

昨年度の対カイザース戦は1勝5敗。都がリリーフしないだけでこの有様だ。交流戦だから良いものの、チーム全体のリズムを考えると非常に宜しくない。

「何か切っ掛けがあれば何とかなるとは思いますけど・・・」

亮太郎はこりゃダメだと思いながらも口には出さず、ボールを返した。









室戸沖合


「佐藤の坊、獲れたか?」

「ばっちりや。上にやる分も充分きに」

地元に帰り、方言が丸出しになっている。自主トレも兼ねて、家業の漁師を手伝っていた。

「そう言えばあの連れはどうしとるん?」

「寝てる寝てる。あれは元々、漁師じゃない上に練習疲れじゃろ」

笑い飛ばして、船は港に向かって速度を上げた。

港に着き、漁獲した魚を卸すと佐藤壮は家に戻る。

「おーい、起きてるならさっさと行くぞ」

「分かった。すぐ行く」

姿を現したのは湊だった。港から船を出すと再び沖合に向かう。

「・・・と、この辺か」

船を停めると上空を見やる。

「風は西から強く吹いてる。申し分ないな」

足で押して小舟を切り離す。センターからホームベースの距離に相当する120メートルまで来ると、湊に小舟が流されないように錨を降ろさせる。

「んじゃ、投げるぞ」

ボールを掴むと湊に投げつける。風の影響も相まって、1球事に不規則な変化をする。更に揺れやすい船上だとまともにミートする事すら難しい。

「湊が頭下げて俺の所に来たのには驚いたが、これにはもっと驚かされたな」

湊が今やってるのはバランス感覚を鍛える特訓だ。

最初の方こそ、バランスを崩して厳寒の太平洋に落ちていたが、今ではミート出来るか否かまで持ってきた。

打倒友光、特に湊に対して投げるであろう“龍”を攻略するにはボールを打ち返すパワー、

バットに巻き付くボールを振り抜くスイングスピード、それらを支えるバランス感覚。

この三つが揃って初めて打てるのだ。本能で打ち返す秋山はともかく、今の湊にはパワーが絶対的に不足してるし、

バランス感覚も“龍”を打ち崩すには物足りない。だからこそ、自主トレ中に補おうと言うのだ。

「そんな事しなくても今年も優勝するのは俺達ロッテだ。

勝利の女神に韓国製幕張の防波堤、新しく世界一の投手も入団した。悪いがお前も友光も敵じゃ・・・」

そんな事を考えたら神が天罰を下したらしい。佐藤壮の鳩尾にボールが直撃する。

「あ、すまん」

湊も湊で、反省の色はない。自主トレ期間ギリギリまで湊はこの特訓を繰り返していた。









中部国際空港


キャンプインを前日に控え、ウイングスは長崎に発つ。

「兄ちゃんからメールだ」

携帯画面を覗いて確認する。キャンプについて色々とアドバイスがされていた。

「・・・ブラコン」

小さく相羽が呟いたのも仕方ない。毎日のようにメールが来てるらしい。

「仲良いよなあの二人」

「だからと言ってお前と仲良くするつもりはないぞ」

森坂を突き放して不破が言う。

「まぁまぁ、ケンカする程仲が良いってよく言いマス」

「そうそう、おチビちゃんはチビらしくしとけばいいのよ」

不破は割って入るクロードと葉山を睨み付けた。

「使うキャラが悪かった?それとも機体?それとも・・・」

「何やっとるんや池田」

「ああ、ゲームの連ザで不破とクロードにボコボコに負けたらしいです」

池田の後を空閑と星野が続く。座席に座るまで池田は使う機体を変えるべきか悩んでいた。

「お前が座席の隣とは珍しいな」

「ホンマやで。普通なら都が隣にいるんやけど」

組み合わせとしては珍しい山崎と亮太郎。最後尾に湊と都が歩いている。

「あの人と・・・本気でやるんですか?」

「アイツがそのつもりなら俺もそのつもりだ。準備なら出来ている」

「でも・・・」

言い淀む都を湊は抑える。

「俺は俺の宿命に、都は都のトラウマに勝て」

進む先には地獄しか見えない。そんな感じが都にはしていた。









島原市


一足先にこの地に来ていた首脳陣とオーナーの政明。グラウンドの状態を確かめて、政明は龍堂に訊ねた。

「皆の仕上がり具合はどう?」

「それはキャンプに入れば分かりますよ」

何か考えが浮かんだらしく、新たに提案する。

「彼らが来たら紅白戦をしよう。仕上がり具合を見るなら実戦形式が一番だ」

「そんな無茶な。第一、選手に聞いてみないと・・・」

「オーナー権限なら文句も出ないでしょ。もしあれなら勝利チームにご褒美も出すし」

暢気にそんな事を言う政明に溜め息を吐かずにはいられない龍堂だった。

二日後、紅白戦が実施されるに当たり、龍堂は二人の選手を呼び出した。

「監督、話って何です?」

一人は湊で、もう一人は―――

「大体の察しは付きます。どうせ、オーナー絡みでしょ?あの人は思い付きで行動するの、得意ですから」

かつて、強引に入れ替え戦に参加させられた事があった。よくよく考えればあれが自分にとって全ての始まりでもあった。

「実はな・・・」

紅白戦を行う旨を伝える龍堂を見ながら不破はそう思いを巡らせていた。




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