第3話
Little Soldierの紅白戦





「・・・で、以上が俺に振り分けられた白組の人員だ」

不破が言うと同時に全員が不満を口にする。

それもそのはず、白組には不破を筆頭に森坂・クロード・相羽・陣・荻原・斉藤を中心に二軍選手が割り振られたものの、

向こうの紅組に湊・亮太郎・都・空閑・葉山・今井・小金井・真坂・星野・山崎・池田を中心に

一軍選手が揃っている事を考えると戦力が偏っていると言われてもしょうがない。

このメンツじゃまともな打順だって!

そうだそうだ!湊さんがいる紅組が良い!

口々に言うセリフに不破の堪忍袋が破裂した。

えーい、黙れ!お前達!

ベンチに響いた怒声で静かになった。それを見計らって不破が説明する。

「いいか、よく考えろ。向こうは確かに投手が多い。しかし、それは裏を返せば野手は少ないと言う事だ。

その証拠に内野陣はこっちが揃っている。投手が内野に打たせるピッチングをすれば問題無い」

「でも誰が投げるんだよ」

それを聞いて不破はケロリと言った。

「俺しかいないだろ」

再びブーイングの嵐だ。「お前に任せられるか」「クロードの方がまだマシだ」、とか言う声が飛ぶ。

ゴチャゴチャ言うな!

脳みその代わりに実家で穫れたジャガイモぶち込むぞ!!

強引にオーダーを決めて全員に見せる。


1番ショート クロード
2番センター 荻原
3番セカンド 森坂
4番ピッチャー 不破
5番ファースト 斉藤
6番サード 相羽
7番レフト 白峰
8番キャッチャー 原田
9番ライト 八巻


また非難の罵声が不破を襲う。

何でお前が4番だ!

斉藤さんにさせろ!

三度、不破はキレた。

文句を言うな!血液の代わりに実家で飼ってる牛の乳を循環させるぞ!

既に両手にジャガイモと牛乳をスタンバイさせていた。不破が全員に納得の行く説明をする。

「斉藤を5番に置いてるのはこっちの方が打ち慣れてるからだ。4番に置いてみろ、敬遠されるのがオチだ。それでも文句があるなら・・・」

不意にサイコロを取り出すと転がす。出た数字は“5”だった。それを確認してからベンチを出て、紅組に向かう。何やら湊と話し合うと戻ってきた。

「戦力差が余りにもアレだからハンデとして5点貰った。これで点が取れずともスコアレスで勝ちだ」

呆然とする全員に向かって最後に一言付け加えた。

「この中で経験値が一番高いのは俺だ。だから俺に従えば勝てる」

一方の紅組のオーダーは、


1番センター 亮太郎
2番ショート 神野
3番ファースト 田中
4番サード 湊
5番ライト 小金井
6番レフト 真坂
7番キャッチャー 今井
8番セカンド 伊藤
9番ピッチャー 星野


「しかし何でまた急に紅白戦を?」

「面白そうだったから」

誰もいない球場の観客席を散歩ついでに歩いているオーナーの政明と監督の龍堂。公平を期す為に龍堂は一切の指揮を取らない事にしていた。

「面白そうだったからって・・・」

「そうだ!龍堂センセ?」

全く人の話を聞いていない。自分のペースのみで話す。

「何ですか・・・」

ウンザリするように龍堂が答える。

「一つ賭けをしよう。紅組が勝つか白組が勝つのかの賭けをさ」

突然何を言い出すかと思う龍堂だが、政明は委細構わずに続ける。

「僕は紅組が勝つと思うからセンセは白組ね」

一方的に決めつけて政明はベンチの方へ降りる。

「賭けか。トライアウトで『経営者足る者は確実に勝てる勝負を選ぶ』と言ってた人間に持ち出されてもな・・・」

龍堂には嫌な予感がした。









プレイ!


トップのクロードが打席に向かう時に相羽が陣に訊ねた。

「何で右投手の星野先輩が先発?僕を始めとして森坂先輩や荻原先輩、

クロード先輩に不破先輩と言ったように白組には左バッターが多いんだから左投手の空閑先輩を出せばいいのに」

「その通りだ。だが、星野さんは技巧派。特に三遊間に打たせるのが目的だろうな」

サードの湊とショートの神野は紅組の中では鉄壁である。つまり、互いに打たせて取る戦法を敷いていた。

1―1からの3球目、内角に落としたフォークを掬い上げるとクロードはライト前に持って行く。すると不破が荻原に対してサインを出した。

初球送りバント!?

「荻原は確かにチーム1のスピードだが打率は悪い。一方のクロードはスピードは荻原に劣るが打率は上だ。

塁に出て足でかき回す事を考えるとクロードが良い。仁志や荒木より清水や井端が1番に向いているようにな」

1番が出れば2番は送りバントは古い考えだが理には叶っている。下手に打たせてダブルプレーよりはマシである。結局、荻原がキッチリとバントを決めた。

ネクストバッターズサークルから森坂が出て、代わりに不破が入る。

「海斗、回ってきたら俺はバットを振らん。その辺りを考えたバッティングをしろ」

「分かってるさ。壊滅的に足が遅い上に交流戦を含めたお前の打率は同じセットアッパーの池田さん以下。言われなくても期待なんかしてないさ」

完全に飾りの4番と言い切って、森坂は打席で足場を馴らす。

「さて、相手はウチのエースだ。最悪進塁打は打たせたくないだろうから内角、もしくはカーブに狙い球を絞るか」

初球は外角のストレート。ゾーンギリギリだったが判定はストライク。二球目は初球と同じコースに来た。

森坂はバットを振ったがボールはそこから落ちるフォークだ。

この2球で狙い球を察した星野は森坂が一番望んでいるだろう、内角のカーブを敢えて投げようと決めた。

「打てるんなら打ってみい。わしの内角に入るカーブは一番打ち難いけん」

ボールが星野の手を離れ、弧を描いて曲がる。森坂も待ってましたと打ちに行く。


ガギンッ!


鈍い音をバットが発して大方の予想通りに打球はセカンド方向に飛んだ。ボールを処理する間にクロードは何とか三塁まで進んだ。

「結局進塁打か・・・。シーズンなら次打者は湊さんだから良いが、今は俺が4番なのだがな」

ヤレヤレと毒付いて不破も左打席に入る。入るや否や、腰を落として身を屈む。極端なクラウチングを取った。

「おいおい、不破の奴わしにストライクを投げさせんつもりか?」

打つ気のない不破がバットを振らずに塁に出て、次に繋ぐ方法は一つ。身長の低さを生かしたフォアボール狙いである。

更に一球毎に立ち位置を動かしてストライクゾーンを変える。投げる前からやり難い相手だと分かっていた星野は不破を歩かせてしまった。

「ここまでは順調のようだな」

「か、監督!?」

戦況を一番奥のベンチで見守っていた陣は不意に背後から現れた龍堂に驚く。

「そのままで良い。俺がこっちにいるのがバレると何かと面倒だからな」

陣は誰にも龍堂がいると気付かれないように前を向いたまま話を聞く。

「俺の事は良いとして・・・先発じゃなくて不満そうだな」

「当たり前です。こっちにいるピッチャーで長いイニングを投げれるのは僕だけですから」

確かに不破は本来は中継ぎだし、クロードは今年からピッチャーに専念するとは言え、昨年は二桁にも満たない登板数だ。消去法で考えても陣が適任である。

「お前の言い分は正しいさ。だが、不破の考えた事は間違いはない」

「何故そう言い切れるんです?」

斉藤のカウントは1―2になっている。それを見て龍堂は話を続けた。

「打順にしてもそうだ。人一倍小さい自分と人一倍大きい斉藤を続けさせる事で相手投手のコントロールを乱れさせる。

更に5点のハンデは点を取らなくて良い事に繋がり、点を取らなくて良い事は思い切った打撃に繋がる」

遂に斉藤までフォアボールを選び、二死ながら満塁になる。

「その辺を考えると相羽を買ってるのはお前だけじゃない。こんな場面になると予測したからこそ6番に置いたんだ」

だとすれば不破に対する考えを変えなくてはならない。陣はそう思いつつ、打席の相羽を見ていた。









「この場面だ。おそらく最後はあの内角のカーブで来る。そこから逆算で考えると・・・」

記憶の中から星野の配球パターンを検索する。

あった!星野先輩はカーブを際立たせる為に直前にストライク、ボール関係無しに外角にシュートを一球だけ投げる。それが来れば必ず打てる」

例え何球目に決め球が来ようと狙い球の直前に投げる球が分かっていれば全くの問題はなかった。

外角のシュート来るまで相羽は見逃しを続けた。その行為に星野と今井も不可思議に感じていた。

「何じゃい、バットも振らんで何待っちゅうんじゃ」

「とにかく、打ち取りやすいシュートからカーブで行きましょう」

今井のサインに頷き星野は外角にシュートを投げた。判定はストライクで2―2になったが、相羽には関係無い。

むしろ、次の球が内角のカーブと知っているので笑みを浮かべていた。

バッテリーが自信を持って内角のカーブで勝負する。対する相羽は右足を一塁ベース側に開く。

放物線はライトスタンドに伸び、小金井は早々に追うのを諦める。呆気に取られる紅組を後目にクロード・不破・斉藤がホームを踏み、相羽も還って来た。

「ミスター不破、全部分かってあの打順を?」

「いや、ここまで行くとは思ってなかったさ。上手く勝ちの目が出ただけだ」

待っている間に訊ねたクロードに不破はそう答えた。

次打者の白峰が倒れてチェンジになるが、得点はハンデの件もあり、一回表が終わった段階で9―0にまで開いていた。

代わるようにマウンドに登る不破を陣は完全に見直していた。

「陣、突然だが不破の武器は何だと思う?」

龍堂は陣に訊ねてみた。陣は首を捻りつつ、思い付いた事を言ってみる。

「サークルFと呼ばれる変化球ですか?」

「違う」

「なら、80試合以上も投げれるタフさですか?」

「それも違う」

いずれにも龍堂は不正解と返す。

他に考えられなかったので降参した時にちょうど投球練習が終わり、キャッチャーからセカンドにボールが送られ、更に不破のグローブに戻る。

「経験だよ」

「経験・・・ですか?」

陣は分からない。不破は自分より1年上だが、経験豊富とはとてもじゃないが言えなかった。

「例えば八回裏、一死二塁の場面。ここで迎えるバッターが右か左か?それだけでも既に違う。更に強打者なのか巧打者なのか?上位なのか下位なのか?

それらは全て違う。そこでどんな配球をすれば抑えられるか?どうやれば凌げるか?同じ1年目を迎えるお前ならどうする?」

「そんなの、やってみなきゃ・・・」

思わずハッとする。龍堂は意を得たりと続ける。

「経験は回数を重ねるしか増える事は無い。高卒がそれを増やすには年月が掛かる。だが、一つだけ1年で経験を増やす方法はある」

「かなりの数の試合に出る。そう言う事ですか?」

黙って頷く龍堂。目を移すと不破本人が既に1,2番を打ち取っている。

「だから奴はルーキーでありながらあれだけの試合数の登板を志願した。小さい身体でプロでやり抜くにはそれしかないと判断したんだろう」

ツーストライクに追い込み、不破は余裕で振り被った。

「不破の武器はサークルチェンジの派生変化球、サークルFでも80試合以上を投げれる鉄腕でもない。ベテランしか持ち得ない‘経験’なんだよ」


ストラーイク!バッターアウッ!


三者凡退と言う結果を出して、不破はベンチに戻ってきた。明らかに自分より小さい不破が陣には大きく見えていた。




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