第7話
戦国パリーグ突入前夜





WBCで全日本は苦戦していた。予選リーグは何とか突破、二次リーグもアメリカに惜敗するも2位で滑り込む。

しかし、決勝トーナメント準決勝でドミニカに敗れる結果になった。理由は単純。

王監督の理想としたメジャーと猪狩世代を中心としたオーダーが満足に揃わなかったからだ。

メジャー組では松井・井口・城島等が要請を受けたにも関わらず、辞退。猪狩世代も最終的に要請を受けてから参加したのは秋山と猪狩守だけだった。

「王監督にとって世界一は悲願かもしれないが、それと同列でチームの日本一は俺の悲願」

中日の岩井はそう言って辞退すれば。

「ピークを三月上旬に持ってくる事はその分、オーバーワークになり兼ねない。古傷を抱えてる身としてはペースを崩したくない」

カイザースの皇帝、河内もそれを理由に辞退。他にも猪狩進が選ばれた為に捕手枠から漏れた柏原やメジャーに良くいるタイプ、と判断された山野辺。

外野手は足りてるとされ、普通に開幕に向けた自主トレをやっていたら、松井や佐藤壮にさえ拒否されてお鉢が回ってきた波城は

「早い段階で言ってくれれば準備はした」

と、調整不足で辞退する。因みに碧海は女性と言う理由のみで落とされていた。

セリーグでこの有り様だ。パリーグになるともっと酷かった。









広島市民球場


行った〜!柳瀬に続いて北嶋も大竹からホームランだ!

特大アーチをバックスクリーンに北嶋が叩き込む。

「オープン戦始まってから絶好調やの。正ショートとして選んでくれんかった王への当てつけか?」

聞き難い事でも普段と変わらないように訊ねる野村。反骨心で固まってる新監督は打倒王と楽天の浮上を狙う。

「当然至極。実力、実績共に自分が友沢に劣ってるとは思えん」

「そりゃそうやな。ポッと出の若造にポジション奪われる程、お前ら世代は下手やないわな」

北嶋は不満そうにベンチに腰掛ける。柴田や柳瀬が寄って来るも野村との話に集中する。

自分を正当に評価できない。それが例え日本代表であってもだ。 そんなチームに参加する訳にはいかない。

「自分は二番手ではない。自分は日本一の遊撃手故」

堅く目を瞑る昨年のホームラン王が目指すのはAクラス、そして先にあるプレーオフだ。









大阪ドーム


「キン、偉なったやないけ。4番キャッチャーを一年通して打点王か」

「今年は打順下がるさぁ。北川にガルシア、ノリさんもいる。第一、4番はあの人以外にいないさぁ」

今年から久し振りに同じチームでプレイする金城と中村紀。特に金城は城島の代役と期待されていたが断った。その理由は一人の偉人にあった。


仰木彬


この人が生きていれば間違いなく了承していただろう。だが、世を去ってしまった。

金城は一年しか指揮下に入っていなかった仰木監督を恩師と呼んだ。それだけ惹きつける何かが仰木さんにはあったのだろう。

二人の視線の先にいる選手の打球が高く上がり、大阪ドームの三階席に飛び込む。最早トレードマークとなった五分刈り頭が更に見る者を威圧する。

「負けへんでぇ!ノリにキン、俺らが4番争えば争うだけチームは強なる。強なって天下取るんや!

清原、中村を始めとしたオリックスは誓う。合い言葉は、

「仰木さんに恩返し」

その一言だ。









神宮球場


「Hey!Let’s enjoy play baseboll today」

軽いノリで外人らしき人物が金英雲と箕輪に声をかけた。

「オレっちを選んでくれないCountry、WorldでWorse!それに負けたKoreaも大した事ナイナーイ」

突っ込み所が満載過ぎて、どこから手を付けて良いか分からない。

「まぁ、韓国チームが弱いのには賛同スけど・・・」

韓国代表として出場していた金英雲に思い切り睨まれて、箕輪は肩を竦める。

「あの人、本当に世界一なんですかね」

「本人の好きにさせとけ」

出番が近付いた為に肩を作り始める金英雲とそれを手助けする箕輪。一方、ベンチにはこの日の出番を終えたまきと佐藤壮が座っていた。

「どうして王さんに呼ばれていたWBCに出なかったんですか?」

「ここ数年、リーグ連覇をしたチームはいない。

昨年の優勝がマグレと言わせない為にも、これからロッテ黄金時代を築く為にも今はチームを抜ける訳には行かない」

チームに専念してくれるのは嬉しいが、どこか寂しい気がするまきだった。

「まずは連覇だ連覇。当てにしてるぞ女神様」

頭を撫でて、佐藤壮は打席に向かう。王者ロッテが他球団を迎え撃つ。黄金時代を到来させるべく、走り出す。









西武ドーム


さっさとくたばれっ!

ストレートが唸りを上げてミットに突き刺さる。チェンジを促されて友光はマウンドを降りる。

「これで開幕投手も決まりだな」

ここまで友光はオープン戦7試合登板し、担当したイニング全てで無失点。三振数は1イニングにつき2.7も奪っている。

松坂がWBCでどれだけ頑張ろうとこの成績を覆して開幕投手になるのは不可能に近い。

更に登板した7試合は全てパリーグのチーム相手であり、まるでパリーグでも通用するとでも言わんばかりだ。

「大体、アメリカ主導の世界大会何ざこっちから願い下げだ」

アイマスクとヘッドホンを装着する。

「あーあ、寝ちゃったよ」

ワザと友光の隣に座り、頬を引っ張ったり髪をワシャワシャ触って安眠妨害を柚木が行う。

「・・・俺の代わりに寝るか?それも永遠に」

「いやーん。プリティジョークなのにディープなジョーク吐かないで」

投げる時よりも疲労感を感じながら友光は言う。

「てっきりお前は出るもんだと思っていたが・・・」

「WBCの事?確かに出たかったけどねぇ〜。出るのより面白いの見つけたからしょうがないじゃん」

笑顔で友光を指さす。

「ほぉ・・・。面白いってのは俺の事か?」

射殺しそうな眼光を柚木は軽く受け流す。

「他に誰がい・る・の?」

いつまでも終わらない延長戦を投げているような感覚に陥り、溜め息が吐いて出る。

「勝ちたいなら協力するよ。好きなようにやればいい。フォローは僕がするから」

「元からそのつもりだ」

珍しく真剣な眼差しを向けられた友光は頷く。

「勝つさ。間違いなくな」

その瞳に宿敵を映し、それを破る為を炎を宿して。









草薙球場


ウイングスはここで巨人を迎え撃っていた。因みにオープン戦順位は16チーム中7位だ。

湊と言う絶対的4番を欠いてのこの位置は相羽、レオンの新加入の二人の打撃に助けられているのも大きいが、

崩れた先発をリリーフする不破を始めとした救援陣の力も大きかった。

相羽っ、セカンド!

怒鳴るように相羽に指示を不破が出す。慌てふためきながらも丁寧にセカンドにボールを送る。

「さっきの回からずっと俺ン所にしか打たせてないじゃないですか」

「当たり前だ。ウチの内野はおまえだけがルーキー。弱点として狙われる訳にはいかないからな」

シーズン開幕までの日数は確実に減りつつあるし、鍛えるなら実戦が一番だ。

「湊さんが戻って来るかどうか分からない以上は他の打者に期待するしかない」

真実を知ってはいたが口には出さない。

「あの人はあの人の、俺は俺の仕事をするだけだ」

その頃のあの人はチームを未だ離れたまま、静岡県内の漁港にいた。

「ありゃあ、ウイングスの選手じゃないのか?」

「何でもケガしてるらしいぞ」

漁師の会話を気にかける事なく湊は素振りを続ける。

「オープン戦ももうすぐ終わる。それまでには!

今、湊がやってる特訓は純粋に筋力を向上させる為だけのもので、バットに碇を括り付けて素振りをすると言うものだった。

これも最初は持ち上げる事すら出来なかったが、今では三回連続ぐらいならまともにスイングできていた。

『次はスポーツです。オープン戦も終盤、今日は4試合が行われ、ウイングスは巨人相手に3―1で・・・』

ラジオから流れる放送を耳に挟み、再び素振りを始めた。









そのままオープン戦も最後の試合を迎えた。相手は阪神、先発にウイングスはクロードを立てた。

三日後に開幕戦を控えてる事を鑑みると彼の開幕投手と言う線は消えた。

序盤は一進一退だったが、7回に金本にツーランホームランが出て2―5になる。

後を継いだ不破が2イニングを抑え、9回裏のマウンドには久保田。二死一、二塁で三番の相羽が打席に入る。

『オープン戦好調のルーキー、相羽。今日も四打数二安打でタイムリーを放っています』

「今日の4番は斉藤さん、レオンに繋ぐのは・・・無理か」

投げた試合で負けたくはない不破だが、投手の立場ではどうする事も出来ない。

ベンチの隅にあるジュースボックスを取りに立った時、不意にロッカーから人が出てきた。

「あ・・・」

「不破、戦況は?」

その目は随分と憔悴している。明るい色をしていたユニフォームは汚れに汚れ、キャンプ当初の見る影は跡形もなかった。

「3点負けてます。カウントはストライクが一つ入ってるみたいですね」

淡々と言ってスコアボードを見る。彼は現状を把握すると今度は龍堂の所へ歩いた。

「監督、ギリギリ間に合いました」

「湊・・・」

龍堂は代打を告げるべく立ち上がる。

『バッター、相羽に代わりまして湊。背番号1』

アナウンスが告げられる中、相羽がベンチに退がる。状況は2―1、久保田が自慢のトルネードを振るう。今の湊には彼がある人物にダブって見えた。

「そう・・・。お前に勝つ為に俺は・・・」

高笑いが耳に響く。忘れようとしても忘れられない狂気を帯びた笑いが。

必ず倒す!

スイングして一拍の間が空いてから白球はライトスタンドに飛び込んだ。敵も味方も唖然とする中、湊がダイヤモンドを回る。

もうお前には負けない!負けたくないんだ!!

埼玉の方を見やりながら湊はそう叫んだ。









3月25日、インボイス西武ドーム


開幕戦こそが彼らの宿命の対決であった。




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