翌日、ウイングスは去年の勝ち頭の空閑を送り込んだ。対するライオンズはやはり松坂であった。
友光に抑えられた事で湊の不調が疑問視されたが、それも杞憂だった。
しかし、試合自体は劣勢で進み、8回を終わって0―5。最終回にようやく疲れの見え始めた松坂を捉える。
『セーフ!湊のタイムリーツーベースで3点返して尚も無死三塁のチャンスです!!』
伊東が立ち上がった。完封も消えた今、リリーフを立ててはいけない理由はない。
ただ、戦前の評価では森・豊田の抜けたライオンズにマシなクローザーがいるとは思えなかった。
それでも交代を告げる。もしかしたら前述の2人以上のクローザーになれる可能性を秘めた投手がいた。
『ピッチャー松坂に代わりまして成実。ピッチャー朝比奈成実、背番号20』
瞬間、球場に動揺が広がる。昨年のシーズンにおいて、不破やイーグルスの水野と最後まで新人王を争った彼女なのだから。
「いや、適正はある。球速はそれ程速くなくてもあの落差のフォークを持っている。決め球があると言う事は抑えに向いている事だからな」
本日の出番を既に終え、ベンチに腰掛けている不破が冷静に分析する。
「振り回すだけの斉藤さん、上下の揺さぶりに弱い小金井には荷が重い。俺ならレオンと相羽のカードを切るが・・・」
龍堂にその意思は無いように見えた。あったとしても二人の打席が終った後だろう。
「それだと遅過ぎる。開幕戦を落としてる以上、今日は何が何でも勝たなきゃいけないはずなのだが・・・」
予想通り斉藤と小金井は三振に倒れた。ツーアウトになってから龍堂は相羽のカードを切った。
一方、マウンド上にいた彼女は左手首に付けたリボンを握り締める。
「もう去年までの私じゃない!私は私に与えられた仕事をやり抜く。
クローザーと言うポジションとこの・・・進化したレジスタンスフォーク・レヴォで!!」
フォークの切れ味を保ったまま、サークルチェンジのように逆方向に変化して落ちる。
それがレジスタンスフォーク。だが、今はそれに左右に揺れ動く特性まで付いていた。
「たった一年で更に嫌な投手に成長したな、彼女は」
自分もそんな台詞を政明から言われたとは夢にも思わず不破は負け試合を眺めていた。
新幹線車内
「連敗か・・・。去年とは全く逆の結果だな」
所沢から東京、そこから更に乗り換えて福岡にウイングスは向かっていた。
「通常なら次のソフトバンク戦は山崎を初戦に立てる所だが、そうも行かなくなった。悪い流れは変えなくてはいけない」
おそらくソフトバンクは和田か新垣だろう。どちらが来るにしても彼らと同じレベルでないと話にならない。
「山崎はそれでもダメだった時の最終手段にしなくては・・・」
決断すると犬家に選手を呼びに行かせた。
「げっ、ばよえーん?」
「悪いな。これで俺の20連勝、占めて2万の勝ちだ」
別の車両で不破と相羽が携帯ゲームを使っての賭けぷよぷよに興じていた。
因みにレートは千円で、不破は当然のように負け無し。森坂達から都合8万も稼いでいた。
「飽きずによくやるな相羽も」
「敗けを取り戻そうとして勝負を挑んで、また負けを重ねる・・・。完全にハマってしまう悪いパターンですね」
溜め息を吐く陣と湊。その前に犬家が現れ、陣に付いて来るように告げた。
「敗けを取り戻そうとしてるのは相羽だけじゃなかったか・・・」
後方に飛んで行く景色に目をやりながら駅弁をかき込んでいった。
「そう言う訳で次のソフトバンク戦はお前を先発で使う」
「わ、分かりました」
頭を下げて龍堂の座席から離れる。託された責任は意外に重い。ドアを閉め、踊り場に出る。誰もいないのを確認してから壁を背にして座り込む。
「告げられただけなのに・・・こんなになってる」
手に視線を落とすと、ブルブル震えてていた。
「任されたんだからしっかりしないと・・・」
気持を強く持ち直して自分の座席に戻った。その数時間後、新幹線は博多駅に到着した。
「あー、5万も負けたー!!」
「・・・正確には7万だ。人の金まで使い減らしたくせに」
自分と相羽の荷物をレオンがバスに放り込む。
「あんただって不破先輩の口車に乗せられてやってたじゃん」
「・・・・」
責任の擦り付け合いをする二人の前にフラフラッとバスに乗り込む陣の姿があった。
「オイ、何があった!?」
思わず肩を掴んで呼び止める。
「・・・酔った」
「はぁ?」
「プロ初先発って事、チームの連敗を止めなきゃいけないって事、相手がソフトバンクって事を考えてたら・・・酔った」
顔色悪そうに乗り込むと、ものの数秒でバスから追い出される。
「半病人を乗せて車内で吐かれる訳にいくか。少し風でも浴びて気分を変えてこい」
追い出した張本人は誰であろう不破である。
「監督達には俺から言っておくから」
相羽とレオンに早く乗るように催促すると財布から金を取り出す。
「ホラ、これでラーメンでも食って来い」
「良いんですか?」
「当然だ。元々は相羽の金だからな」
賭けぷよぷよで巻き上げられた五人の諭吉と不破を交互に見ながら、陣は頷いた。
「そうさせてもらいます」
そう言って夕方の博多の街に消えた。
「それにしても良いんですか?夜の博多って言えば、中洲とかあるんですけど」
車内で陣を置き去りにした不破に相羽が疑問を呈す。
「・・・俺とお前、それと陣も一応は未成年のはずだが?」
ああ、と手を叩いて納得する。どうも不破を二十歳以上と見ていたらしい。
「何にしても門限には帰って来るはずだ」
その頃、陣は博多を彷徨い歩いていた。適当に市内バスに乗り、人通りの多そうな場所で適当に降りる。
そこから地下に入ると、また適当に歩き出す。疲れたら喫茶店とかに入って休憩を取りつつ、かなりの距離を歩いた。
「天神って言ったっけ?結構広い・・・」
時計を見ると6時30分を過ぎていた。門限にはまだ早いが、気分転換も出来たのでそろそろ帰ろうと思っていた。すると、腹の虫が盛大に音を鳴らした。
「博多と言えばラーメン屋台」
悲しいかな、まだ屋台が軒を連ねる時間ではない。仕方なしに適当にラーメン店を探し出して、そこに入った。
「取り合えずラーメン」
イスに座るとすぐさま注文する。まるで飲み屋のサラリーマンが注文するビール並に早い。
ラーメンが出来上がるとズルズルと啜りながら食べ始める。そんな時、店の戸がガラガラと開いた。
「おっ、久し振りだな。元気にしてるか?」
「テレビ見て分かってるでしょうが。元気も元気だよ」
店の主人とやりとりを交し、陣の隣に座った。
「・・・・」
陣をジロジロ見ながら主人とやり取りを続ける。視線を感じ、早目に店を出るべきだと直感し、食べるスピードを上げた。
「どっかで会った事が・・・」
ブツブツ呟く隣の奴にもラーメンが来た。
「御馳走様です」
イスから立ち上がり、ラーメン代を置く。店から出ようとした時、隣が大声を挙げた。
「思い出した!お前、あかつき大付属の左投手か」
ウイングスの陣としてではなく、そんな括り付けで呼ぶのは高校時代の人間だけだ。
「春は優勝したけど、夏の甲子園一回戦で無惨にも俺に負けた奴か!」
彼が入店した時から彼が誰なのか知っていた。今のようなセリフを言われるのが嫌で、敢えて黙っていたのだ。
「明日の予告先発見たけど、お前だってな。こっちもロッテ相手に1勝1敗だったから弾み付けたくてさ。
お前なら楽勝でそれが出来る。別の意味で御馳走さん」
柄にもなく、ムカッとした感情を抱いた陣は声を荒げて反駁する。
「うっさい。僕はもう高校時代の僕じゃないし、お前に二度も負けるつもりはない」
「どうかな?今の俺がやってるポジションが分かってるならそんな大層な口は利けないはずだが?」
ゆっくりと、そして鋭く。陣を見透かすように彼は言う。
「長崎県代表原城高校捕手、“妖童”天正禎。今はソフトバンクの正捕手さ!」
自らの名前を名乗った彼は最後に付け加えた。
「勝とうと思わない事だ。所詮、お前は俺の手の平で踊ってるに過ぎないからな」
壊れんばかりに強く戸を叩きつけた陣は、無意識の内に走り出していた。
「何が“妖童”だ。自分が凄いと思い込んでる奴に僕は負けない!」
2人の対決はもう始まっていた。