第11話
血統の証明





先攻静岡ウイングスオーダー

1番セカンド 森坂
2番センター 山本亮
3番レフト レオン
4番サード 湊
5番ショート 相羽
6番ファースト 斉藤
7番指名打者 小金井
8番キャッチャー 今井
9番ライト 白峰
先発 陣


後攻ソフトバンクホークスオーダー

1番センター 大村
2番ショート 川崎
3番指名打者 ズレータ
4番ファースト 松中
5番ライト 宮地
6番キャッチャー 天
7番サード 鳥越
8番レフト 柴原
9番セカンド 仲沢
先発 新垣




龍堂は陣を先発させると共に、それまで片方がスタメンの時は代打として使っていた相羽とレオンの二人を同時に起用する作戦に出た。

それ程までに今シーズンの初勝利が欲しいのだ。

「これで負けたら取り返しがつかなくなるかも・・・」

「確かに負ければシーズンの間、引きずるかも知れません。でも、勝つなら・・・」

「エースになれる可能性がある。と言う事ですね」

ブルペンのテレビからスクリーンを眺める都の結論に不破は頷いた。

「ええ、俺らはその手伝いをするだけです」

そうこうするうちに試合は始まった。ソフトバンク先発の新垣は難なく三人で抑える。その裏、陣は長い息を吐いてからマウンドに向かう。

「誰もが一度は通る道。お兄ちゃんも、龍堂先輩も立った初先発のマウンドだ」

因みにまだ先発のマウンドを踏んではいない人物がブルペンに約一名いる。

ハックション!

「チビ助、花粉症か?」

「現代病の権化のような奴に言われたくない。後、俺はもうチビじゃない」

茶化す池田が持ち込んでいたiPodを何の躊躇いもなく破壊した。

『プロ初登板初先発の陣、まずはトップバッターの大村をサードゴロに打ち取りました』

次の相手は俊足が持ち味の川崎だ。セーフティバントの可能性も十分にある。

「初球は外角高目に外せ、か・・・」

おそらくは様子見だろう。ワンボールからアウトコースへのドロップカーブを指示される。


ストライク、ワン


見事な空振りを見せた川崎に陣は安心感を覚えた。

「プロだって空振りしてくれる。・・・なら!」

残り2球はストレートで三振に斬って取った。更にズレータもセンターフライに打ち取り、無難な立ち上がりを見せる。

「今頃実況席はベタ褒めしてるぞ、多分」

「だと良いけど」

一緒に戻ってきた相羽に淡々と答えてベンチに座った。味方が攻撃しているその間、ある事を考えていた。

「どうしてあの時、天のいる高校に負けたんだろう・・・。油断はしていなかったし、相手が初出場だった事を差し引いても勝てた試合のはず・・・」

結果は1―4。力負けと言う表現がしっくりくる内容だった。

「何より決め球のライトニングショットが一度も出せなかった。あの時でも試合に1球は出てたはずなのに」

グラウンドの戦況は目に入っていない。湊と相羽が出塁してチャンスだと言うのにそっちのけだ。

「無死一二塁で6番だ。天、バントがあると思うか?」

内野手が集合しているマウンドで新垣は訊ねた。

「百パーないです」

即答で言い切る。理由を言おうとも思ったが、逆に不審がられても困るので一言付け加えるだけにした。

「万が一してきて俺が阻止しますよ」

高卒ルーキーにしてソフトバンクのホームを守る天には阻止する自信があった。彼の予想通り、斉藤にはバントの指示はなく、余裕で後続を断つ。

「ま、実際はこんなモンか」

ボールをマウンドに転がして引き上げる。

「今はあの時の試合よりもこっちを考えるべきかな」

まだ自問自答していた陣は、相羽に促されるまでベンチから立ち上がらない。

「とっくにチェンジになってるぞ」

「ん?ああ・・・」

脇に置いた帽子を取って被り直す。マウンドに向かう陣を見ながら、天はプロテクターを外していた。

「昨日はあんな事を言っていたが、そう簡単に変わる訳ない。初回の3人を見て確信した。お前はまだあの時のままだ」









陣は松中と対峙していた。流石は全日本の4番に選ばれるだけあって、隙は見当たらない。

「まだ外角に高速スライダー・・・。歩かせても構わないのかな」

サイン通りに外角低目に高速スライダーを投げる。松中はバットを出さずにフォアボールで一塁に歩く。

続く宮地はサードフライでランナーは動けない。そして――― 「6番、キャッチャー天。背番号2」

片や魔王の血を分けた天才児、片や背番号まで城島を受け継いだ妖童である。

「以前と変わらないなら楽に仕留められるな」

左バッターボックスに入り、城島と全く同じ構えを取る。

「・・・・」

それを見ていた陣がプレートを外す。はっきり言って投げ難かった。

参考までに夏の甲子園で対戦した時の結果は5打数の4安打、2打点と打ち込まれている。

これが不破や湊と言った選手ならそんな事実は過去の話として一蹴するだろう。

実際、陣も気にしないで投げるはずだったのだが、どうやら潜在的に苦手意識が植え付けられているらしい。

プレイが掛ってセットポジションに戻る。今井が出したサインはスクリュー。頷いてグラブの中でボールを握るが、すぐには投げない。

「チッ、投げられないならマウンド降りろよ」

今度は天が嫌がって間合いを取った。1球を投げるのにこれだけ時間をかけるのも珍しい。

「相手も去年までは同じ高校生だったろ?そんなにビビんなよ」

相羽なりの励ましのつもりなのだろうが、全く励ましになっていない。

「ああ言う風に脳天気に思えたら楽なんだけど・・・」

胸に手をやってみると心臓がバクバクと音を立てていた。

「もう間は外せないから・・・とにかく落ち着かなきゃ」

深呼吸を一度して気持をリラックスさせる。再度、タイムが解けてスクリューの握りを確認した。

「成る程、スクリューか」

バッターボックスで天が呟いた。そして三塁コーチに目配せをする。それを見て三塁コーチは松中に向けて新たにサインを出した。

「来る球が分かっていて打てないアホはいないさ」

アウトローの沈むスクリュー。天はそれを狙い打った。と、同時に松中が走って行く。

仕掛けたのはヒットエンドランだ。松中の足は速くはないが、打球が左中間に飛んだ事も影響し、一塁三塁にピンチが広がった。

「球種が読まれてる?いや、そんなはずは・・・」

相羽のように異常なまでの記憶力があれば話は別だが。ピンチに変わりはなく、湊がタイムをかけて内野陣が集合する。

「取り合えず打たれた事は忘れて切り替えろ。それで守備体勢だが・・・」

打ち合わせを終えると守備に散る。その間際、湊は陣に声をかけた。

「お前は岩井陣だ」

何を当たり前な事を聞いてるのか不思議でならなかったが、湊は構わずに続ける。

「岩井陣ではあるが、魔王の弟でもある」

「僕は兄ちゃんとは・・・」


違う


そう、はっきりと否定したかった。辞めていた野球を再び始めた時に左利きに変えたのも、半分は兄と区別して欲しかったから。

(もう半分は憧れの人が左利きだったから)

陣の心中を察したように湊は自身の言葉を否定した。

「ああ、違うさ。でもな、その中に流れる血には大輔と同じ血も流れているんだ。そこは誇って良い」

「・・・・」

いつもよりホームに近く守る湊。内野はバックホーム大勢を敷いていた。

「リードされて投げるのは陣にとってプレッシャーになるかも知れない。妥当な判断だ」

戦局を不破が見つめている。プロ入り後に先発を経験した事はないが、先取点を与えないのが重要だと言うのは理解していた。

「しかし、鳥越はチャンスの局面に強い。一筋縄じゃ行かない」

もちろん、スクイズの可能性もあった。初球はそれを警戒したか、外角高目にウエストする。2球目も高目に外したボール球。

3球目にようやくストライクゾーンに入るドロップカーブをインコース低目に決める。1―2から更にウエストをした。

「ボール球は使えない。何とか引っ掛けさせないと・・・」

右打者ならセカンド方向へゴロを打たせる。サインはインコース低目にスクリューだった。


カキーン!


痛烈なセンター返しの打球が飛ぶ。捕らないとマズいと判断した時には陣の身体は打球に反応していた。

くっ!

必死にグラブを伸ばして先端に当てる。そのお陰で、弾かれた打球はマウンド後方にフワリと浮かぶ。

ダッシュしてフライで処理しようとした相羽に向かって湊が叫んだ。

フライで捕るな!落とせ!!

最初は訳が分からなかったが、意図を理解した相羽はダッシュを止めて通常速度でフライを追う。

ボールを落とし、ショートバウンドで捌くと慌てて二塁に走っていた天をフォースアウト。

続けてファーストに送ってバッターランナーもアウトにするダブルプレーの成立。

「瞬間的に身体が反応したな。それにあのショートもサードの指示があったとは言え、難しいバウンドの処理と状況判断だ。

やっぱり湊を抑えないとどうにもならないか」

いそいそとプロテクターを取り付ける天のリードもあり、ウイングスは0点。対するソフトバンクも立ち直りつつある陣の前に三者凡退に倒れる。









4回の表のウイングスの攻撃は3番のレオンから始まった。

「・・・・」

いつものように無言で打席に入るレオンの一挙一動を見定めるべく注視する天は、一通り眺めてから鼻を鳴らした。

「無表情なら読まれないとでも思っているのか?だったら大間違いだ」

一方のレオンはそんな聞こえよがしの声を無視した。

「・・・すべき任務を果たすだけだ」

今日のレオンはホームランを打つよりも次打者の湊・相羽の前にランナーとして出る事を自分の任務としていた。その為にはどんな手でも使う。

『レオン、初球からセーフティバントだ!意表を突かれた松中、全く動けませんでした』

「3番バッターの外国人が普通セーフティバントなんてするかよ」

天は最初からバントは無いと思い込んでいた。ヒッティングなら完璧に牛耳れただけに悔しがっている。

「4番、サードベースマン湊。背番号1」

湊がゆっくりと左打席に立つ。再び天が相手の思考を読むべく注視した。

「ジロジロ見てても何も出ないぞ」

「んな無駄口を叩く余裕、あるんですか?」

湊が笑みを浮かべて返した。

「あるさ」

湊が待ってるのは内角と落ちるスライダー。これをレフトに流し打ちで運ぶつもりだ。それを読んだ天が外角に球を集めさせて2―2にする。

「狙い球が読まれているようだな。データで調べたかどうかは知らないが―――」

そう言えば、2回のピンチを切り抜けた時に陣が気になる事を言っていたのを思い出す。

「配球が読まれてるかもしれない。か・・・」

そうだとすると外角一辺倒なのも頷ける。相手の思考を完全に読めていないと出来ない芸当だ。

「城島の跡継ぎとしても申し分はない。だが、俺はそんなに甘くない!

決め球に狙っていた落ちるスライダーと勘違いさせるストレートを投げてきたバッテリーに対し、湊は綺麗にレフト前に流し打ちで運んだ。

「流石は首位打者と言った所か。ま、次は楽な相手だしな」

ウグイス嬢のアナウンスが響く中、彼は立ち上がった。

「5番、ショートストップ相羽。背番号2」




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