『相羽、ライトオーバー２点タイムリーツーベース！ウイングスが先制しました』

「ドームで広い分長打は出やすいし、新垣さんは球種もそんなにないから結構楽だな」

二塁ベースをこれでもかと踏み付けて相羽は三塁ベンチを見る。

「バカの相手はやり難い。だが、前半の失点は予測の範囲内だ」

冷静なリードで天は付け入る隙を与えない。ピンチの後にチャンスがあると言う事は、チャンスの後にはピンチが待っている。

その裏、先頭の川崎をフルカウントで粘られた挙げ句に歩かせてしまう。

ズレータにもセンター前に運ばれた。再びのピンチに再集合が掛かる。今度は龍堂まで出張ると言う状況だ。

「ここで松中、最少失点で抑えられるか？」

「ライトニングショットが出れば・・・とにかくやってみます！」

内野が守備に戻る。左打者の松中に対して一二塁間を狭く、ホームからも遠目に守らせる。逆に三遊間は広く開けさせた。

そしてその初球、ストレートを要求されたが指の掛かりが悪く、スッポ抜けてしまう。

「しまっ・・・」

ボールはキャッチャーミットの上を通ってダイレクトにフェンスに当たる。

追いかける今井に代わってホームに駆け寄る陣。その間にランナーはそれぞれ進塁を果たした。

「塁は埋まった方が守りやすいしな」

龍堂は敬遠を指示した。５番の宮地は満塁の場面には強かった。

「ここが山場だ。ここさえ切り抜ければ俺のロングリリーフで勝ち投手に出来る」

「ソフトバンクは左打者が多いので、その可能性は高いですね」

ブルペンで不破が投球練習を始めた。絵図面通りにする為には抑えないとならない相手がいる。

「天・・・」

宮地を浅いセンターフライに打ち取り、タッチアップを許さない。一死満塁で彼を迎える。

「天を打ち取らなきゃ・・・僕はこの試合勝てない！」

ストレート三球勝負。その内の１球でもライトニングショットが出れば打ち取れるはずだ。

「ストレート三球勝負とは俺も舐められたもんだ。あの夏、それで負けた事を学習してないな」

それでも天は読んでいる。セットからのクイック投法で投げる。

「・・・出た！ライトニングショットだ」

地を這うストレートがベース付近で急激にホップする。初めて見た異質なストレートに思わず手を出した。

ガキンッ！

「三遊間の深い所だ。抜ける！」

確信を持ってファーストに走る。サードの湊はベースに付いていたし、相羽は二遊間を固める為に二塁ベース寄りに守っている。

詰まっていても抜ける打球のはずだ。湊の守備能力が常人レベルなら。

「抜かせるか！」

横っ飛びで湊が喰らい付いた。だが、その状態で立ち上がり、バックホームに送球する間に川崎はホームベースを駆け抜けるだろう。

だからこそ湊は上半身だけを起こし、ほぼ腕力のみで送球した。

アウト！

審判のコールを聞いて陣は長い息を吐いてグラブを叩いた。次打者の鳥越も抑えて０で切り抜ける。失点を覚悟していただけに湊の好守備は嬉しかった。

「湊先輩、ありがとうございます」

「これ位でしか助けられないからな」

肩を叩いてベンチに戻る。５回の表裏は両投手がきっちり抑えた。

６回は共に好打順だが、ウイングスは４人で終ってしまい、また川崎が先頭打者のソフトバンクの攻撃が始まる。

「天が言ってたな。そろそろ捉え時だと」

やるべき事は分かってる。伊達に３年間シーズン１位を張ってない。

『川崎、初球をセーフティバントだ！』

三塁線に転がるボールを陣が捕りに行く。

「投げるな！間に合わない」

湊の指示で送球を中止する。既に川崎は一塁に滑り込んでいた。

「警戒はしてたはずなのに・・・」

安易にストライクを取りに行った事を後悔する間もなく、次のズレータでも予想外の行動が起きる。

「来日４年目とは言え、助っ人が送りバントなんかするなよ」

自分のチームを棚に上げ、湊が急いで処理をする。一死二塁とまた一塁が空いた状態で松中だが、今度は歩かせる事が出来ない。

「流石に３打席連続フォアボールはマズい。それに歩かせれば・・・」

天に回ってしまう。取り合えずベンチを見ると龍堂が右手の指を２本立て、左手では丸を作っていた。

「同点までの失点を許可するとは・・・思い切ったな」

湊は相羽をより深く守らせ、自らは三塁線を固めた。

「勝負するしかないか」

それでも慎重に初球はボール球で様子を見る。

次のドロップカーブは厳しくコースを突いたはずだが、松中はあっさりと一二塁間を抜いてしまう。

「やっぱり格が違う。今の僕じゃ無理だ」

５番を打つ宮地の成績は今日ノーヒット、出来ればここで切り抜けたい所だ。

「監督は何をしてるんだ！責任投球回は満たしてる！何故代えない」

ブルペンで不破は激怒した。救援準備も完了している。

「もしかしたらですけど・・・龍堂さんはチームとして試合に勝つと言うよりも陣君で勝つ事を狙っているのかも知れませんね」

「ゼロに抑えてるとは言え、点差が少ないならリリーフを使うべきだ。あいつは・・・陣は今日がプロ初登板なんですよ！」

それは都も理解している。そうこうするうちに宮地が三振で倒れた。天が三度打席に入る。

「そろそろ打ち崩して楽にしてやるよ。他にも対戦したい投手がいるしな」

バットを見ながら触り、構える。いつもの見透かされるような視線を陣は感じた。

「どうしようか？ライトニングショットなら抑えられるけど、出るかどうかは分からない。かと言って変化球なら読まれて打たれる」

どうして配球が読まれるか未だに分からない。高校時代を参考にしてるにしても有り得ない程の的中率だ。

「持ち球にない変化球なら読まれないかも知れない」

天が絶対知らないだろう球が一つだけある。今井のサインに二度三度首を振ってからようやく頷く。

「ん？音が変わったか。今までとは違うな」

天が敏感に何かを感じ取った。ハーフスピードのボールが内角を突く。そして、ゆっくりと下に落ちて行く。

「サークルチェンジか、もらった！」

それすらも読んでいたかのようにフルスイングで打つ。

『行った〜！ルーキー対決三度目で天が遂に打った〜〜』

打球はライトスタンドに消えた。片膝をつく陣に向かって天は言い放つ。

「小手先で俺を騙せると思うな。これで決まりだ」

どうやってその後を抑えたか陣はあまり覚えていなかった。ショックから覚めたら８回の表、二死ランナー無しになっていた。

「打たれた球はサークルチェンジだと？」

「ああ、陣に聞いたらそう言った」

打席に入ろうとしたレオンを相羽が呼び止めて言う。

「つまりあのキャッチャーは知らないはずの球を知っていた―――と言う事か？」

陣のサークルチェンジを知るのはチーム内のみ。更に対戦したのは自分だけである。

「そう言う事になるね」

いつもと同じ無表情ではあるが、何かを察したようだ。

「成る程。朧気ながら奴の正体が見えた気がする」

その時、相羽はレオンが笑みを浮かべたのを見た気がした。

「気のせい・・・だよな？あいつが笑うなんて」

残念ながらそれは気のせいではなかった。

「この打席、こいつはアウトコースを狙ってるな」

「人の考えが分かって嬉しいか？」

足場を馴らしてバットを小刻みに動かす。

「本人にその気がなくても勝手に分かるんだ。どうしようもないさ」

レオンの読みとは逆にインコースにボールが来た。

「日本に来る前、大佐から聞いた事がある。そう言う異質な能力を持った人間が稀にいる、と。そして野球をやっていてもおかしくない事も・・・」

心の中で呟くレオンは、既に正体を見破っていた。だからこそこの場で暴きに掛かる。

「他人の心音を聞き、そこから思考を読む。絶対音感ならぬ言わば絶対心音・・・それが天、お前の正体だ！」

指摘されたはずの天は驚く様子もない。むしろ余裕の笑みすら浮かべている。

「分かった所で対処法なんて存在しない。表情や態度は嘘を吐けても、心臓の音までは誤魔化せない。お前もこのまま三振してもらう」

またしても読みとは逆にボールを投げられて追い込まれる。正体が分かってる今、問題は自分が天を打ち破れるかどうかである。

「難しいやり方ではあるが、対処法がない事はない」

一旦、レオンは若松を模した神主打法を止めた。その代わりに取ったフォームは初芝そっくりであった。

「良くもまぁ外国人が日本人のフォームを知っている。若松の次は初芝か」

中ば呆れる天がサインを出す。

「インハイにストレートだ。アウトローのスライダーを待ってる限り、絶対に手が出ない」

ミットをインハイに構えた。途中でレオンが待ち球を変えた場合を考え、すぐに大きく外す用意も出来ている。

新垣がリリースするギリギリの瞬間まで途中変更がないか注意を払っていた天は変更がないのを悟り、安心した。

「これでチェンジだ」

しかし、レオンのバットが動いている。しかもアウトコースではなく、インコースを狙っていた。

「バカな！この状況で狙いを変えただと？新垣さんのインハイのストレートなんてアウトコース待ちで打てる訳ない」

第一、待ちを変えたのなら自分にはすぐ分かるはずだ。なのに気付かなかったと言う事は、レオンはずっとアウトコース待ちのままのはずである。

「くぅ！」

本来の狙いがアウト打ちだった為に前のめりと言う窮屈な態勢。それを更に崩しながら打った打球が放物線を描いて飛んでいる。

「アウトコースのスライダーにヤマを張ったさ。ただ、それと同じ位の割合でインハイのストレートにもヤマを張っていた」

「そんな両方に張るのは不可能だ」

「不可能だろうとやれと命じられればやってやる。それが・・・俺の任務だ！」

広いドームのバックスクリーンにレオンが叩き込んだ。ホームを踏んだ後、湊達に天の正体を告げる。

「僅かながら動揺が見られる。攻めるなら今だ！」

逃さず捉えて、湊が勝ち越しとなるホームランをレフトスタンドに放り込んだ。

「代えるか・・・。だが、天のような打撃力を持った捕手はうちにはいない」

それに裏の攻撃はクリーンアップからである。その辺りを考え、王が交代を告げる。ただし、代えるのは捕手ではなく投手だ。

「ピッチャー、新垣に代わりまして黄永統。背番号３６」

新たにマウンドに登った投手はデカかった。

かつてダイエー時代のホークスに在籍し、今はパワフルズにいる山野辺もデカかったが、この黄永統もそれに比す程の身長を有していた。

「天、何やってるヨ。楽勝な相手じゃなかったアルか？」

「黙れ、外国人枠にギリギリにいる存在が。カラスコが不調のお陰でここにいる事を忘れるなよ」

いがみ合ってる両者は投球練習を終えて相羽を打席に入れる。

「もうヒット一本も許さん！」

「初球からアレなんて・・・天の奴、本気アルネ」

黄永統が振り被った。

「サイド、いや二刀流か！」

広島のベイルを初めとした大抵の外国人が使ってる投法である。 相羽は対角線気味に向かって来た球を様子見のつもりで見送った。

「カットボールは有るか。続けて様子を見るのも良いけど・・・」

下手な考えは天に読まれる。裏を掛かれてストレート勝負されたら様子見もあったもんじゃない。そう思った相羽は次の球を打ちに行く事にした。

「こいつは打つ気でいる。黄永統、さっきと同じ球だ」

「分かってるヨ」

手から離れた瞬間に初球と同じ球だと察知した相羽がスイングする。

「掛かった！喰らえ、これが黄永統の・・・」

「ワタシの・・・」

変化して行くボールは明らかにカットボールではない。

「「トライスリーだ！！」」

「何っ？」

カットボールより大きな変化の球に差し込まれ、ファーストゴロに倒れる。

「相手の読みに対して小変化のカットボールと大変化の高速スライダーを投げ分けるトライスリー。これが有る限り、打たせはせん！」

試合は終盤、流れはちょっとした事で変わる程に拮抗していた。