第14話
天を裂いた閃光 新たに挑みしは銀鷲





相羽の勝ち越しタイムリーを確認すると不破はブレザーを脱いだ。

「行きましょう都さん」

「ええ、後は私たちの仕事です」

今度は誰にも文句は言わせない。拒否するなら(主に不破が)殴ってでもマウンドに上がるつもりだった。

「陣、疲れてるのは分かるがそろそろマウンドに向かったらどうだ」

「分かってる。もう少ししたら行くから」

レオンに促されてヨロヨロと立ち上がる。その疲労度はベンチの階段でコケる程酷かった。

「もう投げる必要は有りませんよ」

ブルペンからベンチまで都が移動している。陣を座らせると不意にレフトを指差した。

「何と言われようと行く。そう伝えてくれと頼まれました」

「都・・・?」

笑みを崩さずに都は質問に答えた。

「もちろん、不破君にです」

レフトフェンスが一部オープンになり、そこから不破が走ってくる。

「お忘れですか?不破君は登板数が目立ちますけど、条件付きならオリックスの石田君並に左キラーですよ」

その条件とはワンポイント起用である事だ。昨年、25試合のワンポイントリリーフをこなした不破。その折の成績は、25打数で被安打は3。

自責点に至っては0である。更に相手が左打者なら15打数0安打、奪三振は13と言う驚異的な強さを誇っていた。

「松中さんを抑えるなら適任だと思いますけど?」

そこまでやられて、ようやく龍堂が重い腰を上げた。

「ピッチャー、陣に代わりまして不破。ピッチャーは不破、背番号11」









「さて、まずは陣が抑えきれなかった松中を料理するか」

そうは言っても不破の配球はストレートと球速が常に変化するサークルFの組み合わせが殆どだ。

むしろ、打者が警戒しなければならないのはどんな場面にも対応できる経験とそれを生かした老獪な投球術である。

「一人で試合を決めれる打棒を持ちながらチームに徹する。ここもおそらくヒット狙いだろう」

ホームランを狙う松中は怖いが、ヒットを狙う松中にそれ程の怖さは抱いていない。

「スローカーブだと?」

ゆっくりとミットに収まる。低目を突いたスローカーブでストライクを取った。

不破はスローカーブを続ける。松中がバットを振るが当たらず、ツーストライクと追い込んだ。

「遅い球を続けた。最後は速い球か?それとも老獪な不破だ。遅い球かも知れんし、ボール球かも知れんな」

3球も遊び球が使える不破なら何を投げてもおかしくない。

スローカーブを3球続けた〜〜!松中、見逃し三振

松中を三振に打ち取るや否や、さっさとマウンドを降りた。

「投球練習・・・してませんよね?規定の球数じゃ足りないでしょ」

ブルペンで投球練習をしてたのは不破だけだ。つまり、守護神はぶっつけ本番で登板する事になってしまう。

「大丈夫です。陣君の勝ち星を消したりなんてしませんから」

都がマウンドに上がる。宮地をたった2球で料理、文字通りに瞬殺だ。

「投げる球種が丸分かりになる絶対心音・・・ですか」

都は相手の能力を気にする風はない。代わりに不破がベンチで独り言を呟く。

「以前、相羽にも言った。球種が分かっても打てない投手はいる、と。都さんはウチにいるその数少ない投手だ」

その都の身体が大きく沈む。地面スレスレのボールは下から上に、左から右に軌道を描く。そして急激に進路を変え、アウトハイからインローに沈んだ。

これがグライドスワローか!

天はタイミングを計る為に初球と2球目のグライドスワローをワザと空振りした。

「分かってても打てないんだよ、天。あの人は・・・」

不破が横目で陣を見た。

「陣の兄貴達と対等に渡り合っていたんだ。お前が勝てる相手じゃない」

異質な能力を持っていなくても分かる。グライドスワローの3球勝負。




そして―――




空振り三振である。




試合終了〜。ウイングスの今季初勝利はルーキーの手によってもたらされました!

ベンチに戻ってくるナインを真っ先に不破が出迎えた。タッチを繰り返し、都が最後に龍堂と握手をする。普通ならここでボールを渡すをはずなのだが・・・

「陣君!」

陣を呼び止めるとウイニングボールを投げ渡した。

「初登板初勝利なんですから」

「え、でも監督に渡すのが・・・」

「良いんだよ。監督には去年の球があるから」

横から入った不破が都に同意する。

「そうですか。なら、お言葉に甘えて貰っておきます」

そこにインタビュアーがやってきて、陣と3打点を挙げた相羽を連れて行く。

「俺としてはレオンだと思うけど」

「・・・・」

湊の言葉にレオンは無言で否定した。

「・・・目立つのは任務じゃない」

視線の先でカメラのフラッシュをルーキーコンビが浴びていた。









福岡市内のホテル


「疲れた・・・」

部屋に戻るなり疲労でバタンキューした陣はアンダーシャツのまま、ベッドに倒れた。

翌日、まどろみの中で目を覚ますと太陽が傾いていた。

「朝日・・・じゃないなぁ・・・。こっち西だし」

念の為に時計を確認すると夜の6時を回っていた。

「って事は皆は球場か」

テレビのチャンネルを付けるとやはり皆が映っていた。

「先輩かなぁ・・・起こさないにしたの。あ、ヒットだ」

爆睡していた陣を寝かせたままにしておこうかと言ってそうなセットアッバーの先輩が一人いる。

「戻って来るまでシャワーでも浴びよっと」

取り合えず昨日のままのシャツを着替えて、シャワーを浴びる。

「石鹸石鹸・・・。あ、これか」

手に取った石鹸をボール代わりにして投げる振りをしてみた。

痛っ!

肩を押さえてうずくまる。その間にもシャワーの水が陣の頭に降り注ぐ。

「昨日、そんなに投げたっけ?」

9回を投げて132球も投げていたが、本人は全く覚えていなかった。

「寝れば大丈夫。寝れば大丈夫・・・多分」

自分に言い聞かせてシャワーを止めた。バスルームから出るとタオルで髪を拭いた。エメラルドグリーンの長い髪を首の後ろでポニーテールに纏める。

「あ、兄ちゃんからだ」

携帯から音楽が鳴り、メールの到着を知らせる。実兄、岩井大輔のメールには「もう少しペース配分を考えろ」やら、「ストレートが多過ぎる。

変化球を適度に混ぜろ」やら見てもいないのに的確な内容が書かれていた。

「兄ちゃん・・・悪魔か」

悪魔ではなく、魔王だ。

付けっ放しの画面では湊が2点タイムリーヒットを放っていた。7回の攻撃途中で点差は6―1なので試合もほぼ決まっている。

後は寝るだけなので、他に何の番組をやっているのか気になった。適当にチャンネルを回してみたら何故か楽天対オリックスが映っていた。

「福岡なのに珍しい」

しかし、内容は目を覆うばかりの展開だった。ピッチャーの投げる球はことごとく宙を舞い、スタンドに消える。

そうこうしてる間にも楽天の北嶋にホームランが生まれた。

「こんな試合で投げるのは嫌だなぁ・・・」

陣の眼がテレビに釘付けになる。打席にいる楽天の選手に何かを感じたのだ。

「あんな打ち方・・・」

その選手は両手を下げ、全身の力を抜きバットの先をキャッチャーに向けている。剣道で言う所の下段の構えだ。

これはおよそ打撃を知っている人間が取るフォームではない。

「あれじゃ反応は遅くなるし、満足に振り切る事も出来ない。全体の力だってバットには伝わり難い」

去年まではエースで4番だっただけに打撃も少しは得意だ。だからこそ、こんな構えで打てるとは微塵も思えない。

その期待はすぐに裏切られた。交代したばかりの加藤の155キロを軽々とスタンドに運んで見せる。

3打席連続〜!秋山のルーキー記録に並んだ〜〜!!

実況の言葉にも驚かさせた。パワフルズの秋山が打ち立てたルーキーでの3打席連続ホームランに並んだと言うのだ。

「しかし、いきなり打ち出したの。昨日までは新人にしちゃそこそこな成績やったんに・・・」

楽天ベンチでは野村監督が北嶋にボヤいている。

「昨日のアイツが呼び水になったかと推測しますが」

「フン、ウイングスのルーキーピッチャーか。いずれか戦い合う相手やからスコアラー付けとくかの」

結局その試合は楽天が打ち勝った。ヒーローインタビューに呼ばれたのは5打数4安打で3本塁打、5打点を稼いだ例の選手である。

「放送席、放送席。今日のヒーローは柳瀬僚選手に来てもらいました」

インタビューが始まる頃にはウイングスメンバーも戻って来ており、本来なら寝るはずだが、まだ起きている。

インタビューが終りに近付き、最後に一言を柳瀬は求められた。

「陣、見てるか?」

マイクを奪っていきなり名指ししてきた。思わぬ不意打ちに当の本人は聞こえるはずがないのに「ハイ、見てます」と、答えてしまう。

俺はお前には負けない!お前を打って、楽天からの二年連続新人王を出して見せる!!

あまりにも一方的で強烈な宣戦布告だった。

「柳瀬・・・僚か。分かった、勝負だ!不破先輩が獲れなかった新人王、僕が獲ってみせる!!

テレビ画面の先にいる彼の名を胸に刻み込む。

彼を感じたのは彼こそ終生のライバルになる事を直感したのかも知れなかった。




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