第15話
彼は大樹林を薙ぎ倒す大斧





ソフトバンクとの3連戦を2勝1敗で終えたウイングスはようやく地元の静岡に戻ってきた。対戦相手はロッテである。

6人でローテーションを回してるウイングスが祐希、ロッテは開幕投手を務めた新月が予告先発で発表されていた。

「OK、OK。littleなgretingをしてくるだけだって。終わったらちゃんとpracticeすっから」

英語を交えて里崎を振り切ると、新月は打撃練習中のウイングスに向かった。

「Hi!Leon.It's been a long time」

バッティングケージの中にいたレオンは相手が誰だか分かっているので、無視して練習を続けた。

「He is indifferent to what he」

「You have only a faint memory of English」

挨拶にそう答えて打球を外野に飛ばす。ケージの外から見ていて埒が開かないと思った彼は独り言のように言う。

「Is Colonel well?」

「・・・知るか。知りたきゃアメリカ帰れ」

日本人にアメリカ帰れとはおかしな話だが。ここにいて際限無く話しかけられても面倒なので、さっさと打撃練習を切り上げた。

「あー、最後に一つ良いか?」

「チームの内情と大佐に関する事以外なら何でも」

仕方なしに言語と話題を変えるとレオンは意外にも快諾した。

「うちのHoneyがお前等のブルペンにいるけど、何でだ?」

「・・・まぁ、そう言う関係なんじゃないのか?」

自分のチームにも関わらず、無関心のレオン。逆に新月はニヤリと良からぬ笑みを浮かべた。

「んじゃ、ちょっくらplayed a trick on himしてくるか」

「・・・obtrusive guyが!」

吐き捨てた言葉の意味は「出歯亀野郎」だった。









「大ちゃん久しぶりだね」

「そうだな」

「シーズン中だとこんな時しか話せないね」

「そうだな」

ロッテの練習時間からこんな調子である。喋ってるのはまきだけで、不破は相槌を打つ事に終始していた。

「まき・・・」

「何?」

隣を向くまきに不破が真剣な顔で言う。

「人前で大ちゃんは勘弁な」

彼女は頬を赤らめながら訂正した。

「俺、これに似たドラマ見た事ある」

「それって教育テレビ?」

見た目からして中学生の二人だ。相羽と陣がそう見てもおかしくない。

「確か芸能人が疑似恋愛する番組でデートしたんだよね」

「確実に雪山マジックだったけどな」

ヒソヒソ話してると不破が睨む。因みに仕掛け人はウイングス側が山本亮、ロッテ側が佐藤壮だ。

二人とも面白半分で瀬良に提案したのだが、後々にこんな展開になるとは夢にも思ってなかった。

「boys、todayはよろしく頼むよ」

出歯亀野郎がブルペンにやって来た。二人に軽く挨拶すると更に不破達の方に歩を進める。

「そこのlittle boy、オレっちの彼女を口説かないでくれる?」

口説こうとしてるのは明らかに新月だ。

「何ですか?あんた、いきなり」

「HAHAHA、まきちゃんもこんなチビよりオレっちの方が良いでしょ」

不破の言葉に耳を貸す様子もなく、新月がまきの肩に手を回す。

「ちょ・・・新月さん!」

嫌がるまきの視界にプルプルと震えてる不破の姿が入った。

「あちゃー、不破先輩キレてるよ。クールに見えて結構頭に血が昇りやすい人だから」

やり取りを見ていた相羽が呑気に言う。陣はどうしようかと思ったが、相羽に止められた。

「修羅場なんてそうそう見れるモンじゃないし」

レオンがいたら出歯亀2号と呼んだだろう。

「あんた・・・何やってるから分かってんの?」

「of couseだね。だからこんな事もしちゃう」

まきをグイッと引き寄せる。そしてそのまま自分の唇とまきの唇を重ねた。

うわっ!?

まさかそこまでするとは相羽は思ってもみなかった。ただ、陣はいち早く不破の元に駆け付けていた。

先輩!落ち着いて下さい!!悠、君も先輩を止めて!

不破が小さいから抑えられているものの、普通の身長なら既に跳ね除けられてもおかしくない。

貴様・・・許さんぞ!このアメリカ被れが!!

殴りかからんばかりの勢いで怒鳴る不破を陣と相羽が必死に止める。

あなたも早く自分のベンチに戻って下さい!

陣に言われて新月は肩をすくめる。

「ハイハイ、そうさせてもらいます」

まきの両足を抱え、お姫様抱っこで連れて行く。その仕草すらも不破を怒らせるものでしかなかった。

相羽、今日の試合で奴に打球をぶつけて殺せ!

物騒極まりない発言をしながら折り畳みイスに無理矢理座らされる不破。

絶対しろよ!しなきゃお前を殺す!

触らぬ神に祟り無しとばかりに全員がブルペンから待避する。逃げる最中に陣は相羽に訊ねた。

「本当にするの?」

「んな訳ないじゃん」

当たり前の答えだった。

「ちょっと・・・降ろして下さい新月さん!」

「ん〜、どうしよっかな〜?」

ケラケラ笑いながら降ろそうとしない。

「それにいきなりあんな事を・・・」

「I got irritatedんだよ。唯のチビのくせに」

ようやく降ろすとまきをベンチに座らせる。

「あ、キスしたのはまきちゃんがcute girlってのもあるけどね」

そう付け加えて里崎との打ち合わせに行った。

「あのスケコマシが。メジャー帰りだか何だか知らんけど、僕のちゃ・・・」

ロッテのブルペンでも箕輪が殴られた上に縛られている。殴った上に縛ったのは当然金だ。

「誰が僕のやら・・・」

金は箕輪を置き去りにしてベンチに向かった。









先攻ロッテマリーンズオーダー

1番ショート 西岡
2番セカンド 早坂
3番ファースト 福浦
4番センター 佐藤壮
5番指名打者 ベニー
6番ライト サブロー
7番サード 今江
8番キャッチャー 里崎
9番レフト 大松


1番セカンド 森坂
2番センター 山本亮
3番ショート 相羽
4番サード 湊
5番レフト レオン
6番ファースト 斉藤
7番指名打者 小金井
8番ライト 白峰
9番キャッチャー 今井


先発は前述の通り、新月と祐希。その祐希が初回を3人で無難に抑えた。

「そう言えば、練習の時にあの投手と話してたスよね?」

レフトから戻ってくるレオンを待ち構えて、相羽が聞いた。

「・・・本当は関わりあいになりたくないんだが、向こうから近付く分はどうにもならん」

「あの人と知り合いですか?」

「出来れば一生知り合いたくない奴だ・・・」

嫌々そうに語るレオン。当の本人はマウンド上で「Let's enjoy play baseboll」とか言ってたりする。

ベンチでようやく重い口を動かした。

「あんまり言いたくもないんだが・・・」

新月朔太郎

去年、ホワイトソックスが世界一になった折りの主戦投手が彼である。

元々は猪狩世代の一人で、高校時代は無敵のあかつきと同地区の恋々高校だった為に中央球界では全くの無名で終わる。

そして高3のドラフト会議前後に単身渡米。アンカレッジ・エキスモーズの下部球団にテスト入団。以降は実績を積み、2年と言う速さでメジャーに昇格。

ホワイトソックスに請われて移籍した後も主力として活躍していた。

「・・・世界一を達成し、日本に凱旋。典型的なアメリカンドリームだ」

そこまでを一息で話すと注がれたカップの水を飲み干す。

「凄く詳しいな」

「・・・職業柄調べなきゃならなかったんでな」

誰かが言った言葉にそう答えたレオンは経歴を喋っただけで、肝心な事には触れていない。

「・・・能力は超一級品だよ。見れば分かるさ」

その瞬間、新月の足が上がる。途中で止まったその姿はある人物を連想させる。それもかつて前身球団にいた投手だ。

「マ、マサカリ投法?」

大木を倒す姿に似ている事から命名されたマサカリ投法。

それが新月の投球フォームであり、元祖はサンデー兆治とも呼ばれるオリオンズ伝説の投手、村田兆治だ。

「マサカリ?確かにJapanにいればそうだったさ。But・・・向こうじゃ切り倒す姿がこう呼ばれたんだぜ。Grand Axってな!!

左腕からのストレートが里崎のミットに突き刺さる。球速は155キロを計測されていた。

「冗談だろ?」

森坂が驚くのも無理はない。テンポで押し切ると続く山本亮も三振に仕留める。

「参ったね。メジャー選手は余り記憶に入れてなかったらな・・・」

四の五の言っていられない。初球から打って行くしかない。


ガキィン!


打球はボテボテのサードゴロ。新月はそれを見て指を鳴らした。

OK!

ヘルメットを渡してグラブを付ける相羽は次の回の先頭打者になる湊に報告した。

「あのストレート・・・微妙に変化しました」

「ムービングファストか」

「・・・あいつは他にも持ってる。気をつけろ」

会話に横入りしたレオンの忠告を受け取る。

「しかし、今気を付けないといけないのはこっちのバッターの方だ」

昨年同様の4番に座る佐藤壮が掛布のフォームで構えていた。

「ムービングファスト・・・。厄介なストレートを主体にするみたいですね」

「先輩はムービングファストを投げれるでしたっけ?」

あの偽グライドスワローは封印したが、一応都は投げる事は出来る。落ちてたボールを拾うと、握ってみせた。

「握りと言うよりは縫い目重視ですし、微妙に変化すると言っても太一君クラスのミート力ならすぐに捉える事は出来ます。ですから・・・」

「どんな変化球を持っているか?それが次で分かる。・・・と言う事ですよね?」

陣の頭を良く出来ましたと撫でる都だった。

「ただ、その変化球が強力な場合、鍵を握るのは太一君じゃ有りませんね」

都の視線はレオンに注がれている。

「今日の試合、レオンさん次第になるかも・・・」

陣も同じ事を考えていた。




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