第17話
浅黄色の肖像





日本におけるケースBFについての調査及び中間報告


調査の為に球団に潜入して3ヶ月経つが、未だに内外でそれに該当する人物は見当たらず。

元より発生からかなり年数を重ねている為に当事者、目撃者共に皆無。このある程度の情報不足は承知の上なので調査自体に支障は無い。

少なくともOB連は知ってると思われ、今後はそちらを優先して行う。頭の固い連中ばかりなので説得には時間がかかるだろう。

出来れば自分以外にもう数人欲しい所であり、本部に人員の空きがあれば検討の旨、大佐が任務より戻り次第にお伝え願いたい。


追伸:チーム内でとても興味深い選手を見付けたので写真経歴等のデータを送る。





「フゥ・・・」

カタカタとキーを叩いていた手を休めて彼は一息吐いた。報告書を書くのは面倒だが、いちいち報告する為に本部に戻るのもバカらしくてやってられない。

そう思いながら数分前に淹れたばかりのコーヒーを啜る。かなり熱いが気にはしない。喉元過ぎれば何とやらだ。

「一応、例の件も大佐に報告するか」

休憩を終わらせ、彼はディスプレイ画面の報告書と格闘を再開する。書き上がる頃には夜も白み始めていた。









「レオンさん・・・遅いな」

「うん、あの人有り得ない程時間に正確だからね」

今日の試合で先発を任されている陣は早目に球場入りせねばならず、一旦相羽と別れて球場に向かう。

一人残って待っていた相羽だが、10分経ってもやって来ない事に不安になりだす。

「何かあったんじゃ・・・」

例えば、外国人には不慣れな納豆を食べて気絶したとかの可能性はある。電話を掛けても全く出ないので流石に心配になり、部屋に踏み込もうと考えた。

「レオンさ・・・」

ドアを開けると、既にユニフォームまで着込んだ恐い目のレオンがこちらを見ながら立っていた。

「・・・何をしている」

「えっ〜と、あの〜〜ですよ」

後退りをしながら機を窺い、隙を見て一目散に逃げ出した。いなくなったのを確認すると溜め息を吐いた。

「危なかったか。チームメイトと言えど、これを見られる訳にはいかないからな・・・」

手に持っていた英字で書かれた報告書を仕舞うと、相羽の後を追った。









草薙球場


「中村監督・・・打順を大幅に変えてきましたね」

「清原さんがケガしたからしょうがないだろうな。まぁ、気を使う打者が減ったと思えば良いさ」

陣が不破とメンバー表を見ながら対策を練る。その後ろを遅れて到着した相羽とレオンが通り、打撃練習に急ぐ。

「しかし、また先発に石田を使ってくるとはな」

「去年は仰木さんのマジックでしたけど、今回は何かの理由があるみたいですね」

陣達からメンバー表を受け取った湊と都が呟く。一番下の先発投手の所に「石田」と書かれてある。

去年もウイングスとオリックスの第1戦には彼が起用されていた。

「湊さん、右打者を並べさせるワンポイントと言うのは?」

「打者一人か。有り得るな」

「でも僕が監督なら石田先輩は悠や湊先輩に対するワンポイントで起用いますけど・・・」

「向こうの真意は分かりませんが、試合になればハッキリすると思います」

都の結論にそれが妥当だと意見が一致した。









「・・・・」

無言で打撃練習をするレオンは背後に気配を感じた。

「そろそろ来る頃だと思っていた」

「そりゃどーも」

浅黄色の髪と瞳をした外国人がそこにいた。

「何故、日本にいる?任務はどうした」

「大佐の指示だ。お前だけだと大変だろうから行ってこいってさ」

レオンが軽く舌打ちをする。なぜなら昨日の内に人員増強を提案したばかりだ。これ以上増えては逆に感付かれやすくなる。

「指示ってのもあったが、俺としてはお前と勝負したいのがあったし」

「確かに同じチームに居続けては真剣勝負なんて無理だからな」

彼が親指を突き立てて、その通りと言わんばかりのポーズをしてみせた。それに対して、レオンは視線を落とす。

「・・・相当に悪いのか?」

彼が日本に来て、任務ついでに自分との勝負を急ぐ理由をレオンは知っている。

「後1年、持つか持たないかだそうだ。これだから生まれつき貧弱な身体は・・・」

自分の身体を嫌悪して、彼はベンチに戻った。









先攻オリックスバファローズオーダー

1番センター 村松
2番セカンド 水口
3番指名打者 ガルシア
4番レフト アルフ
5番サード 中村
6番キャッチャー 金城
7番ライト ブランボー
8番ファースト 北川
9番ショート 阿部真


先攻静岡ウイングスオーダー

1番セカンド 森坂
2番センター 山本亮
3番ショート 相羽
4番サード 湊
5番レフト レオン
6番ファースト 斉藤
7番指名打者 小金井
8番キャッチャー 今井
9番ライト 白峰


中でも不気味なのは来日して初の出場にも関わらず、4番に座る先程レオンと話していたアルフだろう。

更にサウスポーである陣に対し、左投手が得意なバッターをオリックスは揃えて来た。このオーダーを複雑そうに湊が見ている。

「遺産・・・か。あの時と状況が似ている。名前が変わっても皆は誰かの為に一丸になれるチームだ」

大震災には嫌な思い出しかない。愛する人を失い、親友とは決別せざるを得なかった。

そのショックから立ち直る切っ掛けを与えてくれたのは他でもないこのチーム。その点に置いては湊には感謝してもし尽せない恩がある。

「だが、俺はまだ約束を果たしちゃいない・・・」

プレーボールの声が掛かる。感傷に浸るのはそこまでとばかりに村松の放つ痛烈なゴロを無難に捌いた。

続く水口をレフトフライ、ガルシアをセカンドゴロに抑える。

「石田先輩の先発起用、本当の目的は・・・」

いよいよ分かる。しかし、陣は気になる点がある。不破の言ったようなワンポイントならば、交代すれば出番はそこで終わりだ。

左殺しとまで言われる程、オリックスの先発マウンドを任された石田は左打者に強い。

先発ワンポイントと言う無駄とも言うべき使い方をするとはどうしても思えなかった。この間に森坂は初球を打ち上げ、ファーストフライに倒れた。

「取り合えずはこれで良し」

石田がマウンドを降りた。やはりワンポイントだったのかと確信するウイングスベンチ。

だが、その確信は大きく外れる。石田の歩く先が三塁ベンチではなかったからだ。

『ど、どう言う事でしょうか?先発の石田は退がらずにレフトに向かいます。しかし、中村監督は交代を・・・』

肩を回し、レフトからアルフが小走りでマウンドに向かう。途中ですれ違う石田からボールを受け取る。

「オリックスバファローズ、シートとオーダーの変更をお知らせします。

指名打者のガルシアに代わりまして石田が3番に入りレフト、レフトのアルフがピッチャー。

3番レフト石田、背番号13。4番ピッチャーアルフ、背番号1。以上に代わります」

場内アナウンスにどよめく。いきなり指名打者制度を捨てるのだから当然だろう。

そうか!3番ガルシアは初回の守りで指名打者制を放棄させる為か!

まんまとハメられた不破が口惜しそうに言う。

「指名打者を放棄するにはガルシアに一打席回さなければならない。

4番以降に置くと、放棄出来るのはかなりの確率で2回以降だ。だから初回で確実に回る3番に・・・。してやられた!

この交代で分かるのはウイングスに多い左の強打者は全て石田が担当できる事だ。

ただ、分からないのは野手として登録しているはずのアルフの投手としての実力である。

「あいつは元々、投手出身だ。打者もやり始めたのは大佐の助言に従ってからだ」

野球選手としての幅が広がるから。そう言われてアルフが野手の、自分は投手の練習をさせられたのは懐かしい思い出である。

「その結果で分かったのは俺に投手の適正はなく、アルには野手としての才能もあった事・・・」

自分は凡才、アイツは非凡。何度も何度も思い知らされた事実だ。

どよめきの中で、山本亮を打ち取ると再びレフトに戻る。代わってマウンドに向かう石田に言う。

「あのバッター、俺が相手するまでもないな。次からは君が投げてくれ」

「分かったよグレーデン。下位打線は任せる」

任務了解とばかりにボールを渡す。マウンドに戻った石田に相羽が対した。

「リリース点も軌道も変化幅も全く同じ。違うのは球速のみのカーブを操る石田さんか・・・。配球を頭に入れててもハイ、そうですかと打つのは難しい」

それに加えて問題がある。

「うりゃさ得意んはあるさぁ」

理解不能な琉球語でささやき続ける金城がいた。おかげで集中出来そうにない。

「カーブ・・・いや、スローカーブの方か!

相羽も二種類カーブの見極めが出来ずに簡単に打ち取られる。

「参った。あれは相当に時間が掛かりそうだ」

見極めさえ出来れば打つ事は可能だった。一方のベンチではレオンが陣に話しかけている。

「陣、あのアルフレド・グレーデンはガルシアと清原の代わりを務めて、まだお釣りが来る奴だ。言っても無駄だが気を付けろよ」

言っても無駄なら言わないで欲しかったと思う陣。アルフに余計な気の使い過ぎになりかねない。

「それでも負けたくない。僚くんと戦うまでは・・・」

今のこの時間も彼は打席に立っているだろう。あの強烈な宣戦布告は陣に存在していなかったライバル心を植え付けた。

高校時代、2年夏の予選で水野に負けた時や春の優勝、天に負けた時でさえ涙を流すチームメイトとは一線を画していた。

まるで野球を義務感のみで行い、冷えきった眼で仲間を見ていた。

「正直、あの時の僕は野球が嫌いだった。右も左も僕を見ていない・・・。皆が見てたのは岩井大輔の弟だけ」

陣はそれが一番嫌いであった。兄と比べられるのは苦痛でしかない。それにもう一つ理由がある。

「多分、全力を使って倒す相手がいなかったからだ」

その結果が天に不覚を取ったとしてもだ。

「生まれて初めて勝負して勝ちたいと思えた・・・。だから僕は僚くんに勝ちたい!

その為には目の前の敵を倒す。それも出せる限りの範囲で。147キロのストレートが真ん中低目に決まる。

球筋を見ていたのか、アルフは暫くキャッチャーミットを凝視した。

「流石にダイスケ・イワイの血縁者だ。大佐が実兄に注目してたのも頷ける」

どうするべきか考えたが、取り合えずヒットを打とうと得意なフォームで構えた。

「あれはレオンがソフトバンク戦で見せた・・・」

初芝清の打法だ。それを野手達は知っているが、試合の記憶が飛び飛びの陣は全く知らない。

「相手がどんな打ち方でも投げるのはこのストレートだ」

今度は真ん中高目に決まる。バッターボックスの彼は苦笑せざるを得ない。

「意外に真っ直ぐな性格だな。この程度で抑えられると思っているのか?」

だとすれば大した自信家だとアルフは感じた。次の球は最悪でもバットに当てなければならない。

「あの程度のファストボールなら向こうには吐いて捨てる程いたさ」

しかし、陣が投げたボールはストレートではなくドロップカーブ。タイミングが完全に狂い、バットは空を切る。

「ストレート3球で抑えていけるとは思ってない。ひとまず、この打席は勝てた」

ベンチに帰る陣をアルフは面白そうに見つめた。

「全く・・・楽しませてくれるな、レオ。お前のチームは」









この試合の様子をスタンドで一人の青年が見ていた。本来被るエンジ色の帽子では目立つので、ウイングスの帽子を被っている。

「はてさて、監督さんが言ってたルーキーピッチャーはどの程度かなっと」

音符マークを浮かせつつ、観客席のイスにドカリと座る。彼は右手でボールペンを回し、スコアブックにKの文字を書き入れた。




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