第5話
えっ、まだ試合しないんですか?





何がどうなってる。

オレンジ一色で埋まった観客席、手渡されたグリーンの帽子とスカイブルーのユニフォーム、背中にはご丁寧にFUWAのローマ字と11の番号があった。

ここは政明の商談場所じゃないのか?

「ああ、確かにここは商談場所さ。ただし、君達ウイングスの選手の将来も左右する商談場所さ」

政明のそんな声が聞こえてきそうだった。




商談場所:またたびスタジアム
商談相手:キャットハンズ
商談内容:パリーグ参加チームを決める入れ替え戦





それが政明の言う商談だ。僕を料亭に誘ったのも何の事は無い、口実をつけて試合に参加させる為だった。

「帰りたい・・・」

今の気持ちを率直に表せと言われたらそう言うに決まってる。僕は森坂と一緒に午前9時にホテルを出た。出ると目の前にはいつぞやのリムジン。

それに乗ったまでは良かった。やはり、途中で気付くべきだった。商談と言うからにはビル街のあるオフィスでするものと相場が決まってる。

そうであるにも拘らず、リムジンはドンドンと市街地を離れて郊外に向かって行った。リムジンの中に不自然なまでに置いてあったバットケースにも

気付くべきだった。まさか車内の小型冷蔵庫の中にバットやグローブと言った野球用品一式が入ってるとは夢にも思わなかった。

そんなリムジンはまたたびスタジアムの目の前で停車した。降りると、

「今日は試合のほどよろしく頼むよ」

と、運転手に言われてようやく僕はハメられた事に気付いた。森坂の方は久し振りに試合が出来るとか言いながら、喜び勇んでダグアウトへ走っていた。







「お兄様?」

「何だ?」

観客席の一角では政明を初めとしたウイングスの経営陣が陣取っていた。

「どうしてこんな試合をいきなり組んだのですか?」

薫の問いに政明は少し悩む素振りを見せてから答えた。

「ウイングスを初めとした新規参入球団を入れるとパが10チームになるみたいだから入れ替え戦で今まで通りの8チームにするって

(能無しの)コミッショナーが言いやがって・・・。まぁ、対戦相手は(その能無しに)金を積ませて今季の最下位のチームにしたから大丈夫だろう」

よくよく考えればウイングスは湊を除けば未だにドラフト指名選手としか契約を結んでいない。言ってみればアマ主体のチームなのである。

「勝負事はね、負けると思った奴から負けていくんだよ。経営にしてもそうさ。取りあえずは選手達に任せてみようじゃないか」

オレンジ一色で埋め尽くされたキャットハンズファンの中で、政明達の被っているウイングスカラーのグリーンの帽子は激しく浮いていた。







「あれっ、おチビちゃんも来たんですか?」

意外そうな目で葉山は僕を見ていた。既にユニフォームに着替え終わっている彼女に向かって反論の言葉を口にする。

「来たんじゃなくて連れて来られたんだよ。そうじゃなかったらこんな所に来ないよ」

「ですよね〜。おチビちゃん呼ぶ位なら冬哉を呼んだ方がまだ戦力になるし」

冬哉は小金井さんの下の名前だと言う事は後で知った。そんな言い争いをしていると龍堂監督が全員を呼び集めた。

「いきなりの事でみんなは寝耳に水だったと思うが、これも来シーズンから野球をする為だ。今日の試合はよろしく頼むぞ」

そう言うと続いて先発オーダーを発表した。


1番 セカンド   森坂
2番 ライト    朝長
3番 レフト    清水
4番 サード    湊
5番 ファースト  斎藤
6番 センター   笹津
7番 キャッチャー 今井
8番 ショート   中村
9番 指名打者   原田
先発 ピッチャー  空閑


やはりと言うか何と言うか・・・ドラフト指名選手でほとんどのメンバーが構成されている。そして控え投手に僕と葉山を置く布陣だ。

「なーんで、先発が私じゃなくて空閑なのよ!」

怒り心頭の葉山はなぜか僕に八つ当たりをしている。それを聞いたのか、空閑さんが葉山に言った。

「性格難のあるお前だと打ち込まれた時が不安なんだよ。それに今の時代、先発完投なんて滅多にあるもんじゃない。

監督はこの試合お前にロングリリーフを任せたいんだよ。140キロ後半のストレートにあのスライダーは短いイニングなら脅威だからな」

葉山を上手く丸め込むと空閑さんは今井さんとサイン等の打ち合わせを始めた。

「だってさ」

ここぞとばかりにお返しの皮肉り口調で言ってみたけど軽く無視される。

「期待されてるんならしょうがないかー。空閑、後ろは私に任せて初回からビュンビュン飛ばして早めに私と交代してね」

こうも簡単に自分の意見を覆すとは・・・なんとも単純な奴だ。







『ただいまより両チームのオーダーを発表します』

ウグイス嬢の放送に耳を傾ける。ウイングスのオーダーはさっき聞いて知っている。問題はキャットハンズのオーダーがどうなっているかだ。


1番 レフト    藤原
2番 センター   比留間
3番 ファースト  向田
4番 指名打者   茂木
5番 サード    保土ヶ谷
6番 ショート   平倉
7番 セカンド   真鍋
8番 キャッチャー 米良
9番 ライト    長谷
先発 ピッチャー  三村


『以上でございます』

「あーあ、やっぱ予想通りフルメンバーで来たなぁ・・・猫の手軍団も」

「それは僕に『それも言うならキャットハンズだろ!』と言うツッコミをして欲しくて言っているのか?」

「あ、そう聞こえちゃった?別にそんなつもりはないんだけどね。相変わらず頭が固いね〜。お酢を飲むと軟らかくなるらしいぜ」

バックネット裏では野球帽にサングラス、マスク付きと言うあからさまな変装をしている二人組がいた。

「それ以前に僕はともかく君は秋季キャンプ中だろ。こんな試合を見てる暇があるのか?」

呆れ返ったように巨人の帽子を被った方が言う。

「あぁ、俺の方は免除だわ。あんな地獄みたいな所で練習してケガして強制送還ってシャレにもならないし」

軽い調子でキャットハンズの帽子を被った方は答えた。そしていきなり賭けを持ち出した。

「なぁ、この試合どっちが勝つか賭けねぇ?」

「不謹慎だろ。・・・キャットハンズに1万円」

呆れを通り越して溜め息しか出ない巨人帽だったが、ちゃんと賭けに乗っている。

「結局やってるじゃん。だったら俺はウイングスに1万500円(税込み)な」

不敵な笑みを漏らすとグラウンドの方へ目を向けた。

「さてさて、どっちが勝つかお楽しみ・・・ってね」

キャットハンズ帽の男は独り言のように呟くのだった。







3塁側のベンチ前で湊を中心としたウイングスの選手達が円陣を組んでいた。

「俺達は今日勝たなきゃ先はない新球団だ!全力を尽くすぞ!!ウイングスー

ファイ!

音頭を取った湊に続くように全員が声を出した。そしてトップバッターである森坂が打席に向かう。




プレーボール!




主審の右手が高々と上がった。




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