第21話
魔王と従者





季節は初夏、月日で言うなら5月27日。

天気は日が燦々と照る快晴。更にデーゲーム、気温はかなり高い上にマウンドにいれば余計に暑く感じる。

「何でこんな所で試合するの?」

今日の先発である陣がマウンドの土を蹴る。プレーボール直前にも関わらず、既に汗だくだ。

「キャンプ張ってる恩返しで交流戦やシーズンの数回はここでするんだってさ」

第一ボタンを開けて胸に空気を入れる相羽。

「みっともないからボタンを填めろ」

「先輩が言っても説得力無いです」

たしなめる湊に反論した。それもそのはずで、湊はグローブを扇代わりにパタパタさせている。

「暑いのは向こうも同じだ。涼みたければさっさと試合を終らせるぞ」

「「うい〜す・・・」」

守備に散るウイングス。ビッグNと言う名の長崎県営球場で広島との試合が始まった。









試合終了!最後は都が新井をライトライナーに打ち取って、ウイングスが昨日に続いて勝ちました』

試合時間、実に2時間5分。13時に始まったので、まだ15時を回ったばかりだ。

「湊先輩、ヒーローインタビューはお願いします!」

7回2失点でインタビューに呼ばれていたが、3安打2打点の湊に譲る。

僕、行く所有るんで!

アイシングを外し、さっさと荷物を纏めてベンチを出る。

市内のホテルに戻るや荷物を部屋に投げ置き、着替えとそれを入れるバッグだけを持って駅に急いだ。

「ギリギリっぽいなぁ・・・」

試合を早く終わらせたかったのは暑いのが嫌いなのもあるが、行きたい場所があるからだ。

「間に合うと良いけど」

長崎から向かう先は一つしかなかった。









ヤフードーム


「師匠〜、さっきから動いてないけど等身大人形と入れ替わってませんよね?」

ミットをバシバシ叩いて語りかけるが相手の返事は無い。

「・・・レンか?」

「それは30分前にも聞きました。って言うか、レンは30分以上前から隣にいるんですけどね」

驚いた様に隣を見るビリジアングリーンの髪の選手。存在自体を完全に忘れていたようだ。

「移籍してきて思ったんだけど・・・師匠っていつも何考えて生きてるの?」

「それはお前もだがな」

盛り上がるスタンドのファンが手を降るのが見えて、片方は立ち上がって手を振り返す。

小豆色の短いツインテールをヘルメットで隠す。

敵地にも関わらず、小悪魔風な笑みを浮かべつつも堂々と歩くその姿は、魔王の従者にいそうな魔法少女だ。

「1番、キャッチャー憐。背番号22」

元気良く打席に向かう彼女。ウイングスの試合終了から丁度3時間、福岡でドラゴンズとソフトバンクの試合が始まった。

「間に合った。まさか、また天神に行っちゃうなんて・・・」

多分、そこしか彼は知らないのだろう。チケットを確認して陣は三塁側内野席の最前列に座る。

「打順は・・・」


先攻中日ドラゴンズオーダー

1番キャッチャー 憐
2番ライト 鈴村
3番センター 福留
4番ファースト T.ウッズ
5番レフト アレックス
6番指名打者 立浪
7番サード 渡辺
8番セカンド 荒木
9番ショート 井端
先発ピッチャー 岩井


後攻ソフトバンクホークスオーダー

1番センター 大村
2番ショート 川崎
3番レフト カブレラ
4番ファースト 松中
5番指名打者 ズレータ
6番キャッチャー 天
7番ライト 宮地
8番サード 松田
9番セカンド 仲澤
先発ピッチャー 杉内


「あれだけ不調なら打順下げるよね。去年はここでコケてるし、落合さんも慎重なんだろうな」

開幕戦は3番を打っていた井端がラストに置かれてる。恐らくは4月の不振が原因だろう。

代わりに野口のFA移籍による人的保証によって新加入になった浅間憐を1番に置き、友光の球を受けてはいたが、

彼の移籍により捕手を完全廃業した鈴村を2番に置くと言う全く新しいオーダーを落合監督は交流戦から試していた。

「あの人は兄ちゃんと久遠先輩を受ける時以外は外野してるから厄か・・・」

何故かそこで言葉を切った。

「何か、自分が説明口調で言ってる気がする・・・」

悩む間にファールボールが真近くに落ちるが見えていない。

「気にしたら負けだ。きっと」

結論を出し、観戦に集中する。いつの間にか憐が出塁し、鈴村がすかさず送りバントを決める。

「この辺は今までと同じなんだよね」

憐が出て、足で揺さぶる。鈴村は粘り、送りバントやエンドランで援護する。

今まで荒木と井端がやって来た事をそのまま実践していた。

「ハ〜イ、鈴ちゃん上出来。後はこのレンとドメさんに任せといて」

2塁ベース上でヘルメットのツバを二度触った。それは彼女なりの盗塁の合図。2塁にいるなら必然的に三盗だ。

「オイオイ、マジかよ」

「変化球なら盗塁成功。直球なら打っても構いませんよ」

視線だけで福留と会話する。その福留の微妙な動揺を絶対心音の持ち主、天は感じ取った。

「ランナーとバッターの間で何かしらの交換があったな。・・・面白い」

杉内に外にウエストするようにサインを送る。福留は左打者なので、盗塁は刺しやすい。

「仕掛けてくるならこっちにも考えがあるんだよ」

初球が大きく外れた。憐はスタートしたのかと思ったら、2塁につっ立ったままだ。

話が違うぞ!

「ゴッメーン。ドメさんがカッコ良すぎて見とれてた」

福留の鋭い視線なぞ何処吹く風で謝るが、福留をカッコ良いと言い訳する辺りに誠意は全く感じられない。

2球目も3球目も同じ事を繰り返す。その度に察知した天がウエストする。

「バカ天・・・。まんまと憐先輩の術中にハマったな」

陣は溜め息を吐く。こんなのが少し前のライバルとは思いたく無いものだ。

最も、今は柳瀬と言う未対決ながらも強敵がいるので大丈夫だが。

「ノースリーだからボール球投げれば即4番。勝負なら絶対ストライクゾーンに投げなきゃいけないからリードは大変。

レンってばあったま良い〜!」

自画自賛しているが、それだけでは無かった。何とこのタイミングで三盗を仕掛けて来たのだ。

天は当然無警戒。楽々と3塁を陥れ、ウッズの犠牲フライで生還って来る。

「師匠、約束通り一人で点を取って来ました。これで約束の・・・」

「違うな。正確には“ほぼ一人”だ。ホームラン打って出直してこい」

何の約束をしていたのか定かではないが、魔王はあっさり反故にしてしまう。

しかし、女性相手に日本有数の広さのヤフードームでホームランを打てとは酷過ぎる条件だ。

「第一、お前と話すと知らない内に饒舌になる。しばらく黙っていろ」

キャッチボールを終わらせ、岩井がマウンドに向かう。反故にされて少々ヘコみ気味の憐に鈴村が声を掛けた。

「ドンドン話しましょう。友光さんが移籍して元の冷酷魔王に戻りつつありましたから。

フランクな明るい魔王様に俺とあなたでさせて見せましょうよ」

パッと明るい表情を取り戻して彼女は言った。

「鈴ちゃんは外野でしょ?二つの意味で」

けなされた鈴村の怒りを聞く前にホームに向かう。









「先輩からもらった席は外野自由席だけど、この辺で良いよね」

外野まで行くのは面倒だし、熱狂的な他球団のファンに囲まれるのは好きではない。

彼女は陣が座っている隣に腰を降ろし、ふと声をかけた。

「えっと・・・ウイングスの岩井陣よね。どうしてここに?」

兄しか見ていなかった陣は質問に対する反応に遅れた。

「そうですけど。そう言うあなた・・・わぁ!」

信じられない顔をした。自分は無理をすれば何とか福岡に来れる。しかし、隣に彼女がいるのはどう考えてもおかしい。

「成実先輩?」

ライオンズ新守護神、朝比奈成実がそこにいた。

「いちゃ悪いの?」

「悪くは無いですけど、ライオンズの試合は?今日はインボイスだったんじゃ・・・」

睨まれて萎縮する陣。自分がいる理由を成実は話した。

「今日の先発」

「へ?」

「あの人が投げていれば私の仕事は無いから」

今日の試合で阪神相手に完封劇を演じた友光の事を暗に指していた。

「それに来ないと先輩が煩いし。『チケット上げたのに来ないなんて・・・レンの事嫌いなのね!』とか言われた日に限って・・・」

何をされるか分からないと彼女は言う。

「先輩って誰?」

大体の予測は付いているが、念の為に訊ねた。

「浅間憐」

その先輩のリードでソフトバンクは三者凡退。陣は特に見るべき物もないので、一旦席を外した。

「先輩って事は高校時代のかな?悠もそうだけど、成実先輩も謎な点が多いし」

人の過去はあんまり詮索したくない。自分がされて嫌な事はやらないと心に決めていた。

「・・・っとそろそろチェンジか。次は天相手に兄ちゃんが投げるから見ないと」

席に戻ると成実はペットボトルのお茶を飲んでいた。

「そう言えば最初の質問に答えて貰ってないわ」

「どうしてここにいるか。・・・ですか?」

無言で頷く。向こうの理由を知って自分が言わないのでは割に合わない。

「強いて言うなら約束です。兄ちゃんとの約束・・・」

それでも内容が見えてこないが、聞けただけで良しと彼女は考える。

「まぁ、僕が一方的に約束って思ってるだけで、兄ちゃんは知らないと思う」

付け加えた言葉に嘆息し、成実は呟く。

「あなた・・・バカ?」

言ってる間に松中とズレータが三振する。魔王が妖童を冷たい視線で睨んでいた。

天を見上げると憐がタイムを取ってマウンドに向かう。

「・・・何の用だ」

冷たくあしらう岩井を心外そうに憐が見た。

「弟さんの初失点&初被本塁打は彼ですよ?」

「それは今、関係ないだろう」

「またまた無理しちゃって・・・。敵討ちと洒落込みましょうよ」

落合を舌先三寸で丸め込み、まんまと清水将から専用捕手の座を奪い取った彼女には正直付いていけない。

会話するだけで疲れるのだ。訳の分からない言動に振り回されてばかりいる。

「嫌ですね。喜怒哀楽とか感情表現が豊かだ言って下さいよ」

また脈絡の無い事を言って話を摺り変える。かつての同級生、柚木もここまで酷ない。

「はぁ・・・。何か勘違いをしてるようだから、この際に言っておく。僕はこのマウンド上にいる限りは彼を弟とは思ってない。

だから彼の敵討ちだとかそんな気持ちは毛頭無い。奴を潰そうとしてるのは奴がチームの要のキャッチャーだからだ」

「グラウンドの司令塔を潰せば、後の展開を自由に運べる。

・・・私、師匠は好きですけど、叩くだの潰すだのは好きくないです。姑息な感じがするので」

自分の意見を言うだけ言って、ポジションに帰る。しかし、この打者の自信を喪失させるのには大賛成であった。

「師匠の弟さんを苦しめたらしいですし」

それだけの理由である。しかし、陣とは交流戦でまだ対戦してない上に面識もないが。

「選手名鑑で見る限りはカワイイ顔をしてるのよね。流石は師匠の弟さん」

マウンドで岩井がフォームに入っている。いつものように美しい程のクラシックワインドアップ。

憐のミットが構えた先はど真ん中であった。




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