第24話
絶望の中に輝く光





交流戦も残すは今日で丁度10試合になった6月の8日は木曜日。

週末に横浜、来週は広島と巨人と言う余りにも恵まれた日程にウイングスとしては感謝をせずにはいられない。

余力で戦える程度の相手故に、今戦っている相手には全力を出しても構わない。

むしろ、全力で掛からないと3タテ―――5月分も含めると6タテになる可能性が大だった。


対戦相手、中日ドラゴンズ

対戦投手、昨年の新人王久遠ヒカル









「てか、表ローテの中日と当たる事自体間違ってんだよ!!」

ベンチで絶叫しまくる相羽。即答で「五月蝿い」と返される。

確かに火曜日は岩井大輔の前に1安打完封負け。(しかも唯一のヒットは湊のサードへの内野安打)

水曜日は川上に5安打1得点で競り負けていた。

「不破先輩達が休めたからそれはそれで・・・」

一応ベンチ入りしている明後日先発予定の陣。気休めにしかならないのがいささか寂しい。

更にウイングスはこの試合、厳しい立場に置かれていた。先発の空閑がまだ3回だと言うのにマウンドにいないのだ。

代わりにいるのはスクランブル発進を余儀なくされた不破である。

「目的は分かっている。こちらの戦力を削る気だ」

一塁塁上に立つ選手を睨む。そう、ウイングスとの試合には必ず出場でくる彼によって空閑は退場に追い込まれたのだ。

「潰される前に止め・・・いや、潰す!!

不破の決意を知ってか知らずか、ジルベルトは不適な笑みを漏らした。


先攻中日ドラゴンズオーダー

1番キャッチャー 憐
2番ライト 鈴村
3番センター 福留
4番指名打者 T.ウッズ
5番レフト アレックス
6番セカンド ジルベルト
7番ファースト 渡辺
8番サード 森野
9番ショート 井端


後攻静岡ウイングスオーダー

1番セカンド 森坂
2番センター 山本亮
3番レフト レオン
4番サード 湊
5番ショート 相羽
6番ファースト 斉藤
7番指名打者 小金井
8番キャッチャー 今井
9番ライト 白峰


「レン、ハッキリ言ってアイツ嫌い」

ベンチで憐は小豆色の髪を編みながらぶっちゃけた。どうも今日の髪形を三つ編みしているらしい。

彼女は意外な程正攻法を好む傾向にある。だからこそジルベルトのように故意に相手をケガさせる奴は許せない。

「味方なら送球にかこつけてぶつけたって問題無いよね」

「いや、大有りですよ」

久遠の放つツッコミを無視して憐は三つ編みヘアーを完成させる。

この会話の間に二盗を敢行したジルベルトが早速森坂の足を削って負傷退場に追い込む。

その後、森野のセンター前ヒットで2塁から3塁に向かい、

更に暴走気味に回ったジルベルトはホームに突入して今井に体当たりを食らわせるとこれも退場させた。

「セカンド交代!キャッチャー交代!」

慌てて龍堂が交代を告げる。森坂に代えて荻原を、今井に代えて原田を送り込んでこの場を取り繕う。

「一気に二人離脱カ。マァ、数は少ない方ダガナ」

不適なジルベルト。試合は3―1でドラゴンズリード、6回表の攻撃を迎える。

この殺人鬼を塁に出さなければ良いだけの話だ!

不破は全力を持って抑え込みに掛かる。一方のジルベルトも自信を覗かせていた。

「あの程度の投手ならすぐにイチコロダ」

軽く打ち返すだけでは面白くない。彼は打球を誰かに当てて退場させたいのだ。不破が投げたのはアウトコースのスローカーブ。

ジルベルトはこのボールをバットの芯で捉えるのではなく、ワザと外した先端で捉える。

去年の借リ、返させて貰ウ!

狙うのはチームの要の湊だ。

しかし、殺人打球でも守備範囲内なら軽く処理出来る彼をどうやって負傷させるつもりなのだろうか?

ジルベルトはタネを明かす訳でも無く、一塁に向かうポーズを見せる。




最初に視認が出来た時点で打球はスタンドには入らないものの、ファールゾーンに大きく傾いている。

追い付こうにもライナーが高い位置で飛んでいるので捕球は無理だ。

―――湊は瞬時にこれらの事を判断し、そう結論付けた。


相手は左の不破先輩に対して右バッターボックスに入っている。

その事を踏まえ、引っ張る打撃への対応の為にいつもより深く守っていた。故に湊先輩よりは打球を長く目で追う事が出来る。

―――相羽は打球の変化にいち早く気付く事になった。


最初は三塁ベンチに座る自分達を狙ったかように思えた。

だからこそ打球がフェアグラウンドに戻って行った時に胸を撫で下ろす。しかし、聡明かつ美しい自らの頭脳が危険を告げる。

―――レンは敵チームのサードに向かって叫んでいた。







「「危ない!!」」

計らずも二人の声が重なる。何事かと思う湊だが、ショートと三塁ベンチから聞こえた声は左右どちらの耳にも入って来た。

これではどっちに反応して良いか分からない。

取り合えず相羽の方を向こうとした瞬間、黒き殺人鬼の放った悪意が彼の死角から唸りを上げて襲い掛かった。

―――っ!!

不意に背中に電流が走った衝撃を受け、湊はその場に蹲る。その正体が打球なのはすぐに理解出来た。

・・・クソッ!!

痛いのは承知だが、それでもやるべき事がある。大きくスライスしてきたであろうこのブーメラン打球を処理せねばならない。

塁審はフェアを告げているし、ジルベルトを野放しにする訳にもいかない。ボールを拾い、投げようとしたまでは良かった。

しかし、背中に再度電流が走るような痛みが貫き、スローイングを不可能にさせた。

「狙っタのは背中の中デモ筋肉と言う鎧が絶対に付かない部分・・・。そう、背骨ダヨ」

一塁ベースでジルベルトは首を掻き切るような仕草をする。目聡い不破はそれを見ていたが、無視した。

「怒るのは簡単だ。このままファーストに向かえば良い。でも、な・・・」

不破はサード方向を向き、湊の元に駆け寄る。不破が行く頃には自軍ベンチから出動したタンカも到着していた。

「大丈夫だ。これ位で、退く訳には・・・っ!」

立ち上がろうとするも、やはり痛みが酷いらしく直ぐに片膝をついた。

「無理しないで下さい。あなたが長期間抜けたらウチのチームはどうなるんですか?

程度の低い今ならまだ間に合います。退いて下さい・・・頼みますから」

そう言いつつも不破は相羽に湊をタンカに乗せるようにアゴで指す。

「でも、実際どうするんですか?ウチは湊先輩の代わりにサードに入る選手はいませんよ?」

相羽の言ってる事は事実だ。湊が不動のレギュラーである為に換えが利かない。

それでも一応二人はサードが守れる選手がいる。そう、現在セカンドを守る荻原とショートを守る相羽本人であった。

「クロードを呼ぶしかないな」

明日の先発でもあるが野手として使わざるを得ない。

彼をショートに回し、相羽をサードに入れるしか最善の方法は見付からないと龍堂は結論付ける。

「・・・・」

一方、タンカで医務室に運ばれる湊を陣はただ呆然と見ていた。

「あの人、どうしてあんな真似が・・・」

それも平然と。あんな選手が自分の兄と同じチームにいるのが納得出来ない。

例え真っ当な理由があっても自分は納得しないだろう。

「兄ちゃん・・・」

あんな奴を兄のチームに置いておくべきじゃない。くしくもその意見はレンと一致している。

陣は自分でも気付かない内に立ち上がり、守備の交代を告げようとした龍堂の眼前に出ていた。

「サードには僕が入ります」

彼は恐らく気付いていなかっただろう。その宣言をした言葉の声質と表情は実兄がマウンドで見せるのと同じように冷たかった。

「しかし、お前は左利きのはずだ。クロードも左利きのショートだったが・・・」

委細構わず陣は言葉を続ける。

「問題は無いです。・・・湊先輩!」

湊の元に走り、声を掛けた。

「先輩のグラブ、貸して貰えませんか?」

少しの俊巡の後、湊は答えを出す。

「分かった。俺の分まで良いプレーを見せるんだ」

今度はパッと明るい表情を見せて、陣は湊のグラブを借り受けた。

それでも湊のは右利き用のグラブであるのには変わりはない。左利きの陣には不適合なのは火を見るより明らかだ。

しかし、次に陣が発した言葉は彼等の理解を遥かに越えていた。

「僕は・・・元々右利きです。だから、問題は無いんです」

全く普通に。右利きの選手が全く普通にグラブを装着するように。

陣は利き腕の左手にグラブを装着する。その姿には何ら問題点は見られない程に似合っていた。




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