第28話
それこそ求めた行き行く瞬間





ロッテとカイザースの激しいデットヒートの末にカイザースの優勝で終わった交流戦から数日後、

静岡に乗り込んで来たのは、仙台に本拠を構える新規参入2年目の東北楽天ゴールデンイーグルス。

同じ新規参入組のウイングスのライバルとも言うべき相手で、昨年は安打製造機たる湊と

本塁打量産機たる北嶋の三冠王争いに加え、不破と水野の新人王争いの直接対決を演出していたカードであった。

そして、今年は今年で新たな戦いが始まろうとしていた。

ここまで12試合に登板し、8勝負け無し。防御率は驚異の2.19を叩き出し、

奪三振数は126個(全て交流戦終了までのシーズン消化時)を誇るルーキー左腕の陣。

片や、打率.278、本塁打17本。

打点56を稼ぎ、盗塁も11個(全て交流戦終了までのシーズン消化時)決めている同じくルーキーの柳瀬。

この両者が遂に初対決の時を迎えていた。

「あかんのぉ・・・。柳瀬や北嶋ならあのルーキー、何とか打ち込めるんやが他がのぉ・・・」

いつものボヤキが監督の野村から漏れる。去年よりはマシとは言っても、まだまだ物足りない。

そう言った意味では柳瀬の活躍は嬉しい限りではあるが。

「監督、そろそろミーティングですので準備を」

「分かっとるわい」

やれやれと立ち上がり、宿泊ホテルの大広間に向かった。









既に選手は揃っているらしく、野村は自分の定位置の席に座る。座ってからある選手がいない事に気付いた。

「柳瀬がおらんが遅刻か?」

「宿敵との対決を控え、集中したいと申し出た為、自分の独断でミーティングには参加させませんでした」

淡々と言ってのける北嶋。絶大なる信頼を北嶋に寄せている野村はその独断を追認すり形を取る。

「ま、余計な小細工入れん分は純粋な勝負が出来るやろ。あれこれ言うても全部右から左やろしな」

独りごちてミーティングを始めるように促す。

今日の主題はルーキーにして左のエースとなりつつある敵の先発、岩井陣を如何に攻略するかであった。

「岩井陣専任ウイングススコアラー、金谷。報告せい」

「分かりました。まずはこれを」

やおら立ち上がり、金谷は映写機のスイッチを押す。すると大画面に陣の姿が写し出される。

「岩井陣。その経歴等は今更言うまでもないでしょう。

持ち球には高速のスライダー、縦のカーブ、スクリューに時折チェンジアップらしき球まで持っている事が判明しております」

その言葉と同時に画面が変化球を投げる陣に切り替わる。

「特に持ち球で一番危険なのはほぼ決め球になっているストレートでしょう。

中には異常なまでにホップする時があり、例え直球待ちでもホップストレートは当て難いと推察されます」

再び画面が変わり、天・ズレータとのソフトバンク戦、アルフ・金城とのオリックス戦、

更には交流戦でカープやベイスターズを相手にライトニングショットを投げる陣の映像になった。

「現時点に於いては日本ハムの八木と同格、もしくはそれ以上に警戒しなければならない相手であり、その攻略は考えられます」

誰かの舌打ちが聞こえた。八木と言い、陣と言い、どうしてルーキーでエースクラスがいるのかが不思議でならないのだろう。

「ここまでで質問のある奴おらんか?」

ゆっくりと手が上がる。周りの視線が集まる中、その主は金谷に質問した。

「困難ーーーと言ったな?

それは『かなり低い可能性ではあるが、攻略出来ない訳ではない』と、解釈しても支障は無い訳だな?」

「もちろんです。彼の最大の弱点は既に発見しています」

たった1球でアルフの癖を見抜いた男が確信を持って言う言葉だ。信用出来ない方がおかしかった。

「そんなら言うて貰おか。岩井陣最大の弱点とやらをな」









彼はドアの前で佇んでいる。黒い髪とやや吊り上がった黒い瞳を持ち、頭上には燦然と輝くタンコブが3つも連なっていた。

「うぉぉぉぉぉ。本気で叩くか普通・・・。

確かにミーティング中に爆睡こいた俺も悪ぃけど、全力全開で手刀をかます北嶋先輩も間違ってる」

明日の先発にも関わらず、この扱われようである。

昨年の新人王に対してこれは酷い仕打ちじゃないかと小一時間考え込む水野。

「こうなったらミーティングをサボってるヤナの奴に八つ当たりをするしかねぇな」

自分的に至極もっともな理由を並べて、水野は意気揚々とドアを開いた。

「精神統一の邪魔しに来たぞーー。・・・てか、暗れぇ!」

部屋は真っ暗の状況で物音一つすらしない。もしかしたら柳瀬は部屋にはいないのだろうか?

一抹の疑問を感じながらも歩みを中央に進めて行く。

「ンだよ。ホントにどっか行っちまったのかよ」

その刹那、煌めく白刃が水野の視界の端に入った。

「うぶおぁ!!」

上体だけ後ろに反らして器用に避け、ちょっとしたマトリックス気分を味わう。

「こ、殺す気かーー!!」

返事が無い。ただの柳瀬僚のようだ。

「さてはあれか!ここまでやっといて笑えない冗談で済ますつもりか!そうなンだろ!!」

やはり返事が無い。その代わりと言っては何だが、次々と白刃が水野に向かって繰り出される。

「だーかーら、殺す気かっつてンだろうが!さっさとその則宗っつー刀ん仕舞え!!」

その全てを紙一重で避け続ける水野。有る意味で大した才能だ。

「・・・斬っても死にそうに無いように見えますけど?」

「死ぬの!人は斬られたら死ぬの!!」

ようやく口を開いた柳瀬にここぞとばかりに水野が反論する。

「大体、精神統一中に入って来るんです。斬られても自業自得としか言いようが・・・」

「則宗で素振りしないと精神が統一出来ない時代を錯誤してるお侍さんと違うンだよ!俺は!!」

興が冷めたのか、柳瀬は鞘に取ると則宗を納刀する。

「・・・ったく。北嶋さんのお墨付きのルーキーじゃなかったらとっくの昔にキレてるっつーの」

またグダグダと文句を垂れる水野に柳瀬が呆れ気味に尋ねる。

「水野先輩、ミーティングに参加しなくて良かったんですか?」

プチンと水野の何かが切れる音がした。

「それは俺のセリフだ。こンのクソガキャーー!!」









閑話休題ーーー

「良いか?初めて顔を合わせた時にも言ったと思うが、俺は江戸は下町神田の生まれ。だから売られた喧嘩は全部買う。

宵越しの金は持たないチャキチャキの江戸っ子。そこら辺は理解してくれてるはずだよな?」

「ええ、直情径行の単細胞な浪費家と認識しています」

「テメェ、コブシで教育が必要か?」

「・・・冗談です」

結局、笑えない冗談で済ませている。

「それにしても・・・本当に何用ですか?邪魔に来ただけにしか見えませんが」

「余計な事言ってンと本当に殴るぞ。ホラ、これを持って来たンだよ」

手渡したのは何かのデータ表らしく、ビッシリと文字が書き込んである。

「・・・なるほど」

柳瀬は目を通す事無く綺麗に折り畳む。そしてーーー刀の柄に手を掛けた。

「紫雷・・・烈断!!」

先程よりも遥かに速い速度で抜刀すると、目にも止まらない勢いで斬撃を行う。

再び納刀する頃には見るも無惨な紙吹雪と化していた。

「必要有りません。予め相手を調べ上げ、万全な状況で決闘に臨む等と言う

宮本武蔵が如き卑怯な振る舞いだけは絶対にしたくありません!」

「・・・言うと思ったぜ。でなけりゃ陣の奴をライバルだと言い出すはずがねぇ」

水野は理解していないように見えて、実はしっかりと理解していた。

「試したんですか?」

「いいや。明確な理由が知りたかったンだよ。陣対策のミーティングに出ない理由がな」

ヤレヤレと溜め息を吐く。視線が何処か遠くに行っている。

「俺わ北嶋さんなら説明の必要は無ぇ。でもな、他はそうはいかないンだよ。それに・・・知ってンだろ?」

「野球に個人プレーは不必要。だけど、僕がやろうとしてるのは・・・」

「立派な個人プレーだわな。だが、野球は個人のプレーがあって初めて成り立つスポーツなのも事実なンだよ」

水野の一旦区切ると口調を強めて言葉を続ける。

「周りを納得させてみろ。前情報も何もない状態で陣を打ってみせろ!」

「当然です。その為に俺はいるんですから」

断言した柳瀬に胸の透く思いになった水野は踵を返して部屋から出ようとした。

振り返った衝撃でポケットから何かが落ち、それを目敏く見つけた柳瀬が拾う。

「水野先輩、これは?」

「あ?何だコリャ。ポッケに入れた覚えはねーぞ?」

ハイテク全開の時代にカセットテープである。二人は微妙に懐かしさを感じてしまう。

「・・・再生してみます?」

「もちよ。確か、この辺にデッキがあったよな」

水野が柳瀬の部屋を勝手に漁り、奥の方からデッキを引っ張り出して来る。

「それじゃあ再生しますよ?」

二等辺三角形を左に倒したような形をした再生ボタンを押す。

すると、軽快な音楽が流れて来るではないか。構成人数は女性三人のようだ。

「「「あなたにらっきー☆すまいる 脳細胞がうーきう」」」


ガチャン!


水野は停止ボタンを二回押し、件のカセットテープを慌てて取り出す。

「まだ全部聴いてませんが?どうせ最後は取るんですからちゃんと聴きましょうよ」

「いや、何か猛烈に嫌な予感がす・・・」

今度は柳瀬が隙を見てカセットテープを奪うとデッキに挿入し、再生ボタンを押した。

「「「地球はらっきぃ☆スペース もっとぐるぐる回そ」」」

「止めろー!止めてくれーー!!これ以上俺を貶めるなーーー」

水野への羞恥プレイは約5分も続いた。

「ハハ・・・。終わった・・・俺の人生・・・・・・」

「何でですか?結構面白い歌だったじゃないですか」

どうも柳瀬はこの歌がどんなジャンルに属するか理解出来ていないらしい。

「これを面白い歌だとぬかすお前の神経が分からねぇ!」

「特に途中で『ガラスの向こうに知らない人がいっぱ〜〜い』のセリフを言っていた人が良かったですよ」

「そうか・・・。俺のツッコミは無視か」

真っ白に燃え尽きている水野。大切な何かを失った気がした。

「それにしても水野先輩、こんな曲を聴くんですね」

この曲が好きだとか嫌いだとかもうどうでも良かった。

真っ白になった頭の中にあるのは何故、この歌が録音されたテープがポケットに入っていたかだ。

そもそも、この原曲になっているCDを持っていないし、仲間内で持っていたのは一人しかいない。

その人物の顔が脳裏をよぎった瞬間、水野の真っ白な脳内が色を取り戻す。取り戻す所か一気に真っ赤に染まった。

「あンのクソ柴田ーー!!人を貶めるイタズラしやがって・・・」

カセットテープは置き去りにし、水野は柴田に報復の一撃を与えるべく部屋を飛び出した。が、すぐに戻って来た。

「それを貸せ。奴は絶対俺がヌッ殺す!」

それとは当然、柳瀬の愛刀である則宗の事だ。

「武士の魂を何だと思ってやがる。この青二才ーーーと、北嶋先輩なら言うでしょうね。俺も同意です」

則宗を渡せ渡さないの押し問答の末、水野は追い出された。

「北嶋先輩の所に行って、木刀でも貰って来て下さい。あ、このテープは気に入ったから貰っておきますね」

慌ただしくも明日の試合に向け、準備を進めるイーグルスの面々。様々な想いが交錯する決戦は目前に迫っていた。




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