第9話
初勝利





「審判、代打」

『静岡オージーウイングス選手の交代をお知らせします。バッター斎藤に代わりまして、ピンチヒッター亮太郎 背番号4』

球場がざわめく。代打の男は先日までダイエーに所属していたはずである。それがなぜウイングスのユニフォームを着てここにいるのかが分からなかった。

「亮太郎選手って言えば、主に守備の人で活躍してましたよね?」

「確かにそうだ。猪狩世代とは言え、打撃は期待できなかったはず・・・」

不破の疑問にはいつものように空閑が答えていた。亮太郎は昨日、池田ともに契約に合意し、試合にスタメンで出るかと思われていたが、

今年までの登録名だった山本亮と言う登録名をウイングス入団に際して下の名前に変更していた。その手続きでこの試合には遅れていたのだ。

「嫌なバッターを迎えちゃった・・・」

あおいにとって亮太郎の登場は予想外であった。湊は抑える自信はあったが、どうもこの亮太郎に対してはその自信が無いなぜなら・・・

『猪狩世代には猪狩世代で対抗する』

その世代である打者を抑えるには同じ世代の投手を投げさせるのが一番。

しかし、逆もまた真なり。あおいを打つには同じ世代である亮太郎が信頼できる確率は高かった。


グワァラゴワガキィン!


打球はセンター前に落ちた。この光景は龍堂と湊、それにスタンドの変装二人組、つまりは猪狩世代を知る者にとってはある程度の予測がついていた。

「代打、真坂」

龍堂は続けざまに代打を送り出す。先程まで亮太郎と言い争っていた男を起用したのである。

「空閑さん、あの人って凄いんですか?」

「真坂の事か?俺や今井、葉山と同じ大学出身だが、一言で言えば“名は体を現す”を地で行く男だ」

「この選手はアマね。だったら湊の時と同じような配球で最後にマリンボールを持ってくれば・・・」

引っ掛けてゲッツーで試合終了、あおいはそう思った。初球はストレートをアウトローに投げ込んでワンストライク。

「名は体を現すって・・・どう言う意味ですか?」

不破がここで聞いているは当然、本来の意味ではない。空閑の言っている事が理解できなかったのだ。

「本名、真坂信。出身は運岳大学・・・」

その間に2球目のカーブが高めに浮いてボール。3球目もカーブだったが、今度は低めに決まった。

まさかまこと・・・その名の通り、他人が まさか!と言いたくなるようなプレーをするのが得意のミスター意外性だ」

空閑の言葉は次の瞬間には現実となっていた。あおいが投げた4球目は渾身のマリンボールだった。


カッキーーン!!


打球が上がった。それを見たキャットハンズファンは「アマの選手がマリンボールによく当てたものだ」と、感心の声だった。

それがレフトスタンドに向かうと、苦笑の入った声になり、ポールを巻かない位置と飛距離になると悲鳴に変わる。スタンドに跳ねると驚愕の声がこだました。

入った!?まさか・・・信じられません!まさかこんな事になるとは誰が予測したでしょうか!!』

実況は真坂の名前を二度も言っている。真坂のまさかのホームランが出て、ウイングスは再びリードする事になった。

あおいはショックを隠せなかったが、後続を何とか断った。

「よし!池田、9回も頼むぞ・・・?」

龍堂が声を掛けようとした池田は既にベンチにいなかった。マウンドかと思っていたらそこにもいない。リリーフカーも当然のように消えていた。

「どこ行った?」

「あの人なら警備員に連れて行かれましたよ。無断でリリーフカー乗り回して球場の芝を踏み荒らしたから」

頭を抱える龍堂。これから最低一年はあのパフォーマンスとその事後処理に追われるのかと思うと、頭痛薬か胃腸薬が欲しくなる。

「しょうがない・・・不破!後は頼んだ」

分かりました!

不破は返事をするとマウンドに登った。

『ウイングス、シートとピッチャーの交代をお知らせします。

代打に入りました亮太郎がそのまま入りセンター、同じく代打に入りました真坂がレフト、レフトの清水がファースト。

ピッチャー、池田に代わりまして不破大助。ピッチャーは不破、背番号11』

「あーらら、ウイングスはあんな小さな子供まで駆り出したよ。大丈夫か?」

「阪神は15歳をドラフトで獲っただろうが・・・。大して変わらんだろ」

「さいですかー。さすが不破と同じく甲子園で優勝、しかも2回もしてる投手は言う事が違いますな〜〜」

優勝投手ならお前もしてるだろ、と巨人帽は言いたかったがウザイので無視を決め込んだ。

「冗談は置いといて・・・。身長の低いあの手のピッチャーは総じて変化球中心の軟投派が多い」

「だったら、同じ変化球ピッチャーのお前ならどうする?」

巨人帽の問いにもう一人はキャットハンズの帽子を外しつつ、答えた。

「ストレートだね。相手が初対決なら変化球ピッチャーだと気付かれないうちに3人打ち取る。

その為には球速が遅くてもストレートで押して、速球中心のピッチャーと見せるのが一番良い」

彼の予想通り、不破と今井が選択したのはストレートだった。しかもど真ん中に。

「次はアウトコースの際どい所に1球外す。振ってくれれば儲けモノって感じで投げる」


ストライク、ツー


保土ヶ谷のバットが空を切っている。

「最後は決め球・・・まぁ、ここは落ち系だろうね」

不破は全くその通りに投げていた。サークルチェンジを引っ掛けさせ、サードゴロに仕留めた。

「多分、次の打者は初球を振ってくるよ。ここはストレートを高めに投げてフライを打たせるはずだよ」

キャットハンズ帽の男の解説はまだ続いていた。

「セカンド!」

今井はセカンドを指差した。森坂が大きく手を回すとフライをキャッチした。

「後が無くなれば短く持ってコンパクトに当ててくる。最初は変化球で入った方が無難かもね。以上」

全てを解説し終わると巨人帽の男は感心の声を上げた。

「さすがに新人から今年まで連続で最優秀防御率を獲っているだけはあるな。一分の隙も無い」

「何言ってんの。このリードは先輩から教えてもらったんだよ。今はヤクルトで敵同士の先輩にね」


カキーーン!


ボールを真芯で捉えたような音を発しながら打球がセンターへ飛んだ。

二人は視線をセンター方向へと向ける。意外にも飛距離は伸び、フェンスに到達する勢いだった。

「ちっ、ワイは打撃がダメでも守備で食ってきた男や。こんなん取れんでウイングスのセンターラインを守れるかい!」

舌打ちをしながらも亮太郎はバックジャンプして手を伸ばす。その勢いのまま、フェンスに激突した。セカンドの塁審が遠目で亮太郎のグラブを覗き込んだ。

ア、アウトー!ゲームセット

球場は静まり返った。何せほとんどがキャットハンズファンであるし、負けた方は来年のペナントには参加できないと言う事も事前の情報で知っていた。

「まぁ、可哀相だけどこれも勝負事だからしょうがないと言えばそれまでだね」

政明が呟く。それと同時に新聞社やテレビ局らの記者が来て、フラッシュを焚きつつインタビューを始めた。薫は混雑を避けて、早くもその場を離れていた。

――政明さん、まずは来期のペナントへの参入おめでとうございます。

勝つと思っていたからね。心配はして無かったよ。

――他にも大物が入るとのウワサがありますが?

それは自分達で調べてよ。それがあんた達の本当の仕事だろ?ここで俺が松坂か上原が入団するとか言ったら信じんの?

――その選手は落合監督との確執がウワサされる中日の岩井投手ですか?

だからそれを調べるのが仕事でしょ?そうだね・・・12月の5日辺りに発表するよ。そこまでには契約も纏まってると思うからさ。

他にも色々と政明はインタビューを受けている。その間にもフラッシュが連続して焚かれていた。

「ホラ、約束の1万500円(税込み)だ」

「悪りーね、どうにも」

巨人帽から賭けで儲けた金額を受け取り、財布に仕舞い込むキャットハンズ帽の男はマスクとサングラスを外した。

それを見て、帰路に着こうとしていた周りのキャットハンズファンの子供たちが小声で話し始めた。

「あの人ってドラゴンズの岩井投手じゃね?」

「きっと、そうだよ。でも、何でこの試合を?」

ヒソヒソ声が聞こえたのか、岩井は子供たちの方へ歩を進めた。

「そう、正真正銘の本物。俺は中日のエース、フロントが背番号20を背負ってくれって頼んでいる岩井投手だよ」

本人から告白されて子供たちは大喜びで岩井の周りにサイン欲しさに群がった。

「でも、俺も凄いけどあっちのお兄ちゃんも凄いよ?」

サインをしつつ、そう言って巨人帽の男を指差す。

「あの巨人帽を被った人はカイザースの猪狩守選手だよ。俺のサインが終わったらあの人のサインも貰うといいよ」

岩井は明らかに他のファンにも聞こえるような大声で言った。

オイ!勝手なマネするな!

怒鳴っても遅かった。猪狩の周りに既に岩井以上の人だかりが出来ていた。

「さーて、名古屋に帰りますか。秋季キャンプも契約更改も終わってないし」

キャンプに参加する気など更々無い岩井はキャンプではなく岐阜の下呂温泉に今にも行きそうな雰囲気を漂わせていた。

「その前にコイツらを何とかしてから帰れ」

猪狩の言葉に耳を貸さずに帰り支度を始める。グラウンドを一瞥するとまるでウイングスに向かって言うように呟いた。

「まずはオープン戦で逢おう。猪狩世代でもあるこの岩井が真の実力を測ってやるよ」

後ろでは猪狩の声にもならない声が響いていた。









「葉山、さっきは叩いたりして済まなかった」

湊は試合が終わってベンチに戻ると、すぐさま葉山に謝っていた。

「別に気にしてませんよ?ただ、借りイチですけどね」

葉山の目が笑ってない事に全員が気付いていた。

「あれ、試合終わったんですか?」

途中で連行された池田も戻ってきた。頭上にはデカイタンコブがあった。

「池田さん、随分と絞られたようですね・・・」

「そうなんだよ。あの整備兵がうるさくて・・・」

不破と池田の横では携帯が鳴った龍堂が電話に出ていた。

「ああ、ハイ、そうですか・・・分かりました。犬家コーチ、ありがとうございました」

龍堂は携帯を通じて犬家コーチと話していた。その内容をファンが暴動起こさない内に帰ろうと準備をしていた選手に言う。

「みんな聞いてくれ。同日に行われていたもう一つの入れ替え戦だが・・・」









「やんきーズが負けた?それも0−8の大差で?」

同じ報告を政明も質問していた記者からの情報で知った。

「厄介な相手になりそうだな。四国サザンクローサーは・・・」

秋空を見上げて溜め息が出る政明であった。




[PR]動画