特別シナリオ
魔王と暴龍のコンチェルト





10月5日


市営頑張球場は開門前から長蛇の列で溢れていた。


ドラゴンズ対パワフルズ


看板に書いてある対戦カードを心待ちにするファンの心情を察してか、開門を午後2時と言う異例の早さにする事を主催者サイドは決定した。

これ程集まるのには理由がある。現時点で首位に立つのはドラゴンズだ。それを追うのがパワフルズで、ゲーム差は僅かに0.5。

ドラゴンズはこの試合が最終戦、パワフルズが後1試合残っている。もしこの試合でどちらかが勝つと、そのまま優勝。

引き分けならパワフルズが最終戦に勝ったとしても勝率の関係上、ドラゴンズが優勝してしまう。

故にホームのパワフルズファン、アウェーのドラゴンズファンが大挙して押し掛けているのだ。

観客が球場に雪崩込むその間にも三塁側ブルペンでは先発の岩井が黙々と投げ込みを、友光が爆睡を続けている。

2005年の中日を引っ張ったのは間違いなくこの2人である。

川上・山本昌・ドミンゴ・野口・岡本・平井と言った04年のV戦士が軒並み不調の最中に

岩井が20勝4敗、友光が17勝6敗とチーム全勝利数の約半分を稼いでいる。

もちろんで12勝を挙げ、新人王をほぼ手中に収めた久遠や後半戦で8勝の活躍をした中田と言った両ルーキーも特筆すべき点である。

「えらく気合いが乗ってるなぁ」

「当然だ。リーグ連覇の掛かった試合、負ければ終わりだからな」

あくびをしながら目を覚ました友光の言葉に岩井が返す。

「そう言うお前は肩慣らししないのか?」

「一昨日のカイザース戦で完投して中2日なのにここで投げれっかよ」

ブルペンに久遠を始めとした若手投手を入って来るのを見るや友光は立ち上がる。

「普通に考えてお前が完投するんだ。俺はベンチで寝直させてもらう」

眠い目を擦りながらベンチに向かった。









一塁側ベンチ


「遂に来たな・・・」

「ハイ、思えば割と短いシーズンでした」

福家花男と進藤駿が満員になりつつある観客席を見ながら言う。

「シーズン開幕してから色んな事がありましたね」

「球団消滅の危機に福家さんのFAもあったからな」

脇から現れた柏原将がチラリと福家を見る。福家が居心地悪そうに咳払いをした。

「将、進藤!細かい事は気にするな。今日勝ちゃあ良いんだよ。勝ちゃあ」

「秋山の言う通りだ」

ベンチ前でバットを振り回す秋山紅一郎に賛同するように監督の橋森重雄がメンバー表交換を終えてやって来た。

「勝つぞ。勝ってパワフルズを存続させるぞ!

橋森の掛け声と共に全員がベンチを飛び出す。その様子は投げ込みを終えてベンチに座る岩井からも見て取れた。

「ドラゴンズ悲願の日本一・・・。それを果たす為に必ず勝つ!

互いの思惑を秘めた負けられない戦いがそこにあった。


プレイボール!


主審の右手が高く上がる。時刻は午後6時1分。球史に残る試合は始まりを告げた。


先攻、中日ドラゴンズ先発オーダー

1番セカンド 荒木
2番ショート 井端
3番ライト 福留
4番ファースト T.ウッズ
5番ピッチャー 岩井
6番センター アレックス
7番レフト 立浪
8番サード 鈴村
9番キャッチャー 清水将


後攻、頑張パワフルズ先発オーダー

1番ショート 進藤
2番ライト 矢部
3番キャッチャー 柏原
4番センター 秋山
5番サード 福家
6番ファースト 古葉
7番レフト 野田
8番セカンド 関根
9番ピッチャー 山野辺


ここに来て中日監督の落合は奇策を打ってきた。シーズン通して同じオーダーを組んでいるパワフルズに対してドラゴンズは福留を3番に上げ、

本来3番の立浪を7番、クリーンアップの一角である5番に岩井を起用している。因みにジルベルトは球場が東海圏ではないので来ていない。

「今シーズンの中日の打撃力を考えれば岩井の5番は当然だ。150キロ後半の直球をライトスタンドに流し打ちできるのは奴しかいない」

「しかし、あれではピッチングに専念出来ませんよ。下手すると悪影響が・・・」

「おそらく落合監督もそれは承知の上だ。だが後ろに友光・岩瀬・羽鳥・中田・中里・久遠らが控えてるとなれば話は別だ。岩井は初回から飛ばしに飛ばすぞ」

スタンドにはシーズンを3位で終えたカイザース主力選手である猪狩守、その実弟の進、河内もこの試合を見届けるべく球場に足を運んでいた。

「猪狩・・・パワフルズは岩井を打てると思うか?」

「無理だね。彼の中日の日本一に賭ける執念は想像以上だ。岩井の心が折れない限りは打てないだろうけど、折れる訳がない。そして・・・」

「折れたとしてもそれは試合が終わる時、もしくは友光さんに代わってる。・・・そう言う事ですね?」

進の言葉に守と河内は頷いた。

『さあ、この大事な一戦に先発するのは球界最長の2メートル18センチを誇る巨人、山野辺圭!』

マウンドに山野辺が立つと更に大きく見える。普通にバレーかバスケをやっても大成しそうな投手だ。

持ち味は長身と長い腕から繰り出される角度あるストレートと直角に落ちる(ように見える)フォークだ。

パワフルズのエースとして15勝挙げている。その実力に違わず、荒木・井端・福留を7球で仕留めて攻撃を終了させる。

「1番ショート進藤、背番号1」

打席に進藤が向かう。秋山が正ショートの座を明け渡し、橋森が斬り込み隊長の任を与えた選手だ。

フォームと言い、チャンスでの強さ、集中力はあの長嶋を彷彿とさせている。

「進藤を塁に出すから紅一郎に回る。回すから打たれる。ならばこの試合、進藤と紅一郎には打たせん!」

岩井が清水将のサインに頷く。グラブは完全には振り被らないクラシックワインドアップ。

スリクォーターから最初に投げたのは決め球であるはずのスピンカーブだった。進藤は完全にタイミングを狂わされ、打席で尻餅すら付いた。

いきなりウイニングショット!?

動揺した進藤を岩井は楽に料理した。続く矢部・柏原も同様だった。ベンチでは友光が久遠の隣で高いびきを挙げている。

「白髪坊主、試合終わった?」

「始まったばかりです。・・・って、さっきも聞きませんでした?」

久遠が聞き返すが返事がない。瞬間的に友光は再び眠りに就いた。


カキン!


打球がライト前に落ちた。一死から岩井がヒットで出塁する。 落合はアレックスに送りバントを命じた。

二死二塁になって立浪に回るが敢えなくセカンドゴロに終わる。

岩井は滑り込んだサードベース上でヘルメットを渡してグローブを受け取る。その間にも視線は秋山に向いたままだ。


岩井対秋山

第1ラウンド


「どう攻める?」

「まぁ、正攻法は通用しないでしょうね」

清水将と岩井が打ち合わせをする。

「とにかく、秋山は任せる。好きに投げろ」

マウンドを馴らす岩井は帽子を深く被ってロージンに手をやる。

「清水さんは打つ手がない・・・か」

岩井の眼光が秋山のバットを捉える。

「見える!動きの全てが!!」

岩井の足が上がる。スライダー・フォーク・ストレートを次々と投げ込み、三球三振に斬って取る。

「全部俺の読みの逆にきた。ったく、いつもと比べて格段に厄介な相手だな」

グリップエンドでヘルメットを叩きながらベンチに戻る。

「福家さん、あんたでも打つのは無理だ」

「お前な・・・。これから打とうとしている奴に普通言うか?」

「事実ですもん」

その通りに福家もショートゴロ、古葉もショートフライに打ち取られる。

「危ういな岩井の奴・・・」

誰に言うともなく呟いた友光。それを久遠は聞き逃さない。

「今の・・・どう言う意味ですか?」

「意味も何もそのままだ。ここで潰れてシリーズに出ないつもりか」

虫の居所が悪くなったか、友光は席を立って姿を消した。









五回表に岩井とアレックスの連続ヒットでチャンスを作るが中日は無得点。その裏、パワフルズは再び4番の秋山から始まる。


岩井対秋山

第二ラウンド


「ヤマ張っても裏かかれるだけだし、来た球狙って当たる程大輔の変化球は易しくないからな」

様々な方向に変化する岩井の球をどう打つか考えた挙げ句、出した結論は・・・

「考えるだけ無駄」

だった。元々、感性で打つタイプの秋山に相手の配球を読むと言う思考は無い。解決策の無いまま打席に立つ。岩井は瞬く間に2―0に追い込んだ。

「この打席、紅一郎はスピンカーブのみを狙っている。ならば!

全く逆方向に変化するミラージュスピンをボールゾーンに投げ込む。

貰ったぁ!俺が狙ってたのは球種じゃねぇ、コースだ!

フルスイングしたバットとボールが衝突する。高く上がった打球が左中間に飛ぶ。


ガシャン!


打球は金網に引っかかり、地面に落ちた。ボールゾーンに投げた分、伸びなかった。ストライクなら確実にホームランだった。

「・・・・」

唖然と打球を見ていた岩井に清水将が駆け寄る。

「今のは事故のようなものだ。気にする必要はない」

「分かっています。後続を断てば何の問題もありません」

そうは言っても岩井の心の中では納得出来ていなかった。

「球種が絞れないからコースだと?そんな考えで打たれた俺は・・・」

動揺は正確無比なはずのピッチングに広がった。ストレートのフォアボールで福家を歩かせる。

ノーアウトでランナーが二人出た事で落合はタイムを取って投手コーチの森をマウンドにやった。

「らしくないぞ岩井」

「分かってます」

「チームも殆ど打ててない。1点勝負だぞ」

「それも分かってます!」

内野陣とコーチを追い返してマウンドに一人残った。

「一人で投げてるつもりか岩井・・・。そんなやり方で勝てる程甘くねぇのはお前自身分かってんだろ」

投手は孤独。

マウンドには誰も助けに入らない。

そんな言葉が友光をよぎる。

「だが、周りを見ろ。お前にとっては頼れる野手がいるはずだ」

中日の守備は日本一。鉄壁の二遊間に俊足堅守強肩を誇る外野手、岩井ならばそこに狙って打たせる事は赤子の手を捻るより簡単なはず。

友光はそれを知っていた。

古葉の放った痛烈な打球が岩井の脇を抜けて行く。更なるピンチに失点を覚悟したが、そこに荒木が現れる。

日本一カッコ良いダブルプレーを見せてやるぜ!

飛び付いて打球を止めると、そのままベースカバーに入った井端にグラブトスで渡す。更に井端は福家をジャンプで避けると空中でスロー。

見事にウッズに渡ってダブルプレー完成。尚も秋山を三塁に置いて野田の打球がライトとセカンドの後方に上がる。

今度はこれを福留がスライディングキャッチでボールを抑え、終わって見れば結果は0だった。肩で息を吐いて戻って来た岩井に友光は、

「もっと周りを頼れ。お前は俺と違ってそれが出来る」

岩井も頷き返す。どことなく違和感を感じながらも友光は暫くの戦況を見守る事にした。

「いや、遅かれ早かれ潰れるな。岩井は・・・」

そう思うのも無理はなかった。

続く六回裏、岩井はツーアウトから進藤をヒットで出すものの、矢部を打ち取る。









七回表一死ランナー無しで岩井に打席が回る。山野辺のフォークを捉えた打球は右中間を割る。

「塁に出るだけじゃダメだ。多少の無理をしないと」

一塁を蹴り、二塁に向かう。打球に追いついた秋山が送球するも間に合わずにセーフの判定になる。

「ハァ・・・ハァ・・・」

ユニフォームに付いた土を払いながら立ち上がると荒い息を吐く。

「無茶しやがる。点入んねぇまま裏になったらどうするつもりだ」

友光の危惧は的中する。アレックス、立浪は共に初球を打ち上げてまたもや無得点。おまけにロクに休めないまま、岩井はマウンドに向かう。


岩井対秋山

第三ラウンド


先頭の柏原を抑え、秋山を迎える。素振りを繰り返してから打席に入る秋山。岩井が初球に選んだのはスピンカーブだ。


カキーン!


打球がレフトスタンドに向かって飛ぶが、直前でポールを横切りファール。2球目はミラージュスピンだったが、これも秋山はスタンドに運ぶ。


ファール!


三塁塁審の両手が広がる。胸をなで下ろすのは清水将。打球の行方を追いながら岩井は呟く。

「ウイニングショットを続けて運ぶ。普通に考えれば有り得ない・・・。が、有り得ない故に『英雄』か」

天を仰ぐとカクテル光線が目に入る。

「もう、10.8や10.6みたいな思いをするのは沢山だ。目の前で優勝を浚われるくらいならこの右手と引き替えにチームを勝たせる!!

その瞬間、岩井から発せられる異常なまでの殺気を秋山やスタンドにいる猪狩達は感じ取った。

「雰囲気・・・変わったか?」

「違うな。確かに違う」

元捕手である河内の問いに同じ投手出身の猪狩守が答える。投手と対峙している秋山には分かった。

行くぞ!これで決める!

岩井の腕がしなる。放たれたボールは鋭い回転を生み出し、ミットに向かう。

ストレート、貰った!

秋山もフルスイングで対抗する。だが、ボールがホームベースを通過しようとした瞬間、急激に沈み始めた。


ブォン!


風切り音を発してバットは空を切った。

秋山、三振!岩井のSFFに空振り三振を喫しました!

何だ、今の球は!?

暫く岩井を睨んでいたが、すごすごとベンチに引き返す。

「珍しいな。あいつがSFFを投げるなんてな」

「福家さん・・・あれがSFFなら大輔のMAXスピードは何キロですか?あれは歴としたストレートです」

指さした先の球速表示は145キロのキロを示していた。

もし、あれが本当にSFFなら最高球速は150キロ近くになるはずだ。

「岩井がそこまで球速を持ってるとは思えない。あれは変化球では断じて無い」

猪狩守もまたそう判断した。だとすればなぜストレートが変化したのだろうか?その疑問を解く前に福家と古葉が連続フォアボールで塁に出てしまう。

『秋山を抑えた岩井ですが、らしくないストレートのフォアボールを続けて与えてしまいました』

再び森がマウンドに駆け寄るも五回裏と同じように追い返した。

「やっぱり肘に相当の負担が掛かるか・・・」

右腕をジッと見つめ、手を開いたり閉じたりして感触を確かめる。

負担は承知の上だ!俺は負けられないんだ!

次打者の野田をファーストゴロに仕留める。岩井はベンチに座らず、そのまま奥に消えた。人気の無い事を確認すると壁を背に寄り掛かり、大きく息を吐いた。

「うっせーなぁ。ロッカールームにまで聞こえるんじゃ寝らんねぇよ」

コツコツと足音を立て、ロッカールームから友光が出てくる。ベンチに向かう途中、床に倒れ込んでいる岩井を発見した。

「オイ、岩井!何してんだよ」

「あぁ・・・友光か。少し疲れただけだ」

よく見れば顔には脂汗が流れている。

「疲れたって・・・そんな次元じゃねぇだろ」

普段は感情を表に出さず、笑う事ですらあまりしない岩井がここまで疲れた表情を見せたのを友光は知らない。

お前が命削って投げる必要が何処にある!

「この試合に勝たなきゃ・・・紅一郎に勝たなきゃならないんだ!ドライブ・スパイラルを使ってでも!

一瞬にして友光の表情が苦い顔になる。

「まさか・・・あの球をか?」

他に抑えられる方法が無いんだ!あれを投げるしか!!

友光は岩井の胸倉を掴む。

「岩井・・・右腕を潰す気か」

「それで優勝できるなら俺は構わない」

カッとなると岩井を壁に叩きつける。

お前が潰れたら誰が日本シリーズで投手陣を引っ張るんだ!山本昌のオッサンか?それとも憲伸(川上)か?

今の若手投手どもが誰に憧れて中日に来てるか知らねぇとは言わせねぇぞ!岩井大輔!!

ベンチから久遠が岩井を呼ぶ声が聞こえた。どうやらチェンジになったらしい。

「潰れんじゃねぇぞ。お前はまだシリーズで投げなきゃならねぇんだからな」

無言で戻る岩井は友光に向かって言う。

「俺が潰れても・・・今の中日には君がいる」

背後で壁を叩く音がしたが敢えて無視した。

「ざけんなよ・・・。何が『君がいる』だ!一番自分の事しか考えてないのはお前じゃねぇか」




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