本調子に戻った岩井が三者凡退に退ける。九回表、二死で岩井が四度目の打席を迎えた。
勝負を賭けるならこの回だと決めていた岩井は山野辺のフォークを掬い上げると再び左中間に運んだ。
『バッターの岩井、一塁を蹴って二塁に・・・』
一瞬だけ左中間を見やると、秋山がようやく追い付いた所だ。
「行ける!」
躊躇う事無く二塁も蹴る。秋山もボールを直接三塁に送り込む。
頭から滑り込む岩井とワンバウンド送球を処理してタッチを試みる福家。両者が重なり、砂煙が巻き起こる。
アウト!
今度は三塁塁審の右手は高く上がっていた。スリーベースに至らずに安心するパワフルズ、対照的に落ち込むドラゴンズ。
特に岩井は休憩も出来ずにマウンドに向かわなければならない。久遠が持ってきたグローブを受け取ると荒い息のまま、マウンドへ歩く。
「ほぼ一人で野球をやってるに等しい状況に加えて、負担度の高いミラージュスピンの多投とドライブ・スパイラルの解放。
確実に限界を超えてるはず・・・。だが、何故お前だけがそこまでする必要がある!」
友光は迷っていた。岩井の変調を落合に伝えるべきかどうかを。
「俺が言った所で誰が信じる?それに交代して喜ぶような岩井じゃねぇ」
だが、このまま行けば確実に岩井は壊れてしまうのも事実だった。
「俺は・・・俺は岩井を見捨てたくない。ここで見捨てたら俺はあのクソ親父と同じだ!」
それだけは死んでも出来ないと友光は心の中で固く誓った。
友光が葛藤している間に戦況は二死になり、打順は4番の秋山だ。
岩井対秋山
最終ラウンド
岩井の腹は既に決まっていた。全球ドライブ・スパイラルで秋山を打ち取る。
現状で一番抑える確率の高い球と普段の自分では絶対やらない三球勝負で裏を掻くのだ。
初球から秋山は振りに行く。が、ストレートと思っていても、手元で急激に沈むこの球を捉える事は出来ずに空振る。
「最初から落ちるのを想定して振れば・・・」
二球目、それでもボールはバットに当たらない。想像以上の格差を生みだしていた。
「しかし、ストレートと同回転数でこれ程の落差を生むのは不可能だ。・・・不可能だからこそ『魔王』か・・・」
今まで三球も同じ球を見ている。そろそろバットに当てなければ彼は紅き英雄、秋山紅一郎ではない。
「次こそ当てる!」
「誰にも打たせない。この試合勝つのは俺達だ!」
共に全力で互いを迎え撃つ。岩井の手から放れ、ボールは秋山の手元で急激に落ちる。まるでバットを拒否するかのように。
秋山は唯、バットだけを振った。目を閉じて、自分がボールが来ると感じた所だけを振った。その瞬間、審判の視界かはボールが消えた。
どこに行ったのかと探していたら意外な事に自分の足元で見つかった。清水将に捕球した様子もないのでファールを宣告した。
「当てた・・・だと?」
岩井は驚くと共に恐怖した。秋山の対応力、そして進化に。秋山もまた同様だった。今のファールで岩井がどんな球を投げているか理解してしまったからだ。
「マウンドで死ぬ気か?」
ともかく勝負は次に持ち越された。
「次で決める!でないと・・・」
ドライブ・スパイラルは4球も投げている。残り少ない体力を考えると投げられるのは後1球だけだろう。
意を決した岩井が足を上げる。右腕が瞬時に回転する。
「俺に打てない球はねぇ!俺は秋山紅一郎だ!!」
秋山がバットをボールの軌道に合わせる。そして、沈み込むストレートを遂に捉えると、打球は高く跳ね上がった。
『ピッチャー頭上に打球が上がりましたが・・・』
岩井は捕球しても送球しようとしない。ようやく審判がファールの判定を出した。
「痛って〜〜。足に当たっちまった」
自打球によるファール。岩井は捕球したボールを交換させた。
「同じ球を続けて勝てる相手じゃないのは分かっていたが・・・」
ロージンパックを手にしたが、持っていると言う感覚はなかった。
「まだだ。まだこの手は動く!」
ボールに持ち換えても感覚が無いのは同じだった。それでも岩井はボールを握った。
「勝てるなら・・・この腕は要らない!!」
いつものクラシックワインドアップを捨て、大きく振りかぶった。リリースする瞬間に右肘に激痛が走るが、それを厭わずボールを放す。
ストレートと同じ速度と回転数を叩き出すドライブ・スパイラルはやはり秋山の手元で沈む。
だが、今まで投げた球より遥かに落ちた。それは変化球で言うならSFFと言うよりフォークの落差に近かった。
ブン!
秋山のバットは空を切ってしまった。ネクストバッターズサークルの福家が叫ぶ。
「走れ秋山!塁に出れば俺が何とかする!」
後ろを見ると清水将が逸らしたボールを追いかけている。
「どんな球でも捕球れるように練習してたけど、今のは限界以上に変化した」
追いつくと一塁方向を見る。が、秋山は塁上に立つ所か走ってすらいなかった。
「そこまでして勝ちたいか。その執念だけは認める。だがな・・・」
清水将はゆっくりと秋山に近づく。
「それじゃ自分以外に抑えられる奴がいないって言ってるのと同じだぜ」
岩井はフッと笑ってベンチへと歩き始めた。
「そんな事はない。もう一人、俺以上の実力を持った奴がいるさ」
延長戦突入が確定してようやく友光はベンチに戻って来た。
「岩井・・・」
彼の関心は既に試合に向いていない。チームの為に無理を押し通す岩井にのみ向けられていた。
突如として岩井が膝から崩れ落ちる。それが一瞬の出来事だったので誰も気付かない。岩井を気に掛けていた友光以外は。
「大輔!」
ベンチから乗り出すと地面に倒れそうになる岩井を受け止めた。
「あれ程忠告したのに無視しやがって。何が10.8だ!何が10.6だ!お前が犠牲になって勝ったとしても誰が喜ぶ。少なくとも俺は嬉しくねェ!!」
「友光、俺は喜ぶよ。この右腕一つで優勝できるならな」
支えられている岩井は迷い無く言い切る。
「最後まで投げきるつもりだったし、そう出来ると思っていた。でも、この右腕はもう動かない・・・。
ドライブ・スパイラルももう紅一郎には通用しない。だけど俺は優勝したい」
荒い息を吐いて一呼吸置く。
「君なら勝てる。君なら中日を優勝させる事が・・・」
「もういい!分かったからもう喋るな!延長戦は俺が・・・」
最後まで聞かずに岩井の意識はそこで途絶えた。友光は岩井を支える役を久遠に押し付けると落合に駆け寄る。
「初めてあんたに頭を下げる。この試合、俺に投げさせてくれ」
中日メンバーも友光が頭を下げた所を見たのは初めてだった。しばらく無言だった落合は重い口を開いた。
「誰がお前を投げさせないと言った。岩井が投げられない以上、お前が投げるしかこの試合は勝てん」
頭を上げて驚く。落合の口からそんな言葉が出るとは思っていなかった。久遠から再び岩井を受け取ると医務室に運ぶべく背中に背負う。
「アレク、カズさん(立浪)、スズ」
この回に打席に立つ三人を呼び止めた。
「点は・・・取れなくても良い。唯、時間を稼いでくれ。俺が大輔を運び終えるだけの時間を・・・」
三人とも頷き返す。それを確認してから友光は奥へ消えた。
「この中日バカが。どこまでバカなんだ。バカ岩井」
呆れたようにベッドに寝ている岩井に向かって好き放題に言いまくる。
「そんなバカだから皆が付いてくるんだよ」
友光自身もその一人だった。
「それに俺はお前に救われた・・・。クソ親父に捨てられ、湊の野郎に裏切られ、プロになった俺に向かってお前は・・・」
カーテンを閉めて医務室のドアに手を掛けた。
「俺を認めてくれた。龍堂も瀧本も全て引っくるめて。それだけで良かった」
一際声援が大きくなる。おそらく攻撃が終わったのだろう。
「受けた恩は必ず返す。理由はそれで充分だ」
静かにドアを閉めて友光は誓う。
「お前の意志は俺が継ぐ。俺がこのチームを優勝させてやる!」
廊下の床を蹴って走り出す。
「俺が胴上げさせてやる!それまで寝てろ!!」
そこに友光の姿はない。いるのは岩井の執念を受け継いだ一人の漢だ。
『中日ドラゴンズ、ピッチャーの交代をお知らせします・・・』
「岩井が交代!?」
「そう驚く事じゃない。ボクの目から見ても岩井は限界を越えて投げていた。それこそいつ潰れてもおかしくない位にな」
交代に驚く河内に対して猪狩守は冷静に見ていた。
「高校、プロを通じても岩井があれだけ無茶をやった事はない・・・」
兄の思考を弟の進が遮る。
「兄さん、あれ!」
『岩井に代わりまして友光。ピッチャーは友光、背番号14』
どよめき9割、期待1割の歓声が湧く。確かに友光は実力はあるが、性格にも問題がある。はっきり言って優勝の掛かる試合で投げるのを見たい投手ではない。
「友光・・・大丈夫なのか?」
流石に河内も旧友が不安有り気だ。
「最終的に決断を下したのは監督だ。今更言ってもしょうがないだろう」
珍しく投球練習をする友光。肩慣らしを終え、左腕を回していると清水将がマウンドに来た。
「何故キャッチャーをいつもの彼にさせない。君はキャッチャーを選ぶのだろう」
指を指した先には相変わらずレフトの守備に就く鈴村がいた。
「今の俺は友光じゃない。今の俺は岩井大輔だ」
そう言われても清水将には理解不能である。困惑する清水将に友光が言う。
「だからリードも任せる。ただし、岩井に変化球を要求してる時は直球、直球を要求してる時は変化球を投げる」
それだけ言って清水将を退ける。すると餌を狙う猛禽類の如き鋭い眼光で打席の福家を睨む。
「打てるもんなら打ってみやがれ!パワフルズの雑魚が!!」
ズドンとミット音を立てるといきなり160キロを計測した。福家から空振りを奪うとトルネードが猛威を振るう。
5番からの打順を三者連続空振り三振に仕留めてしまう。
11回の表裏は両チームとも無得点に終わる。特に友光は下位打線と進藤を当然と言った感じで連続空振り三振に沈めた。
泣いても笑っても最後の12回。パワフルズが無得点ならドラゴンズの優勝が決まる。
そうはさせじと山野辺が福留、ウッズを打ち取って流れを作ろうとする。残るは岩井の代わりに5番に入っている友光だけだ。
「山野辺、念の為だ。初球からフォークで行くぞ」
柏原のサインに山野辺が頷き、振り被る。リリースポイントの高い投球は天空から落ちてきそうな錯覚に陥る。
「そうだな。それしか無いわな。俺様を打ち取ろうとするならフォークしか・・・な」
最初からフォークしか待たない。第一、ストレートとフォークしか武器になるのはないのだから読みが当たる確率は50%だ。
「おらぁぁっ!」
快音が響いて打球が飛ぶ。
「飛んで行け、こんボケー!シバくぞおんどりゃー!!」
また吠えた。しかも最後のは悪口だ。その悪口に反応してか、打球は一向に失速する気配はない。ライトの矢部も追うがフェンスが迫る。
「ガタガタ足掻くな。追っても無理なの分からんかい!」
友光の言う通りだった。打球は追うのも無理な飛距離、つまりは場外にまで飛んで行った。
「見たかパワフルズ!これが優勝に賭けた大輔の執念が打たせたホームランだ!!」
左手を高く突き上げたのは自分を認めてくれたたった一人の人間に捧ぐ為、そしてパワフルズに引導を渡す為。
足取り重くベンチに引き上げるパワフルズナイン。その中で秋山だけが声を張り上げて鼓舞する。
「まだ終わっちゃいない!点を失ったら2点取れば良いだけだ!!」
話は簡単だが、今の友光のテンションを考えると難しい。
「それでもこの天才・猪狩守を打ち崩して中日への挑戦権を得た男か、秋山!ボクに勝って瀧本に負けるのは許さない!」
いつしか守は秋山を応援する側に回っていた。代わりに冷静に状況を判断しているのは進の方だ。
「でも、今の友光さんは何と言いますか・・・岩井先輩の執念が乗り移っている気がして、更に打ち難い投手になってると思います」
「その意見には俺も同意だ。それに1点だけではパワフルズはもう勝てないからな」
進と河内の会話の間に先頭打者の矢部があっさりと空振り三振7人目の犠牲者になる。
「秋山、あいつの球を打つ自信はあるか?」
「ん?そんなモンあるに決まってるじゃねぇか」
柏原の問いに秋山は根拠もないのに満々で答えた。
「そうか・・・。なら、俺の腹は決まった」
バッターボックスへ歩く柏原を一瞥し、友光が吐き捨てる。
「黙ってろよ柏モチ。さっさと終わらせてやるぜ」
振り被ってストレートを内角に投じる。際どいコースだったが、柏原はもんどり打ってコケたものの、間一髪避けた。だが、事件は起こった。
デッドボール!
審判はいきなり一塁を指さした。喜び勇んで一塁に走る柏原。逆に友光は「ハァ!?」であった。
「んだよ・・・。今のの何処がデッドボール何だよ!」
「袖に掠ってる」
「それでデッドボールか。ボックスギリギリに立って、大げさに避ける仕草・・・」
一部始終をドラゴンズナインは見ていた。そしてヤバいと感じた。
「友光がキレるぞ!誰か止めろ」
しかし、普段制止する役の岩井は医務室だ。そうしてる間にも審判に詰め寄る友光。渾身の左ストレートが炸裂しようとした時、割って入る影があった。
「落ち着いて下さい!審判の判定は絶対です」
「止めるな白髪坊主!んな理不尽な判定に黙っていられるか!」
久遠に割り込まれて自慢の左ストレートは空を切る。
「あなたが退場したら誰があの人を押さえるんです!」
秋山が素振りをしながら二人を見ている。振り上げた拳を下げ、舌打ちをして吐き捨てる。
「そうだな。岩井ならこの位じゃキレねぇモンな。分かったよ久遠」
初めて普通に名前を呼んだ事に久遠は思わず呆けてしまう。
「おら、邪魔だ。赤毛のツンツン頭とフケたオッさんを三振にさせるからとっとと退け」
機嫌を直してマウンドに戻る。結果的に審判に手を出さなかったのでお咎めは無しだ。
『4番センター秋山、背番号7』
「よおっしゃあ!」
「相変わらず煩いバカだな。赤毛」
流石に友光も辟易顔だ。
「そっちも同じだろ。速球バカ」
低レベルな言い争いが続くがプレイの声が掛かって終了する。
「死にさらせ!赤毛ェ!!」
ランナーがいる事を忘れて友光は体を大きく捻る。捻りきったトルネードから発射されるボールは友光の天賦の才も加わり軽く160キロを越える。
秋山もバットを出すが瞬く間に破壊されてしまう。
『ひゃ、162キロ!自己とプロ最速記録で秋山のバットをへし折りました』
秋山がバットを変える。2球目、更に友光のトルネードが捻りを巻く。
「ハハッ、打てよ英雄!」
スピードガンは今までより速い164キロを計測した。
バキッ!
文字通りバットが砕け散った。
「むぅ・・・」
「流石にこのスピードをナマで見せられるとな・・・」
唖然とするスタンドの守と河内。それ以前に164キロでもバットに当てられる秋山も凄いが。
「あ〜、クソッ!また壊れた。進藤、バットケースから残ってる奴があるはずだから持ってきてくれ」
ネクストバッターズサークルに戻って滑り止めを手に掛けながらベンチに向かって言う。進藤は秋山のバットケースから最後の1本を取り出した
「お、重っ!そして長っ!」
それはいつも秋山が使う真っ赤なバットと違い、黒い。その上にかなり長く、重量も平均以上にあった。
「規定ギリギリの重さと長さを持ち、黒く塗った。その名も‘黒金棒’だ!」
福家と進藤は同時に唸った。秋山のネーミングセンスの無さに。
「金棒だかカネボウだか知らねぇが、当たらなきゃ意味ねぇよ」
打席に戻った秋山に言い放つと振り被った。
「その顎で全て飲み込め!俺の‘龍’よ!!」
バットを破壊するのは勿論、相手をどん底に叩き落とす友光の‘龍’。このシーズン、犠牲者が3人出ている。
1人目の湊は交流戦中に打率を急降下させ、2人目のヤクルト青木を200本安打手前で
その鼻を叩き折ってイチロー以来の記録を阻止させた。(皮肉にも湊が200本安打を達成している)
3人目は阪神今岡、しつこく食い下がろうとする阪神の息の根を止めて4位に捻じ伏せた。最後の1人として友光は秋山を選んだ。
ボールは普通にストレートと同じ軌道で進む。そして秋山のバットに触れた瞬間、巻き付くように螺旋を描く。
「負けるかよ!」
攻略法は唯一つ、バットの根元に来る前に振り切るしかない。だが、それをさせないのが友光の‘龍’が攻略不能とされる由縁である。
「打てた球が打てない訳はねぇ!必ず弾き返す」
そう、秋山は一度だけこの球を打ち返している。あかつき大付属の四期連続優勝が掛かった流光学園との決勝戦で。
カキーン!
バットは三度砕けた。その代償として打球はレフトに上がった。
「行く訳ねぇ・・・。行く訳ねぇんだよ!あいつの執念がホームランになる訳ねぇ!!」
必死で鈴村が打球を追う。友光はレフトを凝視し、秋山はホームベース上で動かない。
「捕れー、鈴村!」
フェンスによじ登り、グラブを伸ばした。
「・・・ん」
岩井がベッドの上で目を覚ました。ふと、右手に視線をやると腕は伸びきった状態でテーピングとアイシングがされていた。
「そうか。あの時・・・」
記憶を手繰り寄せる。秋山を打ち取った所までは覚えているが、それ以降は曖昧だ。
「そうだ!試合は?」
飛び起きて医務室を出る。寝ていた間にどれ程経ったか分からないが、おそらくは終わってるはずだ。廊下を歩きながらベンチに向かう。
「友光!」
ベンチに座っている彼の姿を見て、思わず声を掛けた。
「・・・・」
友光が無言だったので周りに視線をやる。羽鳥・鈴村・久遠がいたが、何かを察して引き上げる。
「友光・・・」
ようやく岩井は視線をスコアボードに移した。並ぶ0の数は上も下も11個。一番右だけが上が1、下は2と小さく×が書かれていた。
「すまない。お前の意志を勝たせる事が出来なかった」
微笑を浮かべて岩井は隣に座る。
「ここ、良いか?」
「ああ・・・」
既にパワフルズの胴上げも終わってるらしく、球場には2人しかいない。
「向こうの優勝したい気持ちが僕達を上回っただけだ」
「それで納得できるのか?」
「しなくちゃいけない。負けたのは事実だ」
岩井に友光を責めるつもりはない。傲岸不遜な性格だが、責任感が人一倍強い人間だと言う事を知っている。
「それに僕はこれで良かったと思ってる」
「何故だ?何故、良かったと」
「それは友光、君がよく分かってるはずだ」
無言で聞いていたが、それは肯定の合図に他ならない。
「君がプロに進んだのは・・・」
「勝つ為だ。クソ親父に・・・そして、湊の野郎に」
自分を捨て、裏切った相手がいる。奇しくも同じチームに。
「だが、それはお前を日本一にさせてからだ。奴らを倒すのはそれからでも遅くは・・・」
「僕の事は良い。久遠や羽鳥、鈴村がいるから。君は君の道を進め」
尚も言い淀む友光を岩井は諭す。
「君は友光だ。龍堂でも瀧本でもない。好き勝手に野球をやるのが君のはずだ」
「・・・・」
「行って良いよ友光。パリーグに」
遂に友光は首を縦に振った。
「どうしても僕を日本一にさせたかったら・・・またいつか同じチームでやろう」
「ああ、同じチームでな」
互いの左拳を突き合わせて笑う。
「それでこそ友光だ」
そしてシーズン終了後、友光はドラゴンズからライオンズに移籍した。会見で自分の父親がウイングス監督の龍堂である事を明かして。
その会見を岩井は名古屋市内の病院で見ていた。
全く彼らしいと笑みとこぼした。
「父親がいるだけでも幸せだよ。友光・・・」
龍堂友光と書かれた花束を見ながら岩井が呟いていた。