プロローグ
甲子園での記憶





野球に限らず、スポーツの世界では体格がモノを言う。180cm台が平均だし、170cm台は小さい方、

160cm台なんて数えるほどしかいない。

これは体格に恵まれない主人公―――不破大助が「静岡オージーウイングス」と言う球団で活躍する物語・・・

なのだが、なぜか話は8月の甲子園から始まる。







打ったぁ〜〜。打球が浜風を突き抜けてライトスタンドに突き刺さる〜〜!』

実況の叫ぶ声が聞こえてきそうだった。相手投手の投じた打球を軽々と、しかもライトからレフトに吹く甲子園独特の浜風を敵に回しても

その打球スピードは落ちずにライトスタンドの中段で跳ねた。

『これが高校生の放つ打球でしょうか!?さすがは高校通算48本のホームラン数を誇る、アレクセイ・ヤマモト・クルニコフです!』

ベースを一周して戻ってきたアレクセイを僕はベンチで出迎えた。

「これで試合は決まったも同然だな」

「まだ油断は禁物だよ。甲子園には魔物が棲むって言うじゃないか」

アレクセイをたしなめるとベンチから出た。次の回の投球に備える為だ。

ついさっき点灯したばかりの8回裏の2点がいつもより大きく見える。

『貴重な駄目押し点を追加して6−3とリードした南北海道代表は北海農業大学附属高校、最終回の守備に散ります』

栄光の優勝旗まではあとアウトカウント3つだ。だが、相手は9番バッターから始まる。

振り被って投げた左腕からは120キロ台のストレートが計測されていた。

「ストラーイク!」

審判はそう言ってくれたが、実際はボールと判定されてもおかしくない所に決まっていた。

30度を越す気温。マウンド上ではそれが40度にも感じられると言うのは本当だった。

156cmと言う小さな身長に蓄積されている僕の体力もほぼ限界だ。体力ゲージがあるなら既にレッドゾーン突入にしているはずだ。


カキーーン!


次に投げたカーブを痛打された。打球はレフトの前に転がって行く。帽子を取って汗を拭う。

次のバッターが2メートルの大男に見えてしょうがない。

大助、幻覚を見てるぞ!

サードの守備に入っているキャプテンの言葉は気持ち半分がゲキ、もう気持ち半分はヤジを飛ばしていた。

「今日はこのバッターに2安打も打たれてるしなぁ・・・。何を投げようかな」

キャッチャーからサインが出た。スライダーを低めに要求されて、そこに寸分違わず投げる。

その前にファーストランナーが視界から消えた。

『あーっと、この状況下で盗塁を敢行してきました。愛媛代表、センバツ王者の今治第三実業高校、一歩も引く様子は見られません』

敬遠で塁を埋めて、ゲッツーを狙う訳にもいかない。(本当はボール球を4球も投げるのがもったいないから)

更に走られない事を願って、さっき打たれたカーブを選択した。


キンッ!


短い打球音を発しながら打球は二遊間を抜けていった。セカンドランナーは三塁ストップ。

まだワンアウトも取れないまま、三塁一塁と言うピンチで相手のクリーンアップに繋げる2番打者を迎えてしまった。

マウンドに内野を守る仲間が集まる。一塁側ベンチからは最後の伝令もやって来た。

「監督は踏ん張れ、だとさ」

短いな。それは伝令で伝える意味はあるんですか?

「よっしゃ、こうなったら死んでも優勝旗を北海道に持って帰ろうぜ」

キャプテンがそんな事を言っている。本当に今にも死にそうなんですけど・・・。

集まった仲間が守備位置に戻って行く。僕は覚悟を決めた。なんとしてもここを抑えなくてはならない。

そんな気迫に押されたのか、敵の2番バッタ−はサードフライに倒れた。アウトカウントは一つ減った。

しかし、本当にピンチなのはここから。相手はクリーンアップが打席に立つのだ。

バットをビュンビュン振っていた3番バッターがバッターボックスを慣らした。


カキーン!


また、会心の当たりを飛ばされた。一塁側アルプスの声援が悲鳴に変わるの感じた。

だが、野球の神様は僕を見放してはいなかった。会心過ぎた打球がライトのアレクセイのグラブにすっぽりと収まってしまった。

取ってすぐさまの返球に3塁ランナーは三本間の途中まで来て慌てて引き返した。

いよいよツーアウトまで来たが、最後に迎えるのは相手高校の主砲だった。

『さあ、最後のバッターとなってしまうのか!4番の浮里。しかし、高校通算ホームランはアレクセイを越える62本です』

キャッチャーからサインが出て、僕は頷いた。初球に選んだ球種はチェンジアップの変化形、サークルチェンジだった。

打ったぁー!しかしこれはファール』

打球が三塁側のアルプスに飛び込んで行った。どうやら遅い変化球にタイミングを合わせているようだった。だったら・・・。


シュッ!

スパンッ!


浮里は面食らったかのように見送った。投げた球はカットボールだったのだ。速い球速で曲がる球には対応しきれないと踏んだのだ。

3球目はストレートを外角高めに外した。変化球を低めに決める為に高低はどうしても利用しなければならない。

そして4球目のサインは1球目と同じアウトコース低めへのサークルチェンジだった。


ガキンッ!


鈍い音が甲子園に響いた。打球は勢いもなくセカンド方向へ上がっていた。セカンドが両手でガッチリとボールを抑えた。

ゲームセット!最後のピンチを凌いで、南北海道代表北海農業大附属高校甲子園初制覇!

遂に北の大地に真紅の優勝旗がもたらされる事になりました!!』

実況の人を始めとしてスタンドにいる全員が興奮しているかのようだった。

その直後の閉会式を終えて、宿舎に戻ると宿の従業員の人達が一斉に出迎えてくれた。

その中には「熱闘甲子園」で有名な長嶋三奈さんもお祝いに駆けつけてくれていた。

「不破くんはプロの道に進もうと思ってるの?」

「はい。この体でどこまでは通用するか分かりませんが、やれる所までやりたいと思ってます」

三奈さんの問いに僕は元気よく答えた。




だけど、それから3ヶ月の後のドラフト会議に僕の名前が呼ばれる事はなかった。







西宮市内某所


それは本当ですか!?

数多くいる記者達からどよめきの声が漏れた。問題の発言をした彼女は悠然とした表情である。

「ええ、本当です。実は今日、甲子園の決勝戦を見に行ったんですよ。えーーと、どことどこでしたっけ?」

「お嬢様、南北海道代表の北海農業大学附属高校と愛媛代表の今治第三実業高校でございます」

傍にいた執事っぽい人物が代わりに答えた。

「そうそう、その北海・・・何とかの試合を見ていたく感動しました。聞けばアマの受け皿となるべきプロの方は始まって以来の大事態になっているとの事。

ここは私、オージーグループが一肌・・・」

「ちょーーっと、待てーー!!」

会見場の大きな扉が開かれた。濃紺のブレザーを着た高校生が息を切らして彼女の元へ走ってきた。

「幹部会を招集もせずに新球団設立の会見だなんて・・・一体、何を考えてるんだ!」

「あら、お兄様。お兄様だって野球は好きなのでしょう?

いつもはダイエーどうこう、広島どうこうとか経営的に危なそうな球団の応援をしていたではありませんか」

「それは・・・。(球団売却なんて事になったらイの一番に手を挙げようかなぁ・・・とか思ってるだけで、実の所はファンでも何でもないんだよ) 

それはともかく、それとこれとは別問題だ!祖父上だって首を縦に振るかどうか・・・」

「それは必要ありませんわ」

言い争いをしているこの兄妹はどうも記者会見場にいる事を忘れているようだ。

「お爺様の許可ならちゃんと貰いましたわ。お爺様がオーナーとして、お兄様がその代行って事で了承させました」

うなだれる兄。それを尻目に彼女は集まった報道陣を目の前にもう一度最初に言った言葉を口にした。

「本日、我々オージーグループは新球団を設立し、来年の新規参入を目指す事に致しました」

それはかのライブドアや楽天よりも遥かに早い決断だった。

日本有数の多角経営企業のオージーグループはその日を機に新球団結成と新規参入を目指す事になる。




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